複雑・ファジー小説

Re: アネモネを敷き詰めた棺桶に ( No.5 )
日時: 2015/06/14 14:37
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: e/CUjWVK)
参照: 第一章 紫煙




「でも杲いないと、何かあったとき困りません? さっちゃんはるちゃん達は、もう後方支援確定だろうし」
「そこが問題なんだな。杲を使わない以外で、どうにか仕事を遂行させられる人物……」

 口からふうっと煙を吐き出しながら、難しい表情をする。人数に制限をするつもりは無いが、二人とも極力少人数で行動したいという考えがあった。人数が増えれば増えるほど情報の伝達には時間がかかり、統制の精度も落ちていくためだ。
 組織に連れて来てからの数ヶ月は蛻の殻のようだった少年が、漆原でさえ目を見張るほど成長した。初めは杲をなめていた連中も、実力で負け始めるとバツが悪そうな顔をするほどに。

「久々にあの双子くんたちに手伝ってもらいます? 二人でなら杲と肩並べるくらいの実力はありますし——」

 何より連携が上手い。
 いつの間にか姿勢を正していた竹光が、真っ直ぐに漆原の目を見て言う。漆原は驚いたように「ああ」といい、再度考え始めた。竹光はその間、室内を見ていた。本当に必要最低限のものしか置いていない、寝るためにある部屋。
 確かにテレビも冷蔵庫もパソコンも、客間や竹光の部屋などにもある。だが、それぞれがそれぞれの部屋にテレビ等を置いているのが普通だ。

「そういや、なんでこんなに殺風景なんすかこの部屋」

 ベッド脇の木製デスクを見ながら、竹光はふと疑問を零す。実用的なものはと言えば、セミダブルのベッドと木製デスクの上においてあるコーヒーメーカーくらいだ。

「元からあったものは全部杲にやった」
「は?」

 しれっと言ってきた漆原に、竹光は素っ頓狂な声を上げることしかできず、ぽかんと口を開いた。

「え? 漆原さんって馬鹿っすか? 杲にもちゃんと支給されるんすよ? 何自分のやつあげてんの、えっ?」
「うるさい」
「やーっぱ杲にばっか甘いっすよ漆原さん! なんで? なんでそやっていっつも杲ばっか贔屓するんすか!」
「竹光」
「これだから下の奴等に示しつかないんすよ!」
「竹光」

 少し語気を荒くした声に、開きかけた口を閉じ椅子に座った。いじけたように口を尖らせる竹光は、漆原とは目を合わせず、俯いたまま。薄れた煙草のにおいを感じ、煙草の火を消したのだと理解した。

「竹光、お前のことも構ってやってるから拗ねることもないだろ」

 立ち上がりコーヒーを淹れにいく漆原の背中に、顔を上げた竹光は「確証なんかないじゃないすか」と弱く告げる。自分でもどうして、漆原の中にいる杲の大きさに嫉妬しているかは分からなかった。
 けれど、どうしてか竹光にとっては自分の居場所がなくなってしまうんじゃないかという焦燥が、知らぬまま積もっていたらしい。

「俺の体が壊れるまでは、お前に付き合ってやるつもりだ。だから、そんなに心配するな」

 そういって微笑んでみせる漆原に、竹光はきゅっと唇をかたく結んだ。淹れたてのコーヒーを二人で会話もなく飲んでから、竹光は話し合いも中途で部屋へ戻るため席を立った。
 殺風景な部屋に別れを告げて部屋の扉を閉め、竹光はすぐそばの壁に背を預け、ずるずると座り込んだ。

「餓鬼くせーなーもー、いい年こいて恥ずかしいし、あの人優しいしコーヒー美味いし煙草くさいしなんなんだよ俺恋する乙女じゃんくっそ」

 早口でぼそぼそ喋ると、またどうしようもない羞恥心が湧き上がり急いで部屋へと戻った。相変わらず真っ黒な室内に、パソコンの光が輝いている。扉を閉め、着ていた服を全て脱いだ。
 青白い光に、薄い胸板と筋肉質な左腕とが照らされる。ベッドに置いてあった寝巻きと眼鏡をつけ、パソコンへ向かった。ほんの短時間の間に、数十件もきていたメールに一つずつ目を通していく。

 半分以上は下らない悪戯メールだった。だが、先ほどと同じ匿名の通告メールが多く入っていることに、竹光は聊か不思議に思った。どれも同じ内容、所々書き換えられたような文章だが、初めに送ってきた人物と同一と見られる。
 
「つか、ネーミングセンスがねぇんだよ。何が殺人猫だ。横文字にしたらまだマシじゃねーのかな……」

 脳内でマーダーキャットの言葉が浮かび、それを熟考したが、どちらにしろださい事にため息をはいた。全てのメールを読み終わり、悪戯メールを消去する。自国は既に二十三時を回ろうとするところだった。
 新規作成画面を開き、文字を打ち込んでいく。内心、本当にこの考えでいいのかどうか分からないまま不安だったが、アポイントメントを取らないことには話が始まらない。

「こんなもんか」

 送信ボタンを押し、しっかり送信されたのを確認してパソコンの電源を消した。モーター音が無くなった室内は恐ろしいほどの静寂と、暗闇に包まれる。眼鏡を机に置き、竹光はベッドへもぐりこんだ。





「ひーちゃん、なんか来てるけどいいの?」
「んあー?」

 白いバスタオルで濡れた真紅の髪を拭きながら、ひーくんと、ソファに座るもう一人を呼ぶ。着色料をふんだんに使った棒アイスをしゃくしゃくと食べる男は、めんどくさそうに振り返った。
 男の足が乗せられたテーブルには、開封済みの袋とアイスの棒が散乱している。

「メール。こんなん送ってくるの誰だ……あ、まろまゆオンザか!」

 ひーちゃんを指さし、髪を乾かしつつメールを開いた。みょうちきりんな内容だったが、男の興味を引くには十分な内容であった。

「ひーちゃん、仕事のメールみたいだけど請ける?」
「んあー……。ひーくんがしたいなら、請けていいよー」

 俺にもちょっと見せてよー、と言いアイスを食べていた男もパソコンの前へと集まる。


 件名:匿名メールによる仕事依頼
 差出:メリア・シン代表

 先日匿名からテル=ベラ地区での事件について報告を受けた。
 内容は殺人猫が出没している、というもの。当方としては悪戯目的との見方が強いが、聊か見逃せない内容が込められていた。
 加えて、主要メンバーの非加入とする編成を行うに当たり、依頼をさせて頂いた。
 報酬、詳しい内容については依頼を受理して頂いた上で、折り返し伝えることとする。
 様々な依頼があり久成久泰兄弟は忙しいとは存じているが、前向きな検討をお願いしたい。



「うっわ、安定だのあのまろまゆ」
「ひーちゃん噛んでる」
「うっせ」

 堅苦しい文章に、ひーちゃん——久成——が大袈裟に舌を出して見せた。いつの間にかアイスは食べきっており、舌は青色になっていた。

「準備したら、ちょっと顔出しに行こーか。ね、ひーちゃん」

 バスタオルをパソコンの近くに置き、久泰は洗面所へと向かった。久成は大きく欠伸をしてから部屋へと戻る。アイスの空袋はテーブルにおいたままだ。
 二人が住むには少し広めのアパートで、数年前から二人暮らしをしていた。親は元々古都に住んでおり、現在は新都ユースレティアに住んでいる。二人がどういう仕事をしているのかは、全くもって知らないらしい。

「ひーくんー。俺、ちょっと寝てから準備するー」

 遠くでドライヤーの音を聞きながら、久成はベッドに入り寝についた。