複雑・ファジー小説

Re: Sky High-いつか地上の自由を得よ- ( No.11 )
日時: 2015/02/11 23:19
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: zCMKRHtr)
参照: 訳分かんない話に出来上がったゴメソ

 缶詰を貰った。
 近くの集落からの差し入れだった。差し入れ、というよりもお裾分けだろうか。
 とにかく、缶詰を貰った。

「……これ一体どうしましょう?」

 化け物軍勢、料理部隊が隊長。そして影から『化け物軍勢のオカン』と呼ばれし人狼族の青年、セレン・ハウンズ。
 手にした缶詰を眺めて、困ったように首を傾げた。



 人間どもよ許してなるものか



「チッ……あー、今日もクッソ疲れた……」

 拠点に戻った銀髪碧眼の軍服少女——ユフィーリア・エイクトベルは舌打ちと共に沈んだ声を吐き捨てた。
 今日の敵は手強かった。さらに突然の豪雨にぶち当たり、軍服はびしょびしょになった。肌に張りつくシャツが非常に気持ち悪く、思わず顔をしかめる。
 とりあえず変えのシャツと下着はあるので、ラヴェンデルに頼んで奥の病室を使わせてもらうことにした。拠点にも更衣室というものがあるのだが、化け物軍勢の女性たちで溢れ返っていたのでやめた。大勢の中に紛れ込みたくない。
 帽子と軍服をベッドの上に放り、ついでに空華もベッドへ放った。少しだけ考えて、空華に布団を被せることにする。

「ちょっと!! 酷いよユフィーリア!!」
「見るだろ」
「見ないよ!! 刀がどうやって裸を見ろって言うんだよ!!」
「……それもそうか。だけど気分的に嫌だ。だから見るな」

 布団を被せられた空華はぶちぶちと文句を言っていたが、ユフィーリアは全て無視した。
 びしょ濡れになったシャツを脱ぎ捨て、上半身をタオルで拭う。ついでに自身の銀髪も、ガシガシと乱暴に拭いた。キューティクルがどうのとか、枝毛がこうのとか、そういうことは一切考えていない豪快な拭き方だった。
 少女の白い裸身は、酷く傷だらけだった。天地戦争で作ったものもあれば、天地戦争が始まる前に作ったものもある。大小様々な傷が、ユフィーリアの体に存在した。

「……」

 体の上を走る傷を無言で眺め、シャツを羽織る。ついでに下着も変え終わり、生乾きの軍服を着込んだ。新しく変えたシャツがまた濡れるという可能性もあったのが、シャツだけで拠点をうろつくのは気が引ける。
 せめて外套だけは乾かしておこう、と考えに至ったユフィーリアは帽子を被り直して外套を腕にかける。布団の中から空華を引っ張り出して、病室を去った。
 途中、ラヴェンデルに外套を乾かしておいてくれと頼み、医療班を背にした。

「あら、ユフィーリア。いつの間に帰ってたのね」
「……セレン、その缶詰は何?」

 ちょうどその時、人狼族の青年であるセレンに出会った。
 巨大なスープ鍋の前でぐるぐるとお玉をかき回しながら、セレンは片手に握ったままの缶詰を掲げる。

「それが分からないのよ。なんて書いてあるのか読めなくて……ユフィーリアはこれ読めるかしら?」
「アタシに言われても……読み書きならあの司令官殿に言えよ。それかスカイがいるだろ」
「どっちも会議中よ。見てみるだけでもいいから、お願い」

 読める訳がないのに、とユフィーリアは思ったが口にしなかった。見るだけ見てみようと、セレンから渡された缶詰を受け取る。
 赤と黄色の缶詰には、見たこともない文字が躍っている。つまり読めなかった。何の缶詰かもユフィーリアには分からなかった。

「これどうしたの」
「近くの集落からお裾分けって言って貰ったのよ。人間なんだけどね。貰ったというより、押しつけられたって言った方がいいかしら……?」
「突き返してこい」
「あら、ダメよ。だって食品って言ってたもの。食材があまりないから助かったのよ。大丈夫よ、毒は入ってないみたいだから」

