複雑・ファジー小説
- Re: 妖王の戴冠式 ( No.2 )
- 日時: 2015/01/10 13:40
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: v8ApgZI3)
おっ来たね、待ちくたびれたよ。じゃあ今度は九尾たちの話をしようか。こないだ話した雪の日なんだけど、東京とは違って大阪では雨が降っていたのさ。それも天気雨、まさに狐の嫁入りさ。
と言ってもまあ、今から話すのは雄の狐の話なんだけどさ。それに種族が違うから嫁入りも糞もないって話だね。
こんなわっちの無駄話より早く九尾の話をしろってかい? こっちだってそのつもりさ。さてさて、向こうの飼い主はこないだ話した夜行や武蔵と同い年の女の子の話さね。高校に入る直前だから十五歳、若いねぇ。わっちがその頃は、ってのは歳がばれるからやめとくか。
そいじゃあ始めよう。その日はやけに奇妙な空模様であった。雲一つない快晴の空から、明るい日差しが射し込んでいる。天気予報で東京では雪が降っているというのが信じられないくらいに穏やかな陽気だ。
しかし彼女、鞍馬 愛(くらま まな)にとっては遠く離れた東京の大雪よりも信じられない事態に直面していた、それも二つだ。世界地図では小さく見える日本だが、実のところはかなり距離は開いている。こちらは晴れていても向こうは雪というのは変でも何でもない。
それよりも異質なのはこちらの天気だ。晴れている、それも雲一つない。それなのに、大粒の雨が彼女の肩を濡らしている。折り畳み式の傘を持ってはいたが、いかんせん小さめなので少しだけ肩が濡れてしまう。天気雨にあうのは始めてではないが、こんなにも綺麗な空模様の雨は始めてだ。普通、天気雨とは曇っている中に一筋だけ日の光が射し込むようなものではなかっただろうか。
そしてもう一つの突飛な出来事は目の前に座っていた。サイズとしてはチワワかそれくらいの動物だ。顔立ちとしては狐だろうと思われる。しかしこれは、ただの狐ではなかろうと一目で分かるような姿をしていた。
まるで犬や猫が首輪をつけられるように、紅白の縄がその首もとに結びつけられていた。それは、さながら小さなお稲荷さまのようである。そして、驚くほどに真っ白な毛並み。狐と言われると黄色や茶色を思い浮かべる愛にとってはこれは初めて見る狐の毛並みだ。
ただ、それだけならばただのアルビノ個体を悪戯してお稲荷様のように見せかけているだけだと曲解できなくもない。愛が最も驚いていた理由は他にある。それは目の前のその狐が人間の言葉を口にしていたからだ。
「あっ、そこの人、もしかして僕が見えてる?」
初め、何が起こったのか彼女は受け止めきれなかった。まさか動物がいきなり喋るとは思わない。一体誰が喋ったのだろうかと辺りを見渡してみるが、このミニお稲荷様以外誰もいない。
段々と理解していくと共に、段々と驚きが沸き上がる。今は、喉の奥から飛び出しそうな叫び声を必死に押さえ込もうとしているところだ。狐は喋らない、何かしかけがある。そう言い聞かせるが、そんな悪戯を誰がするというのだろうか。
「僕だよ、ちゃんと見えてるんでしょ?」
「き、キツネが喋っとる……」
やっとの思いで口にできたのはそれだけだった。やっぱりねと、狐は前足をあげてヤレヤレだとポーズを取る。簡単に二足で立ち上がったその姿にさらに愛はぎょっとした。顔の表情もどこか人間らしく、喜怒哀楽がはっきりと伝わってくる。これは、嬉しさと呆れが混じっているのだと感じられた。
「まったく、僕以外に誰がいるのさ。まあ良いさ、じゃあちょっとお願いがあって」
「ちょっと待って。頭がついてかれへん」
「ついてかれへん?」
「ついていけない、って事。何やこっちの言葉分からんのか?」
「うーん、若干聞いたことがあるかな、ぐらい」
何やこいつ。彼女の九尾に対する第一印象はそれだった。目の前で獣が喋るという非現実、その上表情をコロコロ変えて後ろ足だけで立ち上がる。しかもお願いがあるときたものだ。信じたくないが目の前のこれは意思を持っているのだと認めざるを得ない。
しかし、だからと言って向こうの頼みを聞くかどうかはまた別の話である。
「いや、うちも忙しいし」
「そこを何とか……そもそも見える人と会うの初めてなんです」
「あんた幽霊か何かなん? それやったら余計に願い下げやねんけど」
「安心してください、ただの九尾の妖狐の子供です!」
「余計恐ろしいわ! ってかあんた尻尾一本やんか」
「これから増えるんです」
妖狐というのは自らの霊力に比例してその尾の数を増やす……。というような妖怪談義を勝手に仔狐は始める。勿論、愛はそれ以上付き合いたくはない。
「うちは今引っ越し準備で忙しいねん。付き合うてられへん。行かしてもらうで」
「そこを何とか! このままじゃ夢を叶えられません」
「何やねん、まあよっぽどたいそうな夢やったら聞いたろか」
「実は王様になりたくて……」
「真面目に聞いたったうちがアホやったわ。そんじゃ頑張ってな」
アホくさいと吐き捨てて踵を返す。受験ノイローゼの後遺症のようなものだろうと無理やり愛は結論づけた。幻覚に受け答えするなど、周りから白い目で見られること間違いない。
「待ってください、本気なんです」
「あ、うん本気の馬鹿だとは分かったから。ごめんな」
「そんな残念な人を見る目で見ないでくださいよ!」
「そんなつもりはないよ。あんたは残念な狐や」
「ひどい、これが関西特有のノリツッコミなのか」
「あんたノリツッコミの意味分かっとらんやろ。てか関西特有ちゃうし」
「そうなんですか。じゃあボケってやつですね!」
「それはあんたやろ」
ひどい、そう言って彼はわざとらしく涙を流す。その手には乗らんと愛はそっぽを向いた。しかし、その反応は彼にとって折り込み済みである。彼女がこちらを向いていないその隙をついて、俊敏な動きで駆け寄った。跳躍し、その頭の上に飛び乗る。
「こら、乗るな!」
「悪いですけど無理やり既成事実を作って契約しちゃいましょう」
「あんた何する気やねん?」
「ちょっと取り憑くだけです。憑依とも言います」
そんな事させてたまるかと、腕を伸ばして狐を掴む。そのまま頭から下ろしてやろうとしたが、もう時既に遅かった。密閉された空気が小さな穴から吐き出されたようなポンとした音がなると共に、彼女の体は煙に包まれる。一体何が起こったのか、それを彼女が理解した途端に絶叫する羽目になったのはまた今度話そうか。
今日の話はここまでだね。それにしてもこっちの人間はかなり口数の多い子だね。まあ賑やかな女の子は悪くないって事さ。となるとわっちもまだまだいけるって事かねぇ。
冗談さ。さてさて、こんな風にして出会った二組のつがいだけど、まだまだ油断はしてられない。だってどっちもお互いの相棒とは仲が悪いからねぇ。それがどんな波乱を呼ぶのやら。
ん? 何だか面白そうなネタがもうすぐ入りそうだ。あの雪女の相棒がついに怒ったみたいだね。話は今度まとめて話すから、今日のところはそろそろ帰りな。
また後日の来店を待ってるよ、じゃあね。