複雑・ファジー小説
- Re: アネモネを敷き詰めた棺桶に ( No.2 )
- 日時: 2015/03/08 20:58
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: hjs3.iQ/)
- 参照: 第一章 アネモネの棺
そこは背の高い大人が縦に四人並んだときくらいの広さで、廃材が低く詰まれている。二人が腰掛けるには十分な高さだった。二人とも辺りを見回すが、特別目立っているものはなく、エドは拍子抜けだとでも言うように溜息をはいた。
その姿を見たアキも、なんだか残念な気分になってしまう。
「なーんも無いな、さっきの何だったのかすっげー気になるのに!」
うあーと叫びながらエドは廃材の上に乱暴に座る。手を繋いだままのアキも引っ張られるようにして、エドの横に腰掛けた。エドは足をぷらぷらと宙で遊ばせながら、大きく欠伸をした。動きっぱなしで疲れたアキも、もらい欠伸をする。
エドを見ると重たそうな瞼が下りてきているところだった。
「ちょびっと休んでさ、またもっかい探してみない?」
「……おー」
今にも寝そうなエドの返事に苦笑いをして、アキは廃材の上に寝転んだ。まだ手を繋いでいたため、エドを見るような状態で。そのアキを横目で見てからエドも寝転んだ。
「ふおあああああああ!?」
寝転んだはずだったエドの体が、廃材の中に埋もれる。エドの声にぱっと目を開け、アキは飛び起きた。エドが埋もれた拍子に手は離れていて、アキは急いでエドの手を取り引っ張る。
エドが片手を付いて立ち上がろうとしたとき、エドは布についた手を不思議そうに見つめた。その様子にアキがどうしたの、と聞いたがエドは「なんでもないと思う」と言って、立ち上がった。
「ね、エドが落ちたとこだけ変にへっこんでるよ」
そう言ってアキが指差す所を見ると、凹んだ部分は変に盛り上がりがあり二人は目を合わす。
「他のとこって、こんな風にへっこんでないよな」
「うん……」
二人はごくりとつばを飲み込んだ。エドが恐る恐る布に手を掛け、思い切り自分の側へと引っ張った。勢い良く布はエドの足元へと集まる。
「……きれいだ」
ため息をもらすように、自然とアキの口からは嘆息が言葉と同時に漏れ出た。ぎょっとしているエドを尻目に、アキは布の下に隠れていたものに近づいていく。エドが青い顔をしているのも目に留めず、一心不乱に。
アキはじっと、それを見つめた。
廃材で作られた空間に、黒塗りの棺が埋め込まれている。その中に胸元と顔を赤黒く染めた男が、胸の上で腕を交叉していた。エドが弱弱しくアキの右手を掴む。救いを求めているかのような弱弱しさに、アキはエドに向き直った。
「アキ……なんだよ、これ」
今にも泣きそうな表情で、エドはアキの手を強く握った。アキは「大丈夫だよ」といって、手を繋ぎあったまま座っていた廃材に膝立ちする。エドはアキの影に隠れながら、恐る恐る棺の中を覗いた。
男は赤黒い血で汚れてしまっているが、安らかに眠っているようで、苦しさとは無縁の表情。その周りには綺麗な花が敷き詰められていた。
「これって、アネモネ?」
怖がっていたエドがアキの横に膝立ちして、棺内の花の名を言う。アキもよく知らないが、エドはもともと貧困街には居なかったらしい。それまでは遠くのハルティエン地区で暮らしており、家族の中でエドだけが何故か貧困街に捨てられていた。
幼かったエドは、昔アキを育てていた老婆に保護され、それからアキとともに暮らしていた。そのためエドはアキの知らないことを知っていたりする。どうしてそんな記憶が残っているのかは、アキには分からなかった。
