複雑・ファジー小説
- Re: 妖王の戴冠式【1/16更新】 ( No.15 )
- 日時: 2015/01/19 23:07
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Ru7e1uoX)
「男に用は無えんだよ」
歯をむき出しにした笑みを浮かべ、男は夜行に突進する。まだ距離はある、相手に詰められる前に手足を凍らせて動きを止めればいいだけだ。先ほど電柱に向けて放った時のように手のひらを男の方へと向ける。
力を爆発させて冷気を相手の足をめがけて飛ばす。しかし目の前の男はそこに攻撃が来る事を読んでいたかのように跳び上がった。夜行の力はただ地面を凍らせた程度で不発に終わる。
ならば追撃だと手のひらをもう一度男に向けるが、すぐさま射線を切るように墓石の影に隠れる。これでは当たらない、舌打ちを鳴らして夜行は足を動かす。こうなれば、避けられないほどに近づくしかない。
「無闇に近づかないで! 返り討ちにあうから!」
「いやいや、お前結構強いんだろ。余裕だって」
そういう問題ではない、そのように制止する雪姫の言葉に耳を傾けずに墓石に紛れながら移動し続ける男との距離を詰めていく。ゼロ距離で放てばまず回避はできない。どれほど反射神経が良かろうが、間に合わない距離ならば凍てつかせられる。
後お墓を一つ飛び越えた先にいる。そこまで追い詰めたのだと思い込んだ夜行は、自分も知らないうちに安堵と油断を漏らした。石の向こう側にいる男は、その油断を見逃さない。
男は不意に墓石の上に手を突き、地面を蹴って跳び上がる。勢いよく地面を蹴った彼の体は左手を支店にして石の上を跳び越えた。不意打ちに面食らった夜行は身を強張らせ、頭が真っ白になる。したり顔で嗤う男は、跳び越えた時の勢いでそのまま蹴りを繰り出す。
不意を突かれた衝撃で、まだ夜行の意識に体の自由が戻っていない。このままでは正面からもろに喰らってしまう。それなのに、立ち尽くしたまま足を動かす事が出来ない。
「“氷飛燕雀”! そう唱えなさい!」
「えっ、おう……“ひひえんじゃく”?」
見るに見かねた雪姫は夜行に自らの術を発動する呪文を教える。彼女の指示に従い、おそるおそる唱えた呪文だったが、辛うじてその術は発動した。急ごしらえの、あまりに弱々しいものだが氷の羽が背中に現れる。精一杯の力で空気に翼を叩きつける。まるで吹雪のような冷たい突風が巻き起こり、夜行の体を宙に浮かせる。
強風に押し戻された男の蹴りは勢いを失い、そのまま流れるように地面に着地する。夜行はというと、風圧で一旦相棒である雪女のすぐ近くまで退避した。
「何でこんな重たそうな羽で飛べるんだ……」
「ちょっと黙ってなさい、そういう術なの」
「それにしても……あいつ何なんだ。こっちの行動とか、油断とか全部見透かしたみたいだった」
だからさっきもそう言っただろうと雪姫は深い深いため息を吐き出した。相手はサトリと黄龍帝の息子とその契約者。その程度のことは朝飯前なのだと。
「サトリって何だよ!」
「人の心を読む、結構な上級妖怪。神通力も凄いはずなんだけど……使ってこないわね」
おそらくは、契約したばかりであまり力を使いこなせていないのだろう。しかし、読心術の方はほぼ完ぺきにマスターしているようだ。それだけでも驚異的だが、先ほどの動きからして体を動かすことには慣れているようでもある。
単調な攻めだと簡単につかまるうえに、策を練っても全て読まれる。厄介な能力だと雪姫は告げる。ここはできれば逃げたいところだが、それすらも許さない心を読む能力。防御さえ徹底すれば負けはしないが、勝てもしないし逃げられもしない。いたちごっこにしかならない現状に思わず二人は眉をひそめる。きっと自分たちが困り果てている様子を見て相手の男は逆に悦んでいる。それが夜行たちにとっては何よりも妬ましい。
「でも、考えが読まれるなら考えなしに反射だけで対応した方が早くないか?」
「あなたとあいつじゃあっちの方が一枚上手よ。さっきので身の程を知りなさい」
「だよなぁ……。待てよ、じゃあさっき何で避けられたんだ?」
ふとさっきの出来事が頭の中に引っ掛かる。こちらの心を読めると言うなら、どうして先ほど雪姫が呪文を教えることができたのだろうか。読めていたなら自分も叫ぶなりして聞きとりの妨害をしてやればよかったはずである。
そして、夜行が呪文を唱えてからようやく受身の準備をしたのも不自然ではある。何か術が唱えられると分かっていたら、もっと早くに体勢を立て直そうと考え直すものではないだろうか。
「こいつもしかして、一度に読めるのは一人だけなんじゃないか?」
