複雑・ファジー小説

Re: 妖王の戴冠式【1/15更新】 ( No.13 )
日時: 2015/01/15 00:24
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: 49KdC02.)


 あー、長いこと呑んじまったねぇ、もうとっくに一日以上経っちゃったよ。ため込んでた酒樽が一気に空になっちまった。いやいや、そんな驚いた顔しなさんなって、別にわっち一人で呑んだんじゃないさ。
 昔馴染みの雪菜(せつな)がやってきたからついつい話しこんじまったんだよ。まあ、彼女のおかげで戴冠式の様子が知れるんだ、ちょっとぐらい勘弁してくれよ。
 それじゃあ続きだね、不仲な二人に迫る奴らに注目さ。



 最初こそ見学者はいなかったものの、まだ日の出ている往来で堂々と口喧嘩をしていたために、二人の周囲には段々と人だかりが出来始めていた。それもそのはず、周りの人に聞かれるような羞恥などお構いなしに二人の苛立ちが募っていたからだ。

「冷蔵庫なんてレベルじゃないよな、歩く冷凍庫、はい決定」
「ふざけないで! あなたの辞書には皮肉しか載ってないのかしら?」
「あらやだ奥さん、俺は事実しか言ってませーん」
「いい加減にしなさい」

 手を振り上げて、今にも夜行を引っ叩こうとしたその瞬間、ようやく彼女は自分たちの置かれている立場に気が付いた。道行く人々が珍妙そうな表情で横を通っていく。立ち止ってあからさまな野次馬になるような者はいないが、それでも何度か二人の方をちらちらと見つめていた。
 年上の女性が年下の少年に絡んで怒鳴り散らしている姿、他人の視点で見ると誰が見ても夜行が被害者に見えるだろう。もし夜行が後三歳年上だったならば痴話喧嘩に見えただろうが、夜行はまだ十五、それに対して雪女はもっと大人びていた。
 餓鬼の挑発に乗って手を上げようとする女性を周りはどのように見るのだろうか。それが分かっている彼女は顔を真っ赤にしたまま腕を下ろした。恨めしそうな視線を夜行へと向ける。

「くっ……男のくせに生意気なのよ。口ばっかり達者で情けない」
「女のくせにがさつなんだよ、腕っ節の方が強そうだけど……実は男とか? だってもはや胸板だよな、それ。ってかまな板?」
「あぁ、もううるさい。流石にそれはどうなの! 氷漬けにして一生私の部屋のオブジェにするわよ」
「え、そんなに大事にしてくれんの?」
「違う!」

 それどころではないと言うのに、雪女を煽る夜行に対して、彼女はかなりの苛立ちを覚えていた。勝手に契約が行われたどころか、契約破棄すらもできない状況は明らかに異常だ。今、彼女は夜行を氷漬けにしてやるとは言ったものの、そのための力は全て契約者たる彼に奪われたままだ。

「……一旦落ち着いて話を聞きなさい、このままだとあなた、大変な事に巻き込まれるわよ」
「変態、というか変人さんには巻き込まれてるな」
「そういうのはもう良いから、聞きなさい」

 打って変って真剣な表情になる彼女に、ようやく夜行の減らず口も収まった。見れば中々に通行人の視線が痛々しく、そろそろ自分の知り合いにも見られる可能性も出てくる。
 それ以前に、彼女の言うファンタジーのような話も作り話ではなく現実の事だとさっき己の目で確認したのだから。これ以上、今の状況から目を逸らす訳にはいかない。

「悪いな、俺も動揺しててさ」
「謝罪なんて要らないから。とりあえずこっちに来て」
「どこ行くんだ?」

 近くにあまり人のいない空間ぐらいはあるだろうと雪女は言う。むしろ、このあたりに住んでいる夜行こそが知っている事だろうと次いで尋ねてきた。どこならば聞き耳を立てられずに込み入った話ができるだろうか、このあたりの地理を彼は思い出す。
 公園はこの時間帯だと犬の散歩をする人が多いので却下。中学校や小学校に近づきすぎると下校中の生徒に会う可能性が高い。卒業生であり、卒業式の終わった夜行達は休みでも、在校生はまだ三学期は終わっていない。
 廃工場もあるにはあるが、不良のたまり場になっているし、そもそもかなり人目に付く。フェンスを越える必要もあるためやはりこの場合は不適切だ。カラオケなんかに連れて行ってもこの女は良く思わないだろう、そう考えて夜行は頭を抱えた。
 自宅には既に母が帰っているはずだ。

