複雑・ファジー小説

Re: 妖王の戴冠式【1/26更新】 ( No.18 )
日時: 2015/04/03 20:48
名前: 狒本大牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: foJTwWOG)


「えらいことになってもうた……」

 自室にこもった彼女、鞍馬 愛は頭を抱えた。どうしてこのようになってしまったのかと今日一日を思い返す。路地でのあの出逢い、それこそが今の惨状を作り出したに違いない。頭の辺りをそっとなでるようにして、彼女は頭皮にいきなり生えたそれの存在を確信した。
 引っ越しの準備のために、彼女の部屋からは私物がきれいさっぱり無くなっている。残っているのは妹に譲るための鏡台くらいのものだ。今にも泣き出しそうな目が鏡にうつった自分の姿を見つめる。やはり、愛の頭からは狐の耳が生えていた。
 それもこれも、九尾を自称する真っ白な狐に憑依されたらしいところから始まった。抵抗しようとする愛だったが、時すでに遅く狐は頭上に。次の瞬間には頭上の重みが消えて狐の耳と尻尾が生えていたのだ。
 その後のことは覚えているようで覚えていない。大声で叫びながら走って走って。落ち着いた頃に頭を触るとやっぱり耳が付いたままで。その頃には諦めが混じり、気落ちしていた。

「もうすぐ会わへんくなるご近所さんからどう思われても別に構わへんけど、お母さんたちにはばれたくないなぁ」

 幸い、愛の家族に霊感は無いようで、彼らにはこの耳や尻尾は見えない。どうして愛にだけ霊感があるのかと首を捻る。忌々しい仔狐の話を信じるのならば、時折このような天才とも言うべき異端者が生まれるのだとか。伝承の安倍晴明などがまさにその例であるとも言っていた。
 言い方を変えれば才能の塊のようだが、こんなにも嬉しくないのはなぜだろうか、愛は悲しくなってくる。厄介なものしか引き付けないというならば、こんなもの無い方が良いに決まっている。
 それにしても、どうして今までこんな能力のことを知らずに過ごせていたのだろうか、それも気になってならないことだ。身を護るためにフィルターのようなものがかかってそういう世界から自分を遠ざけていた? そんな事もあるのだろうか。

「ねぇねぇ愛、女の子の部屋ってもっと可愛らしいものでごちゃごちゃってしてると思ってたんだけど、凄い寂しいね」
「あー、うち東京の私立に行くからなぁ。女子高の寮に入らなあかんから私物は全部片付けてん」

 実際には愛に憑依しているため実体は無いはずなのに、例の狐の声が部屋の中に響いた。余計なものは何一つ無いがらんとした部屋にはやけにうるさく感じられる。

「って何堂々としゃべりかけとんねん、うちにはあんたの相手したるつもりはないからな!」
「お姉ちゃん一人でうるさいけどどうかしたのー?」
「ごめんごめん、ちょっと騒いでて」

 思わず飛び出した叫び声が階下まで聞こえていたらしい。鏡に写った自分を睨み付けながら、怪しまれないよう下へ応答する。視覚は共有しているので、自分が睨まれていると分かるはずだ。

「とりあえずあんたは絶対に喋らないように」
「つまんないの」

 せめて寮で一人部屋になればこいつの相手をするのも問題ないのに。誰に聞かれるか分からない緊張感に苛まれ、苛々は頂点に達しつつある。そんな彼女の想いを知ってか知らずかこの自称妖怪はべらべらと喋る。
 お願いだから静かにしてくれ、そんな愛の願いも全て聞き届けられない。

「とりあえず、何であんたがこんな事したんか教えてくれる?」
「話すと長いですが良いですか!」
「元気はつらつやなぁ、まあええよ」

 そして彼は語り出した。あやかしの王様と、その大量の息子娘、後継者を決める戦いとつがいとなる人間選び。そしてこの戦いに、人間が足を踏み入れる危険性。

「という訳ですよ」
「絶対嫌や」

 なぜ自分が妖怪どもの王様を決めるという自分にはまったく関わりの無い世界での争いのとばっちりを受けなければならないのか。しかも大怪我や死の危険性と隣り合わせ、そんなもの華の女子高生にさせるべきものではない。

「待ってください、危険な目には会わせませんから」
「いやいや無理やろ、さっきの話聞く限り、どう転んでも危ないやん」

 九尾の秘術を用いれば問題ありませんと奴は断言する。何だか誇らしげなその口調が、愛にとってはたいそういらだたしい。

「秘術を使えば、あなたのうける傷を肩代わりできます。実質傷つくのは私だけという訳です」
「あのなぁ、失敗したらどないすんねん?」
「うぅー、な、ならせめて他に契約できそうな人が見つかるまで一緒にいてください」

 その後はその人に自分の事を押し付けても構わないとそれでも気に入らないというなら、その時はそれまで起こらせたぶん好きなだけ痛め付けてくれても構わない。必死になってそう訴える。

「いや、流石にボコボコにはせえへんけど」
「優しいんですね、そのまま僕のつがいに……」
「ならんわど阿呆」

 調子に乗るなと一蹴され、彼の声のトーンが落ちる。仕方ないかと呟く声には哀愁が漂ってすらいた。

「大体なあ、そんな危ないことに協力してくれる人がいるって端からあてにしてるのがあかんやろ。もっと現実見ぃや」
「ですよね、どうせ僕なんて誰からも見向きもされず通りすぎる人の背中をじっと見つめることしかできない、やっと見つけた見える人にも頼ることのできないクソキツネですもんね」

 こんな僕なんてまたいじめられる日々に逆戻りだ。あーあ、こんな事ならこんなに大層な血筋なんて要らなかったのに。まだまだ彼のネガティブトークは続く。
 ああもうじれったいなぁ、そう言って愛はまた鏡に向き直る。

「他に契約できそうな人が見つかるまでやからな」
「はい! ありがとうございます!」
「あんた名前ないん? 呼びにくいねんけど」
「ずっと九尾って呼ばれてました」

 それやと大して可愛くないしなあ。そう言って腕を組み、彼女は考える。数秒の後に顔をあげ、明るい顔でいい放つ。

「よし、狐やから今日から君はコン太や」
「僕の名前……ありがとうございます!」

 名前をもらったコン太は憑依していた愛の体から飛び出した。真っ白な毛並みはふわふわとしている。なついている意を示すために彼は愛の足元にすりよった。

「やめんかい、くすぐったい」
「愛、少しの間だけどよろしくお願いします」

 こうして二人の、契約者探しという他とは一風変わったコンビが出来上がる。果たして彼らは、相応しい人物を見つけられるのか、それはどのような人物なのか、それともーーーー。



 さあさあお店を開けるのも久方ぶりだねぇ、元気にしてたかい? わっちは元気だったよ。ただ作者の方が忙しかったみたいでねぇ、中々こうやって開店するタイミングがなかったみたいでさ。なっさけない話だよ。
 話自体が久方ぶりだけど、さらに懐かしい九尾たちのお話さね。裏話なんだけど、作者の方も九尾のことを地の文でどう表記するかかなり悩んでたからねぇ。名前自体は前から決まってたけど、名付けるまでのこの間が一苦労だったって訳だ。
 それにしてもコン太なんて安直な名前、ほんと彼女のセンスは一体どんなものなのかねぇ。あ、でも分かりやすさは天下一品さね。
 そんなこんなで、今日もそろそろ店じまいかな。バランス配分が片寄ってるけど、次回からまた雪女たちのデコボココンビさ。
 またおいで、とびきりの酒と肴を用意して、待ってるからさ。