複雑・ファジー小説

Re: Sky High-いつか地上の自由を得よ- ( No.38 )
日時: 2015/09/06 21:33
名前: 山下愁 ◆kp11j/nxPs (ID: gb7KZDbf)

 ミーンミーンミーン、と蝉の泣き声が頭上から降ってくる。
 憎らしいほどに美しい夏の青空。突き抜けるほど鮮やかな青い天幕に、うだるような熱気が全身に纏わりついてくる。白い雲が青い空を漂い、風に乗ってどこかへ流されて行った。
 戦時中であっても四季は移ろいゆく。春から夏へ、夏から秋へ、秋から冬となり、また春がくる。自然の摂理は変わらない。どんなファンタジーな世界だって、四季はあるはずだ。

「……あっつーい……」
「……なんもやるきがおきねえ。せりふなんかぜんぶひらがなでしゃべるしかねえ……」
「君下手すれば本編でもそれやりかねないよね? ああダメだ、もう体力が持たない……」

 パタパタと作戦をまとめた羊皮紙で自身を煽ぐグローリア。生温い風しかこない上に、体力が削がれるのでやめたようだ。艶のある長い黒髪は高く結ばれて、少しでも涼を取ろうと工夫された結ばれ方をしている。
 隣では赤い髪の青年、スカイが地面にうつ伏せで倒れていた。本人いわく、「地面の方が気持ちいい」らしい。顔面や服が汚れてしまいそうだが、彼はそんなことを気にしないのだろうか。おそらく気にしないのだろう。

「……近年にない暑さらしいぞ、オイ。司令官は砦に引っ込んでろ、熱中症で倒れるぞ」
「エデルガルドは暑くないの……?」

 グローリアの赤い瞳が、通りがかったエデルガルドを映す。
 彼の格好は露出の少ない青い軍服と黒いズボンである。背中に交差するように差した2本の刀が、歩くたびに揺れて涼やかな音を立てる。気温は全然涼しくないのだが。

「俺は別に平気だ。暑さには慣れている。これぐらい傭兵として当然だろう」
「……さすがだね、僕も暑さには慣れている方だけど……さすがにこの暑さはどうにもならないよ……」

 グローリアはヘロヘロとその場に座り込み、羊皮紙で日差しを遮る。気休めにしかならないことは分かっている。だが、こうでもしなければ本当に熱中症になってしまうと思ったのだ。
 そういえば、彼女は平気だろうか。ふとグローリアの脳裏に、あの最強の傭兵の姿がよぎる。
 銀髪碧眼で、常に凛とした少女。誰にも心を開かず、信用しない謎多き傭兵。どんなものでも一太刀で殺してしまうほどの絶大な力を持つ、黒い軍服の彼女は——

「……中に入っとけ。お前に倒れられたら困る奴がいるだろ」
「お、ユフィーリア」

 そこへふらりと拠点近くを通りがかった黒い軍服の少女。軍帽から靡く銀色の髪が、陽光を反射して輝いている。
 ユフィーリア・エイクトベル。化け物軍勢で最も強い傭兵の少女だ。肩に担いだ長い刀——空華で肩を叩いて気だるげに立っている。この暑い中だと言うのに、目の前の銀髪碧眼の少女は汗1つ掻いていない。
 ついに暑さで幻覚でも見えてしまったのだろうか、とグローリアは一瞬考えるが、どうやらこれは現実らしい。彼女の影はきちんとある。

「お前がグローリアを心配するなんて珍しいな。どういう風の吹き回しだ?」
「……」
「オイ、ユフィーリア? オイ!?」

 その時だ。
 フラリ、とユフィーリアの体が傾いだ。その場に膝をつき、地面に体を横たえて動かなくなってしまう。
 エデルガルドが慌ててユフィーリアを起こす。彼女は顔を真っ赤にして、目を回して呻き声を上げていた。完全に熱中症である。エデルガルドは急いでラヴェンデルのいる医務室へユフィーリアを運んだ。ちなみに空華は倒れた時点で彼女の手から離れ、地面に倒れたままになっている。
 グローリアとスカイ、そして置き去りにされた空華は運ばれていくユフィーリアを見送った。

「……最強が暑さにやられた、だと」
「いやいや、グローリア。ユフィーリアの格好を思い出して見なよ。このクソ暑い中で、熱を吸収しやすい上下黒い軍服に外套と軍帽だよ? 露出なんて顔しかしてないじゃん。熱中症になってもおかしくはないよ」
「うん、それもあるんだけどねー」

 スカイの台詞に空華が被せてくる。

「彼女、暑さに弱いんだよね。今まで北国で生活していたからさー」

 あはは、と軽く笑い飛ばす空華。
 グローリアは何かを決めたようにキッと前を見据え、それからゆっくりと立ち上がった。表情はいつにも増して真剣味を帯びている。

「海に行こう」

 これ以上ないシリアスな声色で、そんなしょうもないことを提案した。




 熱中症に気をつけろ!!-真夏の海のマーメイド☆-



 青い空、白い雲、キラキラと輝く蒼海。——海である。
 化け物軍勢の拠点から遥か離れた場所に海がある。ちなみに人類側に歩くのでなく、すでに化け物たちが占拠した方向へ歩いていくと海へたどり着くのだ。化け物たちの体力・脚力を以てすれば1時間弱で到着する距離である。

