複雑・ファジー小説
- Re: 之は日常の延長線に或る【第捌話更新 2/24】 ( No.73 )
- 日時: 2015/03/08 22:39
- 名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: L1bEpBtf)
運命とは実に厄介なものだ。俺がこうなる事を運命はきっと知っていたのだろう。だから嫌いだ。
さて、ナキリに課された条件をクリアしなければ、俺の能力が分からないままになってしまう。話しが飛躍するが、最悪、死に至ることだろう。
(パンツ小僧……パンツ小僧……)
ブツブツと唱えながら足を動かす。目的地は無い。暫くそう歩いている事にした。止まっているよりましだという戦法だ。だが何時まで経ってもそれらしき人影は見ない。授業にも来ていなかったという事は、タワーに来ていないのかもしれない。
はたして、2時間以内に見つけられるのだろうか……。
「あぁ、どうしろって言うのだ」
舌打ちをすると無人の廊下によく響いた。いつの間にか人のあまりいない場所まで来ていたらしい。目の前には壁が、曲がり角になっている。一体ここは何処だ? 次元の狭間に巻き込まれていなければいいが。取り敢えず曲がる以外に選択肢がない為、俺はその曲がり角を曲がった。
「きゃっ!」
「うわっ!!」
なんだ、俺ではない。誰かが何処かでぶつかったらしい。はたと目を止めた所に、女と男がくんずほぐれつな光景を広げている。どうやら男の方が上に乗り上げたらしい。ご愁傷様だ。ぼーっと突っ立って見ていると、二人は起き上がった。男は小柄で、年齢は10も満たない少年だ。女の方が胸は大きい方で——
(……いやちょっとまて、何と言う奴だ。あいつ、ラッキーにも程があるだろう! 羨ましくない! 断じて!)
少年は女の胸に顔を埋める形で倒れ込んでいる。その女はそれを見て驚き、しかも女の方は俺の知っている顔、試験の時前に座っていた新妻 華笑さんではないか。思わぬ出会いに俺は驚き、華笑さんにへばりついている少年を恨む。
(もうちょっと俺が此処に来たのが早ければ……)
そう思わずにはいられない。これは事の成り行きを見守ると言うのが得策だろう。小僧が余計な事を言えばチャンスだ。漁夫の利を狙え。
そう思っていると、先に口を開いたのは新妻 華笑の方だった。新妻は上半身を起こし、頭に手をやっている。
「いたた……ごめんね、僕。ええっと……大丈夫?」
新妻はそう言って苦笑いをして何時までもへばりついている少年を窺った。……あいつ、わかってやがる。小僧はそうこうしていると顔を上げた。
「おぉ……実に……いや、面目ない。お前、大丈夫か?」
顔に似合わず落ち着いた喋り口調で新妻の実を案じた小僧。それでも離れないのは何かの決まりなのか、というか俺はいったいどうすればいい? 何時まで腹が立つこの光景を見ていればいいと言うのか。全く怪しからん。もういい、ぶち壊してやる。
「おいお前等不純異性交遊禁止だぞ! さっさと起き上がれ、餓鬼。俺は風紀委員だ」
思い切り腹に力を入れ叫んだ俺の声は、二人の耳に届くのに十分だった。二人は驚いた顔でこちらを振り向いた。振り返った矢先、小僧は眉間にしわを寄せ、不快だという顔を作る。
「うるさいぞ、事故だ。お前誰だよ」
偉ぶってそう俺を見据える。しかし小僧の立ちあがった姿はやはり10も満たない。最近の餓鬼はませているのか。全くいけ好かない。
新妻の方は俺を見て顔を赤くしてパタパタと手を振っている。初な反応は結構好きだけど、今は目もくれない。そんな事よりこのいけ好かない餓鬼の詳細を掴まなければ。当然「風紀委員として」に決まっている。
餓鬼はわざわざ俺の前まで来てフンと鼻で笑った。得意気な顔は好かない。
「羨ましいんだろ?」
「戯け、お前と違って経験豊富なんだよ。大人をなめるなよ、餓鬼」
「お前が? 世も末だな」
「失敬な」
全くいけ好かない。言わせておけば、腹が立つ。可愛げのない餓鬼とはこの事か。
だから子供は苦手なのだ。数年ちょっと生きたぐらいで人生のすべてを知り尽くしたような顔をして大人を虚仮にする。俺の方が遙かに生きているはずなのに、どうにも下に見られてしまうようだ。俺は大人だが、あえて大人気ない態度で挑ませてもらおうと思う。
「名を聞く前は名乗るのが筋だろう?」
「……あぁそうだったね。俺は絆 零斗。クラスは零。さぁお前も名乗れ」
「零……? 零組か?」
「え、うん、そうだけど。なんだ、零組知らないのか?」
「その逆だ。というか、俺も零組だ。零組の風紀委員を一任されている」
「なーんだ、お前も同期じゃん! 大人ぶりやがって」
「大人なんだよ」
ムッとしかける自分を必死で抑えて、努めて冷静を装った。というか、聞き捨てならない言葉が聞こえた。零組? 驚いた事だ、という事はこの絆 零斗と言う子供は何か能力があるのか?