答えが出るのはすぐだった。さっきはずっと夜行の心を見ていたため、雪姫の方には気を配っていなかった、否、気を配れなかった。つまり今のものを作戦にしたら勝機が見えるのではないだろうか。
「雪姫! とりあえず俺は適当に相手を追いかけるから、その時に応じた呪文を教えてくれ」
「それに何の意味が……ん? あ、なるほどね」
頷いて返事をした彼女の姿を確認し、夜行は飛び出す。今度は考えなしでもなく、油断するつもりもない。そして、相手への対応も完ぺきだ。
「このガキ意外と頭回るじゃねえか」
「そうじゃないと人は煽れねぇよ」
「俺が言うのも何だけどお前趣味悪いな! 気が合いそうだ」
「良い歳こいて若い女に舌なめずりしてる変態と一緒にしないでくれ」
「やっぱりてめえはぶっ殺す」
言葉こそ荒々しいが、男の楽しげな笑みはもう夜行を邪魔者として扱っていない。自分が遊ぶためのおもちゃの一つ、そう考えているかのような無邪気な目だ。雪姫と遊ぶ前菜の遊具、その程度に見ている。
回避に徹していた先ほどまでとは違い、今度は一直線に夜行の方へと向かう。今度は不意を突くのも無理だと判断しての行動なのだろう。それに合わせて、前もって夜行は相手に照準を定める。いつでも雪姫の指示に従えるよう、耳に全神経を注ぐ。
「唱えなさい! “白の天袈裟”!」
「“ましろのあまげさ”!」
呪文を唱える。しかし、何も起こらない。これには唱えた本人の夜行が驚いた。どうして何も発動しないのか。振り返って雪姫の方を見るがそちらは大して狼狽していない。これが正しい姿というのだろうか。本来のこの力の持ち主が彼女である以上、きっと正しいはず。不安混じりにも、夜行は相手の方を見据えた。
「何だ、不発か? なさけねえ」
慌てる夜行を鼻で笑いながら男は腕を振りかぶる。走る勢いも乗せて全力で夜行を殴りつける腹づもりのようである。本当に大丈夫なのだろうか。そう心配する夜行を尻目に、雪姫は内心で勝利を確信した。
白の天袈裟は防御の能力。体の表面上に冷気を走らせ、相手の攻撃を瞬時に凍らせる防御の衣。衣といっても形の無い冷気によるカーテンである以上、視認も不可。これは決まった、確かに彼女はそう思った。
次の瞬間、男は袖に潜ませていたナイフを、自らの拳の代わりに突きだした。さっきまでどこに隠し持っていたのかと驚くほど自然に長袖から刃物を夜行に突きつける。白の天袈裟は発動し、ナイフを氷漬けにして使い物にならなくさせた。が、男はまだ行動可能である。
今の防御で袈裟の効力は使ってしまったため、今の夜行は生身。不味いと思った彼女は即座に次の呪文を伝えようとする。
「次! “氷願華(ひがんばな)”!」
「遅いぞ」
大きな手で彼は夜行の顔を鷲掴みにした。そのまま、近場の墓石へと夜行を叩きつける。背中を思い切り石にぶつけられて、夜行は咳きを吐き出した。鈍い衝撃が体中を走り抜け、呼吸ができない。一拍遅れてようやく痛みが全身に伝わった。
「どうして……」
「知りたいか嬢ちゃん? 簡単さ。このガキの動きは大して驚異的じゃないから、心を読むまでもない。何の術が飛んでくるか分かってたら対処できるんだ。お前の心を読むに決まってるだろ?」
「あっ……」
失念していた事実に気づいた彼女は眼を瞠った。言われてみればその通りだ、戦っているのが人間二人なのだが、情報を持っているという意味では契約した妖の心を読むのも充分有効的。むしろ、この場合においては攻撃は雪女からのアドバイスに従うと確定していたためにそちらの方が有効である。
「さて……今からがお楽しみだ」
歪んだ笑みと共に細められた彼の目から、狂気と愉悦が浮かぶ。これからどうすれば相手を思う存分痛めつけられるか、それしか考えていない。
「ゆっくり、おじさんと『仲良く』話し合おうじゃないか」
サトリの力とこの男。二人がどうして組んだのか。それはこの、残忍な噛み合わせの良さによるものだと、これから雪女は身を持って体感する。
ああ、やっぱり不甲斐ないねぇ。共通の敵が現れて、ちょっとは良い雰囲気になったかと思えば惨敗じゃないか。
それにこんな男にパートナーを殴らせる雪姫もだけど、それを投げ出して座りこんでる夜行も情けないったらありゃしないよ。
わっちだったらもっとガツンとやっちまうところなんだけど……っていうのは控えておくか。まだまだあいつらお子ちゃまだしね。大人の説教って言うのは耳が痛いだけのもんだろうしさ。
でも、この話も大詰めになってきてるんだよね。今度の休憩が終わったら、不甲斐ない夜行くんもちょっとはマシに見えてくるよ。
それじゃ、また来てね。待ってるよ。