複雑・ファジー小説

Re: 妖王の戴冠式【1/15更新】 ( No.14 )
日時: 2015/01/16 22:43
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Ru7e1uoX)

「さてと……人もいないし丁度いいだろ?」
「ええ、あまり期待してなかったけど、ここなら充分話せそうね」

 それなりの距離を歩かないといけないので、寺に着いた頃にはもう太陽は地平線の向こう側へと沈み始めていた。オレンジ色の夕焼けが、小さな雲の並ぶ空を染め上げている。
 住職たちもこの時間帯には墓地の方にやってこない事は小さい頃から有名なので、邪魔をされる心配は無い。墓参りのシーズンでもないので来客もおらず、非常に閑散としている。
 その昔聞いた、夜の闇の向こうから響き渡る低い唸り声を夜行は思い出す。しきりに「めい」とか「せい」とかを繰り返していたあの声。耳から入ってきただけで体中を拘束されるような感覚と、幼いながらも知った背筋に悪寒が走りぬける感覚。やはり、気持ちの良いものではない。
 『明星』だろうか、『名声』だろうか、はたまたひっくり返して『生命』だったのだろうか。一つだけ確信を持って言えるのは、あれは意思を持った人間の声だったという事ぐらいだ。

「で、話って?」
「一つしかないでしょう。あなた、このままじゃ不味いわよ」
「えっと、勝手に契約されて破棄できないんだったっけ?」

 その通りだと頷いた雪姫は爪を噛んで考え込む。不測の事態には不慣れなため、こういった場合にどうすればいいのか分からない。原因も解決策も何一つ分からなければ、解決などできるはずもない。
 だが、解決はしなければならない。一つは自分が必ずこの先勝ち進んでいくため、もう一つは何も知らない普通の人間を巻き込むのが憚られるためだ。

「でもさ、王になるとか契約とか言われても今一ピンとこないんだ。もう少し噛み砕いて教えてくれ」
「ハア……仕方ないわ、話してあげる」
「何でそう高圧的なんだよ……」

 夜行の愚痴には付き合わずに、彼が一体どのような事に巻き込まれているのかを雪女は喋りはじめる。さっきの電柱の凍結を自分でやってしまったため、もう目の前の出来事や雪姫から語られるおとぎ話のような内容も信じざるを得ない。そのため、夜行は一心に彼女の声に耳を傾ける。

「事の次第は百年前、今の妖怪の王様が決まった所から始まるわ。当時は皇族が次々と流行病で死んでしまって、王家が途絶える危機だったの」
「病気になるものなのか?」
「ええ、それこそ結核やインフルエンザとかね。といっても、人間のものとは違うわ。症状が同じだけで。黒死病、いわゆるペストで皇族が途絶えかけたの」
「中世ヨーロッパかよ」

 最終的に、今の妖王一人しか皇族がいなかったため、彼が着任した。そもそも彼が次期の王として最優先候補だったために、王位を継ぐ事には問題が無かった。しかし、このままでは次世代の候補者が枯渇する。そのため、今の王、通称黄龍帝はあらゆる妖怪と共に子を成して、王族の血を継ぐ者を量産した。

「ただね、それが問題だったの。親が親である以上、その子どもたちも皆優秀な力を持っていた。それこそ、若き日の黄龍帝のように。それだけじゃない、その子どもたち全てが王の嫡男嫡子である以上、全てが候補者として同等の地位を持つ。そのため、誰を次の王にするかで戦争が始まったのが三日前」
「一気に時間が飛んだな」

 妖怪は妖怪で棲む次元を人間と違えることでお互いに干渉しないようになっているが、何百人という皇太子、皇女が一斉に戦い始めたら自分たちの住む世界が壊れてしまう。

「という訳でさっきも言ったけど、契約者の人間に力を譲渡することになったの」
「なるほどな。でもさ、そう簡単に人間が手を貸してくれるのか?」
「場合によるわ。こういう特殊な能力を一時的に手に入れて優越感に浸ろうとする人もいれば、脅迫されて無理やりというケースもある。あるいは、勝ち上がった際に報酬を約束されていたりね」
「俺達みたいなケースは?」

 ゆっくりと首を横に振り、彼女は項垂れる。自分も望んでこうなった訳ではないのだという落胆が夜行にも伝わるほどの落ち込みようである。

「この際率直に言うけど、現状一番不味いのはあなたの方よ。くさっても妖同士の戦いである以上。下手すれば怪我をして死ぬのはあなたよ」
「……薄々そんな気はしてた」
「一応、妖術に長けてるような候補者だと契約者が受けるダメージを自分が肩代わりしたりもできるんだけど、私は氷の扱いしかできないから厳しいし……」

