複雑・ファジー小説
- Re: 古の秘宝-LIFE≠00- ( No.1 )
- 日時: 2015/03/06 19:21
- 名前: キコリ ◆yy6Pd8RHXs (ID: nWEjYf1F)
夜。星を携えた月が、夜空の天辺へと登ろうとしている頃のこと。
田舎。山と田畑以外に何も見当たらない辺境の地にて。
一人の少女が一人の男性と、地面に倒れ伏す女二人を挟んで相対していた。
「警告はしたからね。もーウチ知らんで?」
青白い月明かりに照らされ、猫目のように輝く金の瞳。
田舎の自然を象徴するような、柔らかな若草色の短髪。
細く華奢な身体を彩る、陶器のように白い肌。
少女が持つこれらの容姿は、普段見ている分には端麗なものだが、この時ばかりはそうでもなかった。
少なくとも、彼女と相対する大柄な男にとっては、込み上げる恐怖を更に引き立てる要因以外に他ならない。
「……俺を、殺すのか……餓鬼」
腹の底に響くような低くて重たい声色は、間違いなく。身体と共鳴するかの如く、大きく震えている。
震えという要因は、発している男の覇気を幾らか下げていた。
「ウチは餓鬼やない言うてるやん! このアホが、何べん言えば分かるんや!」
震えにより覇気が低下しているとはいえ、それが発されていることに変わりはない。
だが少女の威勢はとても良く、臆することなく侮辱の言葉を口にした。
逆に威勢に押されてか、男は黙り込んでしまった。
「……話、戻すけど」
やがて少女が気を取り直したのは、男が黙ってから数十秒が経過した後。
ゆっくりと息を吸い、見惚れるような唇を動かすのと同時に、夏独特の生温い風が吹いた。
「ウチはアンタを殺さない。でも、他の人たちがどうするかは分からんよ」
「……仕方のない事でさえ、許されないのか」
男の視線が下がり、未だ熱気を持つアスファルトに向く。
黒いフードから覗いている金の短髪が風に揺れ、黒い瞳からは悲哀さえ感じられ、しかし口角は若干持ち上がっている。
諦めと無駄の中でつくられた悲壮な姿勢は、僅かに少女の胸を痛めつけた。
「せやね……確かにアンタは悪くない。けどウチじゃ何も出来ないんよ。死くらいは覚悟せんとね」
倒れている女性二人は、全く以って微動だにしない。
身体も、夏だというのに冷たくなっている。つまりは、死んでいるのだ。
そんな死体二つを跨ぎながら、少女は懐から取り出した刃物を右手に握り、男の傍へと歩み寄った。
握った刃物の刃部は波打っていて、刀身そのものには複数の穴が開いているという、明らかな殺人用の刃物である。
月明かりに照らされ、鮮やかな銀色に輝くその刃物を認めるなり、男は少し身構えた。
「こんなこと仕出かしたが最後、いずれアンタは誰かに殺される」
「だから何だ」
「せやから、悔しいんよ。アンタが他の誰かに殺されるのが」
少女が継げた言葉は、遠まわしに自分が殺すと言っている——男はそう解釈する。
しかし、すぐに後悔した。解釈してしまったことに対して。
お陰で死に対する恐怖感が、今まで以上に強烈なものへと変貌。震えが更に強くなったのである。
今までも死に対する覚悟や恐怖は身を以って感じてきたが、今ほど強い恐怖感は感じたことがなかった。
「せめて、ウチに殺させて。苦しむのは一瞬で済むから。死んだらもう、アンタは苦しまなくてもええんやで……?」