「はっいはーい! そこの子達、何でこんな所に来てるのかなー?」
後ろから聞こえた声に、二人は勢い良く振り返った。後ろに居たのは黒塗りのスーツを着た若い男。まろ眉をした男は、にっこりと笑ってアキとエドを見下ろしていた。長身細身、誰もが目を見張るような端正な顔立ちの男。
「あ、自己紹介しよーっか。俺は竹光 花ってーの。外の奴から連絡が入ってさ、駆けつけてみたら……こういう、ねぇ?」
優しげな視線は一瞬で変わり、アキとエドを見定めるような疑わしい視線を投げかける。じっとりとした視線と裏腹な笑顔に、二人は感じたことも無いほどの威圧感や恐怖を感じていた。
「ね、もしここでさあ、俺が君たちの事殺しちゃったとして罰せられると思う?」
そう満面の笑みで告げた竹光の手には、木漏れ日が淡く反射する黒い拳銃がとれも冷酷に二人を見つめる。二人の震える足に竹光が気付き、またいやらしくにやりと笑った。
顎をくい、と上下に小さく動かすと、エドは何か気付いたかのように死んだ男の腰にホルダーがあるのを見つける。ぱっともう一度竹光を見ると、竹光は変わらず笑顔だった。
「アキ! こっち!」
そういったエドの動きは早く、アキは何が起こっているか分からないままエドの後ろに立たされていた。その手には男から取った銃が握られていた。それっぽく構えてはいるが、銃に伝わるほどエドの全身は震えている。
その様子を竹光は心底愛しそうにして見ていたが、一切の隙は見せていなかった。徐々に緊張が高まる。
「初めて持ったって丸分かりだよ、金髪の君」
おどけた調子で竹光は言う。エドは震える全身にぐっと力を込める。怖がりながらも、その銃口は竹光を見たままだ。
「これっ……これやったの、お、お前か!」
かちかちと上下の歯がぶつかりながら、必死にエドは竹光に言う。首をかしげ視線を宙に投げてから、「もしそうだっていったらどうする?」と厭らしそうに竹光は笑う。
「どうせ、なーんも出来ないでしょ? 金髪の君がするのは何? 可哀想な人を見たから取り敢えず助けるっていう偽善からくる悦を得るため? 悪い事をしてる人を裁く優越感? もし俺がその人を殺したとして、君に俺を裁く理由はあるのかな? そもそも君だって若いくせに悪いことばっかりしてるじゃない。お兄さんは何でも知ってるよ? 君が毎日毎日盗人をしていることだって、誰に捨てられたか、どこから捨てられたかまで。ぜーんぶね」
そう淡々と紡ぐ言葉の折々にエドは悲痛そうな顔を浮かべていく。何のために自分が銃を握っているのか、エド自身分からなくなってしまっていた。竹光と名乗る男を裁くためなのか、自身とアキの安全を確保するためなのか。もしくはそのどれでもないのか。
竹光の最後の言葉はエドの心をそぎ落とすのには十分すぎるほどの威力を持ち、エドはもう“何となく”そこにあった銃を手に持ち、“何となく”竹光に銃を構えているだけだ。ゆっくりと下に落ちていく銃口に、不安そうなアキはエドの服をぎゅっとつまむ。
「残念だけど、俺はその男を殺してないよ。こんな状況で信じろって言うのも馬鹿げてるけど、信用してよ」
ね、と笑い竹光は銃をしまった。ころころと変わる竹光の表情にアキは多少の面白さを感じていた。エドのもつ銃はもう既に地面を見ており、竹光の前に立ち尽くしているばかり。
「……あの」
エドはその声に反応しなかった。それを眉根を下げる怯えた表情のアキは横目で見る。そうして怖がりながらもエドの前へと出た。
「えっと……ごめん、なさい……」
「ん?」
貧困街では嗅ぎ慣れた火薬のにおいが、アキの、竹光の、エドの鼻腔を刺激する。
刹那、どさりと音を立てその場に倒れこんだ。