 その代わり、氷を使った応用技ならば多彩なことができるのだと慌てて彼女は付け加える。間違っても自分が不出来な皇女だっていう訳じゃないんだからと鼻息を荒くして目の前の少年を睨みつける。

「一応、自慢じゃないけど私個人の能力は他の連中と比べてもかなり高い方なのよ、これでも。だから優秀な霊媒師とかをパートナーにすればかなりいいとこいけると思ったんだけど……」
「こんなちんちくりんのガキんちょ、それも男ときたら……」
「頼れるものも頼れないわ」
「ちょっとは否定しろよ。何で俺が自虐しないといけないんだよ」

 流れるように即答した彼女に対して夜行は眉をひそめた。さっきまでの意趣返しだと言わんばかりに雪姫は得意げな顔をしている。雪女の姫君だから雪姫、何とも安直な名前だなと、夜行は胸の内で呟いた。

「とりあえず、私にとってもあなたにとっても、早く契約破棄をしないと不味いわ。この状態で他の候補妖怪を倒してしまうと、もう完全に契約者として登録されてしまう」

 そのため、しばらくはどうにかなりを潜めて他の連中にみつからないことが重要なのだと彼女は説く。消極的な態度は癪だが、そうでもしないと早々に敗退する可能性がある。何よりも、いくら気に食わない人間の男でも、無関係な自分に巻き込んで死の危険に晒す訳にはいかない。
 だから契約破棄する手段を見つけるまでは決して力を使用したりして目立たず、他の候補者とは争わないようにしなければならない。それを彼女は説き、彼も理解しているのだが、どうにも夜行としては釈然としなかった。

「もし、逃げられない時にはどうするんだ?
「覚悟を決めるしかないわね。あなたが巻き込まれるか、私が王を諦めるか」

 各後継者達の相棒探しが始まったのは二日前から。そのため、それほど早くに外敵とは接触しないだろうと彼女は判断する。よっぽど早くにパートナーを選べるような力を持ち、その相手と契約を即座に結べるような者などそうは居ない。
 だから一先ずは大丈夫。そう、考えていたのは明らかな彼女の浅慮だった。
 静まった墓地に足音が響いた。誰かがやってきた、それを咄嗟に悟った二人は会話を聞かれないように黙り込む。こんな時間にどうしてこんな場所に人が来たのか、焦りつつも振り返る。足音は一つであり、他に誰もいない静寂の中で、小さな足音がやけに五月蠅く聞こえた。
 今一番恐れている自体が起こった。目で見る限りに明らかだった。二人の視界に最初に入ったのは近づいてきたはずの男ではなくその後ろ、宙に浮く毛むくじゃらの生物の方だ。
 大きさは人間と同じぐらいで、人のような手足がある。それなのに全身が茶色い体毛でおおわれていて、口の代わりに大きなくちばし。胡坐をかいた状態で、悠然と宙に浮いている。

「今一番来て欲しくないのが来たわね……」
「うわ、こいつキモ! 逃げんぞ」
「無理よ、こいつサトリの息子だし。……逃げても逃げても隠れ場所とか丸分かりよ」
「マジかよ。覚悟決めるタイミング早すぎるだろ」

 契約者であろう男の方を見ると、しきりに雪姫の表情を見ながら息を荒くしている。変態だと、正直に夜行が内心呆れたその瞬間、すぐさまその男の相貌が怒りで崩れた。

「誰が変態だ! 殺すぞクソガキ」
「人の心勝手に読まないでくださいよ。てかあんたストーカーじみた目してるね」
「あなた、誰かれ構わず煽りすぎじゃない……?」

 こういうのは開き直りって言うんだと、夜行は宣言通りすっかり開き直る。さっきの話を聞く限り、相手を倒すと契約が完了するが、ちょっと闘ったぐらいじゃ問題ないだろうと高をくくっていた。

「手足凍らせて動けなくして警察に突き出そう。勝敗つかない程度にぶん殴ろう」
「それで本気で契約されても私に文句言わないでよね」

 まずは逃げる。話はそれからだと、二人は急襲した敵へと向きなおる。気合は充分、次の瞬間に地面を蹴る。蹴った砂が舞い上がり、宙を舞う。
 この瞬間から、戴冠式へと加速していく————。



 ふぅ、いつもと違って前置きなしにしてみたよ。
 急で悪いんだけどさ、今日はここまで。そろそろ店畳まないと不味いのさ。
 前にも言ったけど、次の開店は月曜日だから、その時まで待っててくれると有難いねえ。
 今日のところはここまでさ。またの来店を待ってるよ。