複雑・ファジー小説

Re: アネモネを敷き詰めた棺桶に ( No.9 )
日時: 2015/11/08 16:45
名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: eldbtQ7Y)



「そもそも、そのルードゥだかって名前はなんなのか教えてほしいんだけど」

 都会の言葉は聞きなれない。と、いうより違う国の言葉らしい。ろくに学校に通っていなかったから、自国語ですら怪しいのだ。女は久泰の言葉に「んぅ?」と鬱陶しいくらい、艶めかしく答えてみせる。真っ赤な口紅を塗りたくった唇が、「知りたぁい? 知りたいからいうのよねぇ」と、動いた。
 早く返事をしない女は嫌いだ。拘束されている身でありながら、久泰は大きく欠伸をする。ばれないように噛み殺したつもりだったが、どうやらできていなかったらしい。真っ青でラメが入ったアイラインで囲った細い目が、久泰を鋭く射抜いた。

「——リグ、ヴェデルタ。来なさい!」

 今にも壊れそうな金属製の扉に向かって、女が大きく怒鳴る。いい迷惑だなとか、短気なおばさんだなと考えたが、案外化粧が濃いだけで同じくらいの年齢かもしれない。今此処で年齢のことを聞いてもいいか思案するが、どう足掻いても痛めつけられる選択しかない気がした。



「どこに行ったんだあいつは」

 苛立ちから煙草に火をつける。肺一杯に煙を吸い込み、思い切り口から吐き出すときは、苛立っていると自覚があった。自然と杲にばかり気が入ってしまうことは、前々から竹光に言われて直す努力のようなことはしてきていたが、自分でもここまでだとは思ってもみなかった。
 久泰も自分も、特別土地勘があるわけではない。と、すると。灰をポケット灰皿に落としながら、様々な状況を頭の中で組み立てていく。車で連れ去られて居る場合、何者かに拘束されている場合、勝手に何処かに落ちた場合。一番最後に限ってはないだろうと思うが、一応思慮案件に含める。

 今頃杲は竹光と久成を呼んだだろうか。呼んだとしても、来るのに数十分は掛かるだろうからと、時間を逆算していく。久泰が拘束されていたとして、無事に帰ってくるだろう時間は、遅くて二時間程度だった。夜のことを考えれば妥当だなと、時計を見ながらため息を落とす。



 部屋を出て行った女と入れ替わりで入ってきたのは、屈強な男が二人。白いタンクトップから覗く鎖骨から肩周り、二の腕の太さが、どれほど力に自信を持っているかは明白だ。

「どーも」

 せめて相手からの警戒を解こうと、明るい声で話しかけてみたが、二人に思い切り睨まれる。実際この状況で明るいということが、既に相手にとっては考えられないことなのかもしれない。と、考える頃には少し遅かったようで、両脇に二人が立つ。
 たまにヘマをしたときとの既視感に、思考がマイナスのほうへ傾き始めた。何をされるかは全く検討が着かないけれど、まず初めに女ともやった尋問のようなことをされる。そうして、満足のいく回答じゃなければ暴行、そしてまた尋問。

 パターンさえ掴んでしまえば子どもでも出来てしまう。それを大人がやるのだから、馬鹿馬鹿しい事この上ない。

「てめぇは、一体この領域に何しにきやがった」

 太く渋い声。いっそ早く殴ってくれれば、と考えてしまうのは、僕がどうしようもなく被虐を望んでいるからだろう。

「別にここに来たくて来た訳じゃないよ。ちょっと考え事をしていたら、たまたま——」
「嘘つくんじゃねえぞ、餓鬼」

 やばい、たまらない。罵詈雑言が俺を楽しませる糧になることを知らないのだから、しょうがないのだろうけれど。先に喋る男よりも、少し掠れた声が右腕の側から聞こえた。スキンヘッドの頭は、こめかみに僅かながら血管が浮いている。

「嘘じゃないよ。ね、俺から一ついい?」

 縛られたまま、両脇に立つ二人を交互にみやる。二人とも獲物を前にする肉食獣のような目をして、久泰を見ていた。射抜かれるような視線に、ぞくりと、背筋が冷える。

「俺とさ、賭けをしない?」

 左の男が、ピクリと動いたのを横目で見て、さらに続ける。

「賭けって言っても、別にお金を賭ける訳じゃない。どういう条件にするかはそっちが決めてくれていい」

 互いに目を合わせているだろう男達は見ず、真正面にある貧相な扉をじっと見つめた。


「あんたらが勝ったら、俺を煮るなり焼くなり好きにしていい。もし、俺が勝ったら、此処から出させてもらう」

 そういい、二人の返事を待つ。どんな条件が来るか、はたまたこの賭け自体に賛成してこないか。これもある意味では賭けだった。しかし、選ばれるか否かというところに、馬鹿みたいにわくわくしていた。

「条件は——殺し合い。相手が死ぬ、もしくは負けを認めれば、勝ちでどうだ」

 十分すぎるほどの沈黙の後に、左の男が言う。胸の高鳴りを押さえられないまま、久泰はそれを承諾した。

「ただし、俺のこの枷は外してよ。そうじゃないと、フェアじゃないだろ?」