複雑・ファジー小説

Re: アネモネを敷き詰めた棺桶に ( No.3 )
日時: 2015/05/16 16:50
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: z5ML5wzR)
参照: 序章 アネモネの棺


 やわらかくゆらめいた金の髪が、音を立てて地面に倒れる。後ろに倒れたためか、廃材に一度体をぶつけた後地面に落ちたのか、音が二つ聞こえた。かしゃん、と銃が地面に落ちる。

「あ……エ、ド……?」
「あーあ、自業自得ってなると思ったのになあ」

 悲愴な面持ちでエドの元に膝をついたアキの背中に、強がった声色で竹光が言い放った。竹光は前身を折り大腿を押さえていた。大腿からは止まるところを知らないように、血が流れ続ける。
 落ちた拳銃は、アキが手に持っていたものだった。
 しかしエドを撃ち抜いたはずの弾痕は、竹光の場所からでは到底撃てようもない部分にあった。竹光はゆっくりとその場に座り込み、ネクタイをはずす。それでぎゅっと太ももをしばった。

「ね、黒髪の君。その金髪の子、エドくんだっけ? 多分もう死んじゃってるんだと思うよ」

 必死で「エド」と名前を呼びながら、アキはエドの体を揺らす。エドからの返事はない。そんなアキの後姿を痛みに歯を食いしばりながら、竹光は見ていた。撃ったの人物には心当たりがある。
 じっと自分が出てきた陰を見る。なんとなくだが、その場から硝煙が昇っている気がしていた。いつ出てくるのかも分からないが、もしかしたら見捨てられるかもしれないという言いようの無い不安と、焦燥感が竹光の中に生まれていた。

「花」

 唐突に呼ばれた名前に、竹光は声の方を急いで振り返る。煙草をふかす初老の男。少し垂れた瞳の端には、皺が伺えた。出てきた男は煙草を吸いながらアキへと銃口を向ける。
 間髪入れず乾いた音がしたと同時に、アキもエドと同様その場に倒れこんだ。

「あ、えっとすいません漆原さん……」

 視線を伏せ謝罪をする竹光に、漆原はふうっと煙を吐いた。

「大丈夫か、脚。立てないだろ? 肩貸してやるからゆっくり立て」

 そう言いてきぱきと銃を片付け左手でアキを荷物のように持つ。竹光のわきの下に半身を入れ、息をあわせ立ち上がると、竹光は苦しそうに息を吐き出した。ゆっくりと歩幅を合わせる漆原に申し訳なさを感じながら、竹光は痛みに耐えつつ帰路に着く。



「……ん、ぅ」

 柔らかな金髪が小さく揺れた。上がり、左右へと毛先が揺れる。淡い水色の瞳が、驚いたように見開かれた。

「アキ……? アキ?」

 急いで立ち上がると腕に鈍痛が走る。直ぐに座り込み、体験したことの無い痛みに苦悶の表情を浮かべる。刺さったままの不思議な形をした銃弾を抜き取り、傷口をぐっと押さえた。

「お前、何してる?」

 不意に聞こえた凛とした声色に、エドは怯えたように視線を向ける。慣れない痛みに支配された体は、自分以外の全てに警戒し怯えていた。

「通報があったから来てみれば、餓鬼一人じゃねェか。内容と全然違うだろ……何が餓鬼二人だ、あの見張り使えねェな……」

 ぶつぶつと悪態をつく男の呟きの一つに、エドは過敏に反応する。一緒に居たアキと、竹光という男、どこからともなく撃たれた感触。

「おじ、おじさんっ! アキが、アキが!」

 最後に見たアキの顔を必死で思い出しながら、アキは初対面の男に必死に説明する。アキと呼ばれる少年と一緒に居たこと、竹光と名乗った男が姿を消したこと、誰かに撃たれてから記憶がなかったこと。
 それら全てを告げていくと、男の表情は曇っていった。正確に言うと、切れ長の緑の目が細く険しくなった。不思議なマスクをつけた男が顎に手をつけて悩む姿に、意図せずして魅入ってしまう。

「言っとくけどな餓鬼。俺はおじさんじゃない、燕村漣崋っつー名前がちゃんとある」

 ぎろりと睨みつけられながら言われ、エドはこくこくと頷いた。どんな人かは分からないが、頭の片隅で燕村と自分とでは住む世界が違うのだろうと、感じていた。何日も風呂に入っていないエドの髪はきしみ、汗臭さが全身から漂う。
 燕村から、そういった匂いは一つもしない。嗅いだことの無い香りが、風に乗ってふわりと感じられる程度だ。

「竹光ってことは、漆原もいたのか……? 餓鬼が一人居ないって事は連れて行かれたか」

 考える燕村を、エドは見つめる。痛む箇所を、痛みで上書きするように握りながら。燕村の出す結論よりも先に、エドの口が開く。

「——何でもするから、俺をアキのところまで連れてって! アキとずっと一緒だったの! ねえ、お願い……俺もアキも、一人じゃだめなんだっ! アキに会えるなら何でもするから、お願い!」

 きっと今まで生きてきた中で、一番切羽詰った顔をしていたんだろう。言ってるそばから涙が溢れた。自力じゃどうしようもない自分への悔しさ。悪いことばかりをする自分の言葉を聞き入れてもらえるか分からない、そんな恐ろしさがエドの背筋を滑っては、彼に寒気を感じさせていた。

「分かった」

 燕村の言葉にエドは驚いたような表情をした。そしてすぐ太陽のように明るい笑顔が、自然とでる。その表情を見た燕村の瞳は、先ほどとは違う優しさが含まれているようだった。
 エドの手を握り、二人は闇へと吸い込まれていった。