前言撤回だ、俄然興味が湧いてきた。この餓鬼の能力、俺の糧の為探ってやろう。そう勝手な事を思って、もう一度を顧みると少年の後ろから声がかかった。
「あの〜……ごめんね、話し聞いたんだけど、二人とも零組だって?」
声の主は先ほどすっ転げていた新妻 華笑その人だ。新妻は遠慮がちに割って入ってくる。とんだラッキーだ。新妻 華笑さんと声を交わす機会に恵まれた。何処の神がほほ笑んでくれたのか、今は感謝感激を伝えたい。新妻は苦笑いのまま言葉をつづけた。
「あのね、私も零組なんだ。それで、二人とも零組が何なのか知っているかな?」
新妻は窺うように小首を傾げる。愛らしい顔にその仕草は嫌味でなかった。絆 零斗もそう思ったのか、眺める様に見ている。
しかし零組が何なのか、そんな事言えるのか? そもそも言っていいのか? 悩み、応えあぐねていると、新妻は知らないと取ったのか話題を変えた。
「というか、春山君は風紀委員やっていたんだね! 私も立候補すればよかったな」
「いや、立候補というか強制的だ。御嶽の奴、ちょっと顔見知りだからって俺を指名しやがった」
「へぇでも偉いね。風紀委員とか、憧れるなぁ」
微笑む新妻、俺は単純に嬉しくなり、同じ様に微笑んだ。それを見ていた絆は、その空気を割る様に声を張り上げる。
「いい感じのとこ悪いが、俺忙しいんだ。ナキリに漫画返しに行く途中だったんだよ」
つきあってられないね、そう言って絆は手を挙げその場から退場しようとする。フン、何処にでも行けばいい。俺はこのまま新妻 華笑さんと交流を深め……ん? ちょっとまて、今漫画とかナキリとか……。
「おい餓鬼、ちょっとまて。お前パンツ小僧か?」
「はぁ?」
「ナキリに漫画を返しに行くとか言っただろ? 巷でお前はなんて呼ばれている?」
「知らないな、そんな事。でもナキリに漫画を返しに行くのは本当だ。数週間、奴と会えずに借りっぱなしになっていた。悪いと思い、こう探している途中だ」
「よし、決まりだな。お前、今ナキリに合わせてやる。新妻さんと話せないのは少々惜しいが、これは俺の任務だからな」
「はぁ、訳が分からない。しっかり説明はしてもらえるのか?」
「あとでな」
俺は新妻さんとの会話を急遽切り上げると絆の腕を掴み、喫茶店へ行く為廊下を戻った。一刻も早く奴を呼び寄せ、こいつの逃げない間に漫画を返させてもらう。そうしないと俺の任務が完遂しない。新たな任務など想像できない上に面倒事は御免だからな。
慣れた手つきで携帯をタップする。電話につなげればこっちのものだ。さっさとナキリを呼び出してやった。どうやらこの絆とやらは今日急いで家を出てきたおかげで、携帯を忘れたらしい。全く、世話の焼ける奴だ。