「普段は天然阿呆司令官だがたまにはいいことを提案するじゃねェか」

 ヘスリッヒは海を眺めながら言う。彼の格好はいつものようにタートルネックにベージュのズボンである。意地でもその格好から変えないらしい。
 すでに上半身のシャツを脱ぎ、ズボンの裾をたくし上げたグローリアは「酷い!!」とヘスリッヒの方を振り向いて嘆いた。これ以上にない素晴らしい提案をしたと思ったのに、何故か罵られた。
 化け物たちはギャーギャーと騒ぎながら海へと特攻していく。ぼしゃーん、ばしゃーんと立て続けに水柱が立ち上がった。よほど暑かったのだろう。

「そういや、女子どもは水着なんていう大層なもんを用意してたんだっけな。戦争中だってのに、何でそんなもん作ってんのかね」
「水浴びの為に必要だって、この前セレンがリヴィの水着作りながら言ってたぜ」

 ハーゲンがポツリと漏らした一言に、エデルガルドが素早く返す。何でも男子共がいつ何時覗いてきてもいいように、水着を着て入るのがマナーらしい。覗かねえよ、とハーゲンが怒ったようにつぶやいた。

「へすりひー!!」

 そこへ子供らしい高い声がヘスリッヒの名前を叫ぶ。
 次いでヘスリッヒの長い足に引っ付く小さな影。黒い髪はポニーテールに結ばれ、紫色のリボンがひらひらと揺れる。頭頂部で忙しそうに動く猫の耳と尻で揺れる尻尾。化け物軍勢のアイドル、リヴィである。
 彼女が身に着けている水着はワンピースタイプのもの。ピンク色のフリルがふんだんにあしらわれた、可愛らしいデザインだ。可愛い彼女にぴったりである。

「せれんにねー、つくってもらったのー! かわいい? かわいい?」
「可愛い可愛い。あと足に引っ付くな暑い子供体温めっちゃ暑い」
「リヴィー、そっちはヘスリッヒの義足だからやめなさーい」

 あとから追ってきたセレンが、リヴィにやめるよう呼びかける。彼は脱がないのか、それとも元々暑くないのか、袖のないパーカーにハーフパンツというラフな格好だった。大量の箱を抱えているところを見ると、彼はお弁当を作ってきたのだろう。
 リヴィがヘスリッヒの足から離れ、セレンと一緒に箱を運び始める。やはりここでも健気さを発揮する辺り、偉い子である。

「リヴィがあまりにも可愛いからって的外れな褒め方だねヘスリッヒあははははははは」
「あ、シズク」

 次いでやってきたのは、化け物軍勢の優秀な狙撃手、シズクだ。
 すらりとした肢体が纏っているものは、セパレートタイプの空色の水着である。普段は布に隠されている白い肌は惜しげもなく晒され、陽光を受けて眩しいぐらいに輝いている。

「……うわっ」
「テメェ今胸見たろ残念って思ったろ畜生この紙袋18禁野郎面貸せコラァ!!」

 やってきたシズクの胸部を見て憐れみを含んだ視線を投げるヘスリッヒに対して、シズクはいつの間に持ってきたのか愛用の対物狙撃銃の銃口を彼に向ける。胸のことは彼女にとって禁句なのである。
 常に見ているその光景を苦笑いで眺めるグローリアとスカイの耳に、足音が入ってくる。サク、サク、と若干頼りなさげに歩いてくる背後の相手へ、2人は同時に振り向いた。

「…………海なんて久々に見た」

 そこに、普段の禁欲的な少女の姿はなかった。
 現れたのは最強の傭兵、ユフィーリアだった。平素の格好は露出の少ない黒い軍服と外套、軍帽というもので、そのせいで熱中症を引き起こしてしまったほどだ。
 しかし今、彼女が纏っているものは水着——それもビキニである。透き通るような白い肌を覆う、軍服と同じ色の黒いビキニ。銀色の髪は結ばずに、夏風に晒している。下半身はパレオを巻き、スリットから覗く生足がまた美しい。その手にはやはり相棒の空華が握られていたのだが、それを差し引いても彼女は美しかった。
 そして普段は外套を纏っているから分かりにくかったが、彼女の胸は結構大きかった。端的に言おう、巨乳だった。

「……今これほどユフィーリアを憎らしく思ったことはない。君はウチの敵か」
「血涙出てるぞ、シズク。あとハーゲンは失血死するんじゃねえのか」

 血涙を流して睨むシズク、鼻血を出して今にも倒れそうなハーゲンを捨て置いて、ユフィーリアは1人海に向かっていった。
 蒼海へと消えていく少女の背中を眺めながら、グローリアはボソリと。

「……美人は何着ても美人なの?」
「そうじゃね?」

 グローリアの言葉に、スカイは面倒くさそうに同意したのだった。