複雑・ファジー小説
- Re: 朝陽4話 ( No.4 )
- 日時: 2015/02/11 01:09
- 名前: いずいず ◆91vP.mNE7s (ID: 95QHzsmg)
それに気がついたのは、ずいぶんとあとになってからだった。
二年になり、彼女の踊る姿をそこに見出せなくなったころ、第一教棟と第三教棟を繋ぐ一階の渡り廊下の壁にかけられたものがある。日本全国に存在する国公私立大学の名前と、そこに合格した生徒の名前を書いたプレートだ。
学校側としては、そうすることによって後輩たちの奮起を促そうとしているのだろうが、大学のレベルだってピンきりだ。公開される身になれば、有名大学に入り込めたならともかく、そうじゃないときにはプライバシーの侵害だと訴えたくなるはずだ。
実際、後進は後進で、美人で評判だった女子弓道部の主将の名前が、うだつがあがらない地方の短大の横にかけられていたときは興ざめしていたし、去年問題を起こして大学推薦を土壇場で蹴った先輩が、たった一年の浪人で我が校創立以来初の東大入りを果たしていたときには学校中で大騒ぎしたものだ。
そんなゴールデン・ウィークも過ぎた、ある日のことだった。やはり再テストを受けるために視聴覚室へ向かっているとき、去年三年生の担任をしていた世界史の先生が新たなプレートをかけているのが目に入った。
おはようございます、ととりあえずの挨拶をして、こんな時期に、誰がどこの大学に入ることになったと報告してきたのか、興味本位でその手元を覗き込む。
——スイス、と読めた。
(え?)
スイス・チューリッヒオペラバレエ学校
ぞくっとした。肌が粟立つのがわかる。視線をゆっくりと、いましがた先生がかけたばかりのプレートに移す。
加藤黒白、とあった。
「……せんせい……、このひと」
「お? 加藤か?」
満足そうにそのプレートを眺めていた先生が、ぼくにちらとだけ視線を寄越すと、
「こいつ、かなり頭がよくてな、わしなんかは普通に大学行ってほしかったんだが、『プロになりたい、自分に挑戦したい』って、みんなの反対押し切ってスイスに行きやがったんだ。うまく専門学校にもぐりこめたって、昨日の夜にな、報告があったんだ」
言う先生の顔が、誇らしげに歪む。口やかましく、生徒指導なんかしている先生だ。考えなくても、そのひととかなりやりあったのだろうなと想像できた。それでもそのひとは先生に報告をし、先生は誇らしげに笑う。自慢の生徒だと、言わんげに。
そこであらためて先生はぼくを見、襟章に目を走らせ、言った。
「……そうだ、おまえ、二年なら知ってるだろう。カミオカシンジ、わかるか」
わかるもなにも、ぼくのことだ。