複雑・ファジー小説
- Re: アネモネを敷き詰めた棺桶に ( No.6 )
- 日時: 2015/07/25 16:36
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: HhjtY6GF)
- 参照: 第一章 紫煙
「兄さんのせいで遅れるじゃないか!」
鬼気迫った表情で久泰は久成をまくしたてる。
時刻は午前を殆ど昇華し、午後に差し迫ろうとしていた。昨日のメールに指定された時刻は正午丁度。電車を降り、必死に走る二人に残された時間はわずか数分。密会等をする場合、十五分前ほどに着いているのが基本だ。
「うるせーなー。そもそも時間指定されてなかっただろ゛っ!? うわいってベロ噛んだ」
舌先を指で撫でる久成にため息で返し、二人は更にスピードを上げた。成人男性の平均走力よりもずば抜けたスピードで、街を駆けていく。人々はその速さに驚愕し、町並みはころころと変わっていった。
直ぐに見えてきたのは荒地。古都周辺に広がる荒地の一角が待ち合わせの場所だ。
「やっと見えてきた! 兄さんもっと速く! あと一分も、無いんだって!」
額や首元に玉のような汗を流しながら、久泰は後ろから付いてくる兄に強く言う。久泰の眼前には、一つの人影が映っていた。
(あれだ!)
それが竹光だと確信し、大きく口を開けるとともに更に強く地面を蹴る。
「すいませえええええええん! 遅れましたああああああああ!!」
久成の手を取り、大きく踏み込んだかと思えば、無理やりその速度を殺すため足で地面を滑った。その声と、驚くほどの砂煙に、そこにいた青年は驚いた表情を見せる。
「すいませんこのバカ兄のせいで! 時間! あ、良かった四秒前!」
「やっほー、まろまゆ。待たせた待たせた」
かたや時計を見て、何度も頭を下げる。かと思えば、もう一方は涼しげな表情で、ひらひらと手を振る。
「ああ……うん、お疲れ。取り敢えずメリアまで行こうか? そこについてからの方が話はし易いし」
苦笑いをする竹光に、久泰も汗を拭いながら返した。荒地には小さな草本たちがあるも、動物達の姿は一つも無い。動物がいない、というよりも動物のえさになる植物が無いのだ。
数年前から規制植物の栽培が、公で盛んに行われていたことが原因だと竹光は笑いながら話す。地区ハルティエンでは古都を忌む人が多く、その栽培も収穫もメリアの人間がやっていた、と続けた。
「ようこそ。俺の城、もといメリア・シンへ」
背にメリアを向け、両手を大きく開いて竹光は笑う。丁度昼飯の時間なのか、そよぐ風の中にコーヒーなどのいい香りが乗っていた。
「まず先に俺の持ってる情報を教えようと思う。こっちだ」
外に面した大きな螺旋階段を上りえんじ色の扉を開ける。中は外見とは全く異なり、欧風な造りとなっていた。久泰たちは周りを見回しながら、竹光の後を追う。見た目より奥行きがあるらしく、一番外側の通路から中に進む廊下が多数あった。
外周を回るようにして一番奥の通路を曲がる。そこには広いリビングが広がり、メリアの人間が数人いた。
「ただいまー、さっちゃんに漆原さん」
「おかえりなさい」
「花か、お帰り。連れてきたのか」
竹光、五月雨、漆原の順に口を開く。後から来た二人も会釈しつつ、自己紹介した。実際する必要がないと漆原たちも思っているが、二人は五月雨と初対面ゆえのことだった。
五月雨も丁寧に自己紹介する二人につられる様に、同じく丁寧に自己紹介をし深いお辞儀をする。お互いに頭を下げあう様子を見て、漆原が立ち上がり口を開いた。
「花、部屋に行って話すんだろう? 少し四人で話をしてくるから、後で飲み物持ってきてもらっても良いか?」
竹光達に先に行くように促し、漆原は五月雨に続ける。頷きながら了承する五月雨に僅かに微笑む。そうして煙草に火をつけて、漆原も竹光の部屋へと向かった。
■
「ねえ」
