複雑・ファジー小説
- Re: Sky High-いつか地上の自由を得よ- ( No.27 )
- 日時: 2015/09/14 21:56
- 名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: gTez.RDd)
- 参照: ちなみにユフィーリアが狙われたなかった理由は、命の危機であります。
イライライライラ。
イライライライライライライラ。
————プチッ。
「うっきゃぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!」
紙が乱雑した司令官室にて、グローリア・イーストエンドが絶叫した。艶のある黒髪をガシガシと掻きむしり、天井を仰いで甲高い悲鳴を上げる。
普段からにこにこしている彼でも、精神の限界は存在する。それが今、訪れたようだ。
ひとしきり悲鳴を上げた後、ため息と共に言葉を漏らす。
「……髪の毛を弄らせろォ……」
その声は、普段の彼からは想像もつかないほど低かったという。
君の髪の毛をロックオン
「……イライラするイライラするイライラするイライラする……」
「うるさいよ、グローリア。隣で呪詛を吐かないでくれるかな、たまったもんじゃないよ」
拠点とする砦のすぐ近くにあった手近な岩を椅子代わりに腰かけ、グローリアは呪詛を紡ぐ。夕焼けの如き赤い双眸の下には濃い隈が作られ、顔の色も若干悪い。普段から彼の肌は白いのだが、もはや「病気ではないか」と疑ってしまいたくなるほど白い。
彼のすぐ傍で動物たちに囲まれている赤い毛玉——もとい、スカイ・エルクラシスはうんざりしたような表情を浮かべた。頬にすり寄ってきた白猫に「ジャックスとレンのところへ行ってきて」と命令して、地面へと下ろす。白猫はスカイの命令を受けて、拠点を走り去っていった。
スカイは現在、人間たちの野営地を捜査している最中である。動物を自在に操り、動物たちが見ているものや聞いているものを共感できる彼ならではの仕事である。
「イライラするならユフィーリアに突っかかってくればいいでしょ。彼女ならまたゴミを見るような目で見てきてぶった切ってくれるよ」
「彼女じゃダメだ」
スカイの適当な言葉に、グローリアは即座に否定した。
これにはスカイも驚いた。いつもなら「ユフィーリア、ユフィーリア」とうるさい彼が、件の最強傭兵を切り捨てるとは。
うつろな赤い双眸は、真っ直ぐにどこかを見つめている。ただじっと。動くことはない。
「彼女なら、彼女ならいいかもしれない」
グローリアの視線の先にいたのは、リヴィだった。くねくねと訳の分からない踊りを踊っているサリサと共に、くねくねと踊っている。多分彼女はその踊りがどんな意味をするのか分かっていないだろう。
「リヴィ、ちょっと」
「んー? なあに、ぐおーいあ?」
少し舌足らずな言葉でグローリアの名を呼んだリヴィは、踊りを中断してグローリアのもとへ駆け寄ってくる。ふよふよと黒い猫の尻尾は揺れ、何やら楽しそうだ。
グローリアはリヴィのツインテールに指を絡めさせて——彼女の髪を結んでいるリボンを同時に解いた。
バサ、と重力に従って黒髪は真っ直ぐなストレートに戻る。跡もついていない。癖がつかない髪のようだ。
突如として髪の毛を解かれたリヴィは、ポカンとした表情でグローリアを見上げていた。同じようにスカイも呆気にとられた表情をしている。
「……何してんの、グローリア?」
「リヴィ、お願いがあるんだけど聞いてくれる? いや、髪の毛解いてから言うのもあれなんだけどさ」
スカイの質問を聞き流したグローリアは、にっこりと笑顔を浮かべた。
いつものほんわかした笑顔とは程遠い、何やら切羽詰まったような笑みだったが。
「髪の毛弄らせて」
昼寝から目覚めたヘスリッヒが見たのは、髪の毛を盛りに盛られて身長が高くなったリヴィと、せっせとリヴィの髪の毛を編んでいくグローリアの図だった。なんか変である。
グローリアの目つきは真剣そのもので、プロ並みの技術でリヴィの髪の毛を盛っていく。手鏡を片手に自分の髪の毛が盛られていく様を見ているリヴィの双眸はキラキラと輝いていた。
「……オイ赤毛玉、コリャ一体何のお祭りだァ? リヴィはいつから娼婦——つうかキャバ嬢になったんだァ?」
「僕のことそう呼んでいたの?」
いつの間にかグローリアから距離を取っていたスカイは、ヘスリッヒをジロリと睨みつけた。だが、紙袋から見える目線はスカイの方へ向いていない。
「5分前ぐらいかな。グローリアが突然『髪の毛弄らせて』って言い始めて、あんな感じになっちゃった。ああいう筋の仕事に就けばいいんじゃないかな。司令官辞めて」
「…………ついに頭がイカれたか。あの『自主規制』野郎」
「多分ストレスでイカれたんじゃないの? 3徹らしいからね、あいつ」
だから睡眠は取れって言ったんだけどな、とスカイが小声で付け足した。
ようやくリヴィの盛り髪は完成したのか、グローリアの手つきが止まった。
「へすりひー!! みてー!! みてー!! リヴィねー、しんちょおっきくなったー!!」
「おおすげえなリヴィ。身長でかくなったなァ」
とてとてとヘスリッヒへ駆け寄ったリヴィは、自信の身長が高くなったことを全身でアピールする。紫色の双眸は輝き、猫の尻尾は興奮で膨らんでいる。頭上の耳もピコピコとせわしなく動いている。珍しい髪型にしてもらえたのが嬉しいのだろう。
6歳児のアピールを無下にすることもできないので、ヘスリッヒは下ネタを封印した。理性が働いたのか、はたまた彼女の純粋な空気に当てられて正気に戻ったか。
「あいつまだうずうずしてる。ていうか今度は君を見てるよ、ヘスリッヒ」
「ハァ!? ちょ、やめろコッチ見んな!! 何だその手招き行かねえよ!! だからってくるんじゃねえってふざけんなこの『自主規制』野郎がァ!!」
「ヘスリッヒ、その髪の毛弄らせてぇぇぇぇ」
「やめろぉぉぉぉぉおおおおお」
珍しくヘスリッヒの悲鳴が、拠点へと響き渡った。
真っ白な竜人族との鍛錬から戻ったユフィーリアが目にしたのは、リヴィに抱きつかれながらグローリアに髪の毛を結わかれているヘスリッヒの図だった。
何やら赤い髪に花の飾りがふんだんにあしらわれて、大変メルヘンな髪型に変わったヘスリッヒを見て、ユフィーリアは一言。
「お前、そういう趣味あったの?」
「助けろ馬鹿!!」
紙袋の下にある琥珀の双眸で睨まれたが、ユフィーリアは無視して拠点の仮眠室へと足を向けたのだった。