 誰が毒見をしたんだ。
 笑うセレンにそんなことは訊けなかったので、「へえ」とだけ言っておいた。もうこの話題はよそう。

「でも困ったことがあるのよ。缶切りが見当たらなくて、この缶詰を開けられないのよ」
「切ろうか?」
「そんなことをしたら、中身まで切れちゃうでしょ」

 空華を構えたところで、セレンの却下があった。切る方が手っ取り早いのに。
 そこでユフィーリアは、ふとある考えに至った。それは、視界の端に入り込んだとある『人物』のおかげだった。
 リヒトと同じような、全身白い格好をした青年。ユフィーリアと同じ銀色の髪に、鋭いアイスブルーの双眸は人を寄せつけぬ空気を漂わせている。普段つけているガスマスクは、今は頭の上に乗せられていた。

「アノニマス、ちょっとこっちこい」
「……?」

 白い青年——アノニマスは、「何?」とでも言うかのように首を傾げて、ユフィーリアとセレンのもとまでやってきた。
 ユフィーリアは、持っていた赤と黄色の缶詰をアノニマスに手渡して、

「ハイ、よろしく」
「……」

 彼女の一言で分かったのだろう。アノニマスはコクリと頷くと、手近にあった皿を代わりにユフィーリアへ手渡した。
 何をするのかとセレンが黙って見守る中、2人の行動は続く。
 ユフィーリアが受け取った皿の上に、缶詰を握ったアノニマスの手が浮いている。そして彼は、そのまま缶詰を握り潰した。
 ぐしゃぐしゃぐしゃ、と呆気なく潰れていく缶詰。中身がボタボタ、と皿の上に落ちる。何やら魚を発酵させたものだった。
 しかし、その行動が間違いだった。

「……!!」
「きゃうん!?」
「ぅぐ!?」

 皿の上に落ちた魚は、とんでもない激臭を放ったのだった。
 あまりの臭さに、ユフィーリアは皿を落としてしまう。セレンは泡を吹いて気絶し、アノニマスはその場に膝を折った。

「くっさ!? 何これ!!」
「……!! ……!!」
「ああセレン!? セレンおいしっかりしろ!! やばい泡吹いて気絶してる。こいつ嗅覚鋭いんだった!!」

 人狼族や獣人族は、人間や他の種族よりも嗅覚が鋭い。特に人狼族はトップクラスの嗅覚を持っているのだ。
 セレンが倒れた原因は、この異臭によるものだろう。

「とりあえず離れろ!! アノニマス、そっち持て。『先生』んトコまで運ぶぞ!!」
「……」(コクコク)

 気絶した2メートル近い男の腕と足を持ち、2人はラヴェンデルが待つ医療班へと急いだ。
 異臭により料理部隊は地獄と化す。獣人族や人狼族は軒並み気絶し、鳥人族は具合が悪くなる。もちろんリヴィも鼻を塞いで目を涙でいっぱいにして医療班のもとまでやってきた。

「ちょっとちょっと、いきなり具合が悪くなる人が多くなるって一体どういうことなんだい? 何か悪い食べ物でも見つけたのかね」
「缶詰のせいだよ、缶詰の」
「缶詰ぇ?」

 ユフィーリアは眉を顰めたラヴェンデルに、事細かに説明をした。赤と黄色の缶詰を皿の上で握り潰した瞬間に、辺りに異臭が立ち込めたということを非常に細かく丁寧に。

「もしかして、それってシェールストレミングじゃないかい?」
「しぇー……何それ」
「世界一臭い食べ物さ。ニシンを発酵させた、外国ではよく食べる食べ物らしいね」

 ラヴェンデルの言葉を聞いて、ユフィーリアはセレンの台詞を思い出した。


 ——近くの集落からお裾分けって言って貰ったのよ。人間なんだけどね。貰ったというより、押しつけられたって言った方がいいかしら……?


「人間ども、許してなるものか」

 ポツリとつぶやいたユフィーリアは、さながら幽霊のように立ち上がる。同じようにしてアノニマスも。
 拠点の近くにある集落と言えば1つしかない。本当に小さい村である。そこには鳳凰部隊がわずかに駐在しているので、いずれは侵略してやるつもりだったのだ。
 だが、今回の件は、ある意味テロに近い。よって——。


「戦争しようじゃないの。なあ、おい……人間さんよ」




 このあとユフィーリアとアノニマスのみで小さな村を壊滅させた。
 全身から血をしたたらせて帰還を果たしたユフィーリアとアノニマスは、シェールなんたらにも負けぬほどの鉄の臭いを放っていた。

 ちなみに余談ではあるが、作戦会議をしていたグローリアとスカイにもわずかながら被害が及んだようで、彼らは「頭が痛い」と揃ってラヴェンデルに訴えたらしい。