鼻先に手を差し出すと、毛を逆立てながらも猫は匂いをかぐ。そしてまた大きく威嚇の声をだした。
「お前は……ったく。さっさといくぞ、餓鬼が。お前のために割く時間なんか、本当は殆どねぇのにあほ臭い騒ぎ起こしやがるから……」
そのやり取りを横から見ていた男は、着物を揺らしながら悪態をつく。上からの命令、しかも特務で無ければ二度も貧困街の地を踏むことはなかたのに、と飽き足らず脳内で更に悪態をついた。
左目で真っ直ぐ、屈む男を見るが、猫を目の前にしたまま動こうとしない。いつも動物を見ると、その動物の四肢等を見つめて数十分も動かないことを知っているため、ため息をはきその場に座った。
以前訪れた頃と、何も変わらないなと男はあたりを見回す。廃墟に纏わりつく植物が少々増え、苔のようなものが増えた程度。
「なあ、お前何時まで猫と戯れてるつもりだ? 餓鬼共」
“餓鬼共”という言葉に、猫と戯れていた少年が不思議そうに首をかしげた。かしげただけで、視線はずっと猫に注がれたまま。口を開いた、左目だけ表に出す男は、自分たちが入ってきた道をじっと見る。
「所属は」
誰もいない道に向かって、大きく声を張り上げた。
「……第Ⅱ警邏群に本日配属された」
細い中性的な声が隻眼の男と、猫と戯れる男に届く。姿は見えないが、隻眼の男は興味をなくしたように、猫と遊ぶ男へ視線を移した。男の周りには沢山の猫が集まり始め、気がつけば囲まれている。
「マリアード、そろそろ始末しろ。一旦戻るぞ」
立ち上がり、着物の汚れをほろいながら声を張った。異形へ変わり往く男の背に向けて。
■
「——以上が、俺が得た情報の全て」
狭い竹光の部屋に男四人で密会を始めていた。大きなディスプレイが窓から差し込む日差しとともに四人を照らす。しっかり話を聞いていたのは、話す竹光を覗いた内一人のみ。
久泰は顎に手を当てて竹光の話を元に熟考する。
「そういや漆原さんの好きなコーヒー豆って何すか?」
「ん? ああ、ロブスタって種類だ。結構苦いが美味いぞ」
飲むことを促すようにテーブルに置いたコーヒーカップを久成に向けると、それを受け取り一口飲んだ。瞬間、久成の顔が歪む。
「にっが! まって、苦い! これブラック!? 苦い苦い苦い!!」
焦ったように立ち上がり、自分のカップに入った炭酸ジュースをごくごくと飲む。漆原は自分のカップを受け取り、焦る久成を横目に無糖ミルク無しのコーヒーをずず、と飲んだ。
「ひーちゃん!」
「漆原さん!」
『静かにして!!』
「ください!」
目じりをつりあげ、久泰と竹光が同時に怒鳴る。どうやって猫を駆除するか、ということについて細かい日程などを決めるために集まる目的だった。しかし真面目に考えているのは、竹光と久泰だけ。
久成は苦笑いしながらその言葉を受けるが、漆原は「まあまあ」とゆるく二人を宥める。中々漆原には強く出られないのか、竹光は髪を乱暴にかき再度ディスプレイを見やった。
画面にはテル=ベラ地区と貧困街への進入経路図や、道中に通るハルティエン地区の地図が映っている。十年前の一件があってからも、何度か訪れた貧困街への経路は、既に竹光と漆原の体が覚えていた。
それでも画面に出していたわけは、久成と久泰の二人に考慮してのことだ。竹光たちに比べれば、行った回数は確実に少ないだろう。
「貧困街へ行く道は、テル=ベラに入ってからはこの画面の通りだから、頭に叩き込んでおいて」
ジュースをおかわりした久成を横につれ、漆原以外の三人でディスプレイ画面を確認する。真剣に画面を見る二人を見てから、竹光はタンブラーを持ち部屋を出た。漆原は何をしに行ったのか少し悩んだが、すぐに納得したように煙草をふかす。
「二人ともすまないが、少し用事を済ませてくるから覚えておいてくれ」
二人からの返答を受けた後、コーヒーカップを持って竹光の部屋を出た。リビング兼キッチンに向かうのではなく、そのまま違う部屋へと向かって歩いていった。