複雑・ファジー小説
- Re: 妖王の戴冠式 ( No.1 )
- 日時: 2015/01/09 20:16
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Ru7e1uoX)
よく来たね、早速ネタが入ったんだ。どうせ情報料なんか取りやしないんだから聞いてきな、代わりに時間だけはちょいと拝借させてもらうけどね。
何? 真面目な語り部になると自分で言ったじゃないかって? そりゃまだお話は始まってないからさ。ここはまだ導入、予告、前ふり。ただの世間話の延長さ。
そうそう、次の王様候補は腐るほどいるから、全員の話はしてあげられないよ。わっちの情報の仕入れ先との関係から考えるに主に教えてあげられるのは二組くらいかねぇ。
そんな訳で今日わっちが語るのは春先の吹雪と狐の嫁入りの話さね。
さて、始めようかい。こっから先は営業の顔で行くよ。
それは、たいそう珍しい出来事だった。卒業式を終えて、今度は入学式を待つはずの三月下旬、もう暖かな季節が迫っているというのに、その日はえらく冷え込んだ。東京では季節外れの雪が降り、建物や街路樹は真っ白なお化粧をしていたーーーー。
「寒い寒い寒い! 何なんだよもー」
「文句言うなよ、俺だって寒いさ」
コートに身を包んだ少年が二人、買い物袋を提げて自宅へと向かっているところだ。袋の中には服やゲーム、漫画などが入っている。駅前のデパートで買い物を済ませた二人は、往路とはうってかわって真っ白になった復路を見て目を丸くした。それがつい十分ほど前の話である。
「よくいうよ、全然寒くなさそうなくせして」
コートの中で身を小さくして震え上がる彼は、隣で飄々と歩く友人をじろりと睨み付けた。背筋を伸ばして身も震わせずに歩くその姿は、確かに寒気からはほど遠い様子である。
恨めしそうに睨み付ける友人に対して言い訳するように、彼は小声でぼそぼそと呟いた。
「昔から俺は暑がりなんだよ」
確かにそれはそうだと隣の彼は肩を震わせながら頷いた。真夏には炎天下で立つだけで熱中症になりかけるほどである。対照的に寒さには強いというのも納得できない事でもない。彼にとって真に辛い季節は迫りつつあるのだと考えると羨ましさを通り越して同情を覚えた。
「それにしても、高校までおんなじとはなー」
「確かにな。まあ良いじゃん、気楽で」
少なくともぼっちになる心配はないと楽観的な事を言葉にする。幼稚園からずっと一緒な上に家も近所なので二人はかなり仲の良いコンビであるとは有名だ。テニス部内でダブルスを組むととりあえず学校内では一番強い。寒がりなのが宮本 武蔵(みやもと たけぞう)、暑がりなのが阿倍 夜行(あべ やこう)。
高校に入ったら部活はどうしようか、夜行は悩んでいる。武蔵の方はテニスを続けるようだが、自分の家にはもうあまり余裕がないのは分かっている。父親が定職にもつかず、地方をさまよっているためだ。どうやって働いているのかは検討もつかないが、たまに大袈裟な振り込みがあるのだと母から聞いている。
それが不定期なので基本的に彼の家は火の車。高校も私立の進学校のためかなりお金がかかり、父の不定期収入もここに消える。一体何の職なのか一度母親に訊くと易者のようなものだと答えられた。そのため、夜行は父の正体は詐欺師かもしれないと思ったことも多々ある。
「さて、俺ちょっとスーパー行かないとな」
「お使いか、大変だな」
こんなの大したことねーよ。そう軽口を叩いて足早に武蔵は駆けていく。寒さを少しでも和らげようと思って走っているようにも受け取れる。思い立った瞬間にいきなり走り出した彼の姿に夜行は面食らったが、転ぶなよと釘を刺してその背中を見送った。
ふと夜行は、一人になった途端に空を見上げた。鉛色に汚れた空から、真っ白な雪がはらりはらりと舞い落ちる。頬の上に着地しても、溶け出さない。何でだろうなと、昔ながらに彼は疑問に思っている。
雪が降ると誰もが寒いと口にする。それが彼には分からない。寒いと感じた事は十五年間一度もない。聞いてみると母親も同じ体質なのだとか。その代わり、二人揃って夏に弱い。
まるで雪女だな、そう呟いて息を吐いてみる。白い息は出てこない、雪が降っているのにだ。体の芯から冷えているのに、自分自身が異変を感じていないような、そんな感覚。
だけど彼はまだ知らない、本当の雪女を。今日を境に知ることになる、あやかしの世界を。
突然、風が強くなる。頬を撫でる程度だったそれが、たちまち台風のような突風に変化する。それだけではない、空を舞う雪も量を増す。舞うだなんてものではない、暴れて、怒り狂っている。
「何だよ、これ」
あまりに強い風雪に顔をしかめる。顔中、針で突き刺されるような痛みが絶え間なく襲う。布の隙間から忍び込んだ空気が肌にまとわりつく。痛い、そう感じた時には既に夜行は身震いをしていた。咄嗟に自分がとったその行動に彼は目を丸くした。さっきまで、まるで感じていなかったこの感覚、きっとこれが寒気なのだと瞬時に悟った。
一歩踏み出すごとに、風が強くなる。家はもうすぐそこまで迫っているのに中々足が進まない。身を小さくして風の抵抗を減らし、角を曲がった。その時彼は信じがたい光景を目にする。
目の前で吹雪が渦を巻いていた。はるか上空から吹雪が螺旋を描いて道路の真ん中に急降下している。それが、地面にぶつかって四方へと広がり、そこを中心として猛吹雪が放射状に広がっていた。そして何よりも驚いたのは、その渦の中心に人影が見えたことだ。
「何だよあいつ……」
その瞬間、それまでのものよりさらに強い風が周囲に爆散した。急激に力を増したその一瞬で、周囲の家屋が悲鳴をあげて体を歪ませた。が、次の瞬間元に戻る。先程の衝撃と猛風が嘘だったように、風はやみ、春の穏やかな陽気が射し込んだ。
そして、さっきの渦の中心には、見慣れない和服の少女が立っていた。汚れ一つない真っ白な衣に身を包み、雪のような肌をしている。顔ではその白い肌の上で深紅の唇が目立っている。着物と同じく、髪の毛までもが真っ白で、対照的にその瞳は驚くほどの黒さだった。
外国の人だろうか、などという考えが夜行の脳裏に浮かんだ。さっきの超常現象などすっかり忘れてそう考える。人は信じたくないものを目にすると都合よく理解をするようにできているらしい。冷静に見ると目鼻立ちは明らかに日本人だ。
夜行があっけに取られるその最中、着物の女性はきょろきょろと辺りを見回してみる。改めて、この場所に突然現れたかのような仕草である。話しかけることも、逃げることもできない。夜行が言葉を失って立ちすくんでいるとそれに気付いた彼女が彼へ歩み寄る。
綺麗な人だなぁ、そう感じていた夜行だったが、次の瞬間それを後悔した。
「ちょっとそこの冴えない男、あんたよあんた。ここがどこかさっさと答えなさい。凍らすわよ」
「はぁ!?」
まあ、あれだね。最初は仲が悪いくらいが後から絆が生まれるってもんなんじゃないのかい。これが雪女とそのつがいの出会いの話さね。
さぁて、次は九尾たちの詳細さね、あっちはまだ大阪だからまだ情報が完全に入ってないんだ、またおいで。近いうちに話したげるからさ。