複雑・ファジー小説
- Re: 朝陽2話 ( No.2 )
- 日時: 2015/02/11 00:56
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: 95QHzsmg)
第一教棟と第四教棟は、四角く建てられた教棟の対角線上に存在する。第二、第三教棟への渡り廊下を通っていくか、一度一階まで降りて中庭を突っ切るか。ぼくが教室にたどりつくには、そのふたつにひとつしかなかったが、無論、第一教棟二階から第三教棟二階にかけられた渡り廊下を行くに決まっている。
再テストを受けるべく、わやわや集まってくる同類どもを尻目に、ぼくは階段を駆け下り、渡り廊下を走り抜け、第三教棟に入る。そこから第四教棟には、ベランダのように張り出した廊下を行けばすぐに行ける。
(先に上にあがっておくか)
そう思ったのは、ほんとうに偶然だった。いつもなら第四教棟に入ってから教室のある三階へ行くのに、今日に限って先に三階に行こうとして。
そしてそこで、ぼくは思いがけないものを見たのだ。
軽やかな足音。空気の切り裂き音。衣擦れ。
場を盛り上げる音楽なんてどこにもかかっていないのに、ひとりの女子生徒が踊っていたのだ。気持ちよさそうに、朝陽をその全身に浴びて。
「……」
ぼくは動けなかった。眩しく瞳に突き刺さる光を遮るように、その少女の影は優雅にあでやかに舞い続ける。ダンスにどのくらいバリエーションがあるかなんてわからないぼくでも、彼女が踊っているのはバレエであるのはわかった。
ぴんと伸びた背筋が心地よかった。神経の行き渡っている指先がいろっぽい。制服のスカートを恥じることなく閃かせて、高く上がる脚が奇跡のようにうつくしかった。逆光のせいで多少はごまかされているのかもしれない。けれどぼくは、これほどきれいな踊りを見たことがなかった。
どれくらいの時間、その影絵のようなバレエに見とれていただろう。
「なに見てんのよ」
一通り踊り終えたのか、それともぼくの視線がうるさかったのか。一瞬の余韻も残さぬまま、手足をおろした踊り子の影が、そうきつい調子で問うてきた。
「あ、あの……」
言葉がなく言いよどむぼくに、彼女は鼻をひとつ鳴らす。
「名前は?」
「神岡、伸爾(しんじ)」
「何年?」
「一年、です」
「……十六?」
「いえ、まだ十五……」
続けざまにそれだけぼくから答えを聞きだすと、彼女はすたすたと階段を下りてくる。顔が見える。そう思ったけれど、なぜか追うことが出来なかった。ただずっと、さっきまで彼女が踊っていた、朝陽が降るように差し込んでいる踊り場を見つめていた。すれ違いざま、彼女がとんでもないことを口にする瞬間まで。
「ズリネタにするなよ」