「あんまり思いつかないな」
「言い訳は良いから、早くしなさい」

 人がいない場所、となると候補は後一つぐらいしか残されていない。盆や正月は訪れる客がそれなりにいるが、普段はほとんど誰も見かけない場所、お寺の裏の墓地である。街灯もなく、夜になると驚くほど暗くなる。手入れもあまり行き届いていないため、真夜中に一人で来るのは大人でもご遠慮願うという心霊スポットだ。
 夜行は幼いころ、ここで死霊の声のようなものを聞いたことがあり、それ以来そこを訪れようとはしなかった。今でもあまり気分のいい場所ではないので、提案が躊躇われる。
 ちなみに、その時のそれは本物の心霊現象だったのかただの物音だったのかは未だにはっきりとしていない。目の前に妖怪がいるのだから本物なのではないかという予感が強まるほどである。

「仕方ない……か」
「思い出したの?」
「おう、お寺の裏にあるお墓」

 首を縦に動かして了承の意を伝えた雪女は、さっさと案内しろと言わんばかりに顎で示す。傲慢な態度にため息をつくが、黙って夜行は先導した。
 少しでも聞きたいことは聞いてみようかと、夜行は親睦がてら雪女に話しかける。

「なあ、今お前自分の能力使えないのか?」
「ええ、屈辱的だけど」
「じゃあさ、コンセントの抜けた冷凍庫ってよんで……」
「良い訳ないでしょう」

 やっぱりかと彼は肩を落とすが、それが本心でない事は彼女も見抜いた。そして、その真意も。仕方ないと言わんばかりにそのまま名を告げる。

「雪姫(せっき)と呼びなさい」
「漢字は? 雪に鬼か?」
「雪に姫よ、喧嘩売ってるの?」
「うっわ、イメージに合わねー名前」
「放っておきなさい」

 自分が姫と呼ばれるほど可憐な性格はしていないと彼女は自分でもよく分かっている。そのため、雪姫はもう一つの皮肉に対する反応が遅れてしまった。一拍遅れてその意味に気付いた彼女は、怒りで顔を上気させて夜行を問いただす。

「何よ、あなたもしかしてこの私が鬼ババだとでも?」
「そんなつもりはないけど……そう思ってるの?」
「その口縫い付けるわよ」

 怖い怖いと夜行は口に手を当てた。上体を彼女から遠ざけるように倒し、警戒を身振りで示す。これも挑発、そろそろ慣れ切っていた雪姫はもう怒りはあまり湧いてこなかった。



「……なあサトリさんよ、あいつらがあんたの言う、他の候補者って奴なのかい?」

 夜行達から数十メートルほど離れた所に、その男達は立っていた。聞き耳を立てるようにして、じぃっと神経を二人の方へと集中させている。目で見て、耳で聞いて、彼らの事を五感全てで感じている。
 人間の男の隣には、まるで着ぐるみを着ているかのような、全身が毛でおおわれた人型の異形な化け物が鎮座していた。大きく尖ったくちばしの隙間から、卑しげな笑い声が漏れ出る。

「へへ、そうそう。いやぁ、それにしても俺は当たりだよ。あの大嫌いな雪姫の野郎を……」


 ————真っ先に始末できるのだから。

 紫色の舌をくちばしの隙間から覗かせて、舌なめずりをする。じゅるりと、汚らしい音が辺りの空気を舐めまわした。

「なあサトリさん……あの女倒したら、俺にくれよ」
「あー、君は趣味が拷問だからね。警察にも追われてたっけ」
「気丈な女が泣くところ、見たくない?」
「そんな趣味はないけれど」

 あの女が泣き叫ぶところは見てみたいかもね。そう言って、二人は目線を合わせてニタリと嗤った。



 いやあ、にしても気色の悪い連中だねえ。こういう奴らはとっとと御縄にかかっちまえばいいんだよ。
 それにしても夜行のやつ……しつこく冷凍庫ネタ引っ張るね、狙って言ってる分あっちの九尾よりも性質が悪いよ。
 あ、そうだわっちの店なんだけど、金曜日は開ける予定だけど、その次の日の土日と二日ほど閉店してるよ。月曜日には開けようと思ってるんだけど、もしかしたら火曜日になるかもしれないね。(注釈:センターなんです)

 まあ何だい、そろそろわっちも大好きな、血沸き肉躍る戦いの祭典さね。わっちの語りじゃあんまり盛り上がらないかもしんないけど、精一杯、出来得る限りの臨場感を持って伝えるよ。
 それじゃ、この話は一旦ここで休憩しようか。金曜日、わっちの休憩が終わった頃にまた来て頂戴ね。