複雑・ファジー小説
- Re: 之は日常の延長線に或る【第捌話更新 2/24】 ( No.71 )
- 日時: 2015/02/24 22:53
- 名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: L1bEpBtf)
御嶽は続けた。
「お前は能力保持者としてこのクラスに選ばれた事はちゃんと分かっているな?」
「……」
「無言は肯定と取ろう。で、だ……お前の能力は何かと言う話しをまだしていなかっただろう?」
あぁまた頭の痛い話しが始まった。胃がキリキリする。こればっかりはどうにも俺の規格外だ。
そもそも誰がこんなゲームじみた設定を信じようか? 御嶽の趣味はRPGと聞いた。きっとゲームに毒され頭がやられたのだろう。そうとしか思えない。現実に生きている人間は誰しもそう思うだろう。
だが、俺はもう「潜在能力」と言うものを否定できない立場に立たされている。
見ただろう? 繁華街で消えた男を。感じただろう? タワーの廊下での一瞬のズレを。……何とも言えない。全く以て理解の範疇を優に超える人間ばかりで困る。
あぁ世の中進んでしまった。今度、昔の地図と今の地図を見比べてみよう。きっと変革の規模が馬鹿でも阿呆でもわかるだろう。
タワーが建設されてからと言うもの、世界はハイスピードで進んでいる。まるで遅刻した生徒を放って行くバスの様に、日常の一部であるのだがそれはまさしく非日常であり、現在この時間この時も何かが何かに取り残されている。
俺は一体何なのだろう?
そんなアンニュイな疑問は簡単に解消されてしまう。全てが記号と数字で表示できる世界になってしまったのだから。
今や犯罪者は天才やエリートばかりで、道を行く人は何処か遠くの世界で道を踏む人と繋がっている。それは良い事なのか、悪い事なのかと問われれば誰もが良い事だと、便利だと答えるだろう。だが、それで困っている人間もいる事を忘れちゃならない。
そんな世界だからこそ、「能力保持者」と言うものが存在している事を否定できないのだ。
まさか、平々凡々に日々を送っていた自分が、その一部となる事とは考えも及ばなかったが、人生不思議な事があるものだ。
受け入れなければ取り残されてしまう。ならば、受け入れてやろう。受け入れるしかない、その「現実」を。事実として世界の歯車に組み込まれてしまったのだから、全く以て迷惑な事である。
「皆は薄々気づいているようだが……お前はどうも鈍感過ぎる。覚醒どころか、その片鱗も見せていないとなると後々苦労するのはお前なんだ」
「どう言う事でしょう?」
「お前達が何故訓練しているのか、分かっていないのか? そこまでお前は阿呆なのか……?」
憐れむような御嶽の視線は鬱陶しく、不愉快だ。誰が阿呆だ、失敬にも程がある。わかっているさ。
「確か、鵺とか言う生き物と戦う為とか何とか言っていましたね」
「そうだ。どうせお前の事だから信じていないだろうが……生物実験は現実にあった事だし、地下都市は存在する。……鵺も存在する」
「其れが一体俺の将来の何に関わってくるのですか?」
問うと、御嶽は一呼吸置いて真剣な目になる。その瞳は刃となって俺に突き刺さる様で、少々目を合わせづらい。一体何を言われるのだろう。そこはかとない不安は、大きなものとなって一遍に俺の視界を埋め尽くした。
「お前たちの将来は無いかもしれないんだ」
どうして? その言葉は何故か口から出てこない。出てきたのはマヌケで空気の抜けるような声で、全く緊張感のない事この上なし。
将来がない? 一体どういう事だ。俺たちの身に何が起きると言うのだろう。漠然とし過ぎて疑問は沢山あるのだが、門を潜らない。腹の辺りで蟠りとして重く体重をかけてくる。それはまるで理解を拒否するように、しかし頭には決まりきっているとばかりにその二文字が浮かぶ。
「……何をさせる気なんだ?」
やっと出てきた言葉は低く、威嚇するように御嶽の方へ飛んで行く。
自分でも驚きだ。自分に、こんな声が出せるなんて。でも其れは、虚をつく事ではないのだろうか? 零組には最年少で七歳、彼らの人生はまだたったの七年しかたっていないと言うのに、訳の分からない生物に将来を奪われ、命を落とす様な事になると言うのは流石に惨い。彼らはまだ何も見ちゃいないと言うのに、なにゆえ生き急ぐような場に立たされなければならないのだろうか。
戦いと名の付くものにハッピーエンドなんぞ訪れないのは百も承知だろう? きっと俺は今眉根を寄せて訝しがるような表情を、苦い表情をしているだろう。
御嶽はそんな俺を見て、気まずそうに視線を一瞬泳がせた。
「お前達には……戦場に立ってもらうつもりだ。鵺と人間の戦いだ。どちらが勝つかなんて確率は……残念ながら目処は立っていない。しかしあわよくば、鵺を製造した人間をあぶり出してもらうつもりだ。生物兵器であるが、鵺は一種の生き物だ。生き物を殺すと言う事は、自然に背く事だと言うのは承知している。
だが、人間が生み出した人工的な生物は自然の摂理に反しているのか、むしろ、自然を強調し、調和を取り戻そうとしているのではないか……と言うのが今の上の考えなんだ。そのためにお前たちの様な特殊な人間が必要だ。零組は言わば仮の名前、本当はただの鵺対策に作られた人間兵器養成場なんだ」
俯き加減に告げる御嶽は何処か哀しそうで、あぁそれ以上にも何か咎暗い事が有るのだろうと容易に想像できた。同情するが、しかし俺はそんなに優しくない。その考えに同調してしまっているのだから、優しい言葉なんぞ必要ないだろう。
俺は何と言ってやったらいい?
生物兵器? 人間兵器養成場? どこの世界の狭間から零れ落ちた言葉だろう。この言葉をそのまま俺は受け入れなければならないのか?
受け入れてしまったら、自分が「バケモノ」になってしまうのではないだろうか——。
百歩譲って俺は良いとして、幼き子供は自分をバケモノだと受け入れられるのか?
否、答えは否である。
子供は伸び伸び自由に、自分の思想を創造するべきだ。学び、遊び、口にする事で自分を形成し、その中に個性と言うものが生まれる。
とある大人の無碍な一言により其れは邪魔されてはならない。大人の方は軽く言った言葉でも子供にとっちゃあその割合は大きい。彼らは純潔なのだ。濁りのない思想で言葉を受け止めるから、だからこそ影響を受けやすくなる。
「御嶽教官……今、俺に言った言葉をそのまま俺より歳が下の、子供に伝えられるのか?」
問いは空虚な空間に浮遊した。御嶽はそれきり口を噤み、生返事で顔を背けた。
「所で俺の能力ってなんでしょう?」
話しを変えるわけではないが、少し気になる。俺の潜在能力、今の所一切当てがない。
特に目立った特技もなければ性格もそう変わってはいまい。好きな事も趣味もほぼ無に尽きる。
そんな俺に能力があるとしたら何になるのだろうか? 平凡な人生が一変する様なそんな能力が備わっているとしたら、多少面白い。だが御嶽の答えは予想を45度程度上回ってしまった。
「わからん」
そうだ、わからんと言ったのだ。
無責任にも程があるとは思わんか。わからん、だとさ。
俺は拍子抜けして呆けた顔になっているだろう。それか、落胆して眉根を寄せているだろう。そもそもこの話のオチは何処だ? 何処に帰着すればいい? 御嶽はそんな俺を見てくすりと笑った。
「まぁまぁそんな顔するなよ、当てはあるさ」
「は?」
「ナキリに聞け。今なら丁度タワー二階のミステリーサークルに居るだろうよ」
「ミステリー……? 一体奴に何があったのだ」
「ミステリーサークルって言うのは……まぁ言う所の探偵愛好会みたいなもんさ。特に浅伎村連続殺人事件について語らっているそうだ。なかなか本格的で考えも面白いぞ」
「あぁ……そう言う事か」
心得た。ならばその怪しげなサークルを見てやろうではないか。それで俺の能力についてもわかるのなら、一石二鳥と言う事だ。
そうなれば早く移動しなければ。ナキリは一つの所に度止まるのが苦手だ。会える事も少ない。機会は逃せないのだ。