複雑・ファジー小説
- Re: 古の秘宝-LIFE≠00- ( No.4 )
- 日時: 2015/03/07 12:11
- 名前: キコリ ◆yy6Pd8RHXs (ID: nWEjYf1F)
結論から言えば、幾許かの時間を要したのだ。
2060年4月1日。とあるネットサイトに投稿された、たった一行の文面が現実になるには。
現在日本に住んでいる約5000万人もの人々が、その文面の意味を飲み込むためには。
「日本が混乱に陥る、ねぇ」
名古屋のとある喫茶店で新聞を読む女性が、溜息混じりに独り言を発していた。
椅子の配置次第では、少なくとも4人。多くても6人は座れるような席を1人で独占し、たった1人が使うには幾らか大きな机に、堂々と新聞を大きく広げている。
手元には注文したばかりのミルクティーが置かれ、新聞を捲るたび、僅かに甘い香りを漂わせている。
マナーの成っていない、まさしく最近の若者といった様子だが、この時彼女を咎めるような人物は誰もいなかった。
『もう数十年……』
——日本が混乱に陥る。
その文面がネット上に公開されてから、既に50年が過ぎようとしていた。
しかし今になっても、どの新聞やニュースであろうが、取り上げられている話題といえばその事しか挙がっていない。
最も、存続されている報道会社が50年前に比べてかなり減っているのだが。
「当然と言えば当然、なのかしら」
「そりゃそうっすよ、香織お嬢」
ダルそうな声を発したのは、香織お嬢と呼ばれた女性の隣に座る少女。
侍女という言葉が最も相応しいか、服装は宛ら、お手伝いさんそのままである。
そんな容姿と似つかわしくないところと言えば、左手に携帯ゲームを所持していること。
仮に隣にいる女性が主人だったとして、彼女に仕えている身であるのなら、その態度は凡そ無礼にも程がある。
「何よ、姫野」
姫野と呼ばれた少女はゲーム画面から目を離し、代わりに香織が広げている新聞へと目を向けた。
「ある日突然に、超能力とかいう訳の分からない力を使う人間が現れ。それとほぼ同時に、明日日本が混乱に陥るっていう文がネット上に投稿されて。でもって翌朝になってみれば、足取りも掴めない謎の大量殺人事件が発生——少なくとも、日本の人口は半分にまで減った、と」
右手で、皿の上に残ったトマトを弄びながら語る姫野の表情は、若干の愁いを帯びているようにも見える。
その愁いの理由を香織は知っているが、あえてそれに対して突っ込むような真似はしなかった。
「こんな意味不明な事態、警察如きに解決できるとは思わない。だから50年も進展無しなんすよ」
「——えぇ、そうね」
姫野に倣い、香織も新聞へと目を落とす。死亡した人の割合がグラフに出ていて、彼女はそれに目が留まった。
死亡者の割合は、高齢者が8割。残った2割は、ただ消費するだけの成人——つまりはニートが占めている。
作為的な何かを明らかに感じるグラフである。
「もしこのグラフの数値が本当なら、犯行者たちは何がしたかったんすかね?」
「憶測の域を出ませんが……きっと、日本の経済の安定でしょう」
「?」
香織の憶測は、幾らか的中している。
日本に住まう大多数の高齢者やニートが死亡することにより、年金や生活保護という国の最大の負担が無くなった。
稼がず消費するだけの人間が消えた日本の経済は、瞬く間にデフレスパイラルを逸し、景気が一気に回復。
結果的に、人口が半分程度に減った今だが、日本という社会は以前にも増して順調な回り方を見せるようになったのだ。
「確かに100年位前に比べると、今って結構順調っすよね」
「えぇ。でもね、姫野」
「何すか?」
「だからと言って、安心は出来ないのよ」
香織が発した一言には、様々な意味が含まれていた。
また大量殺人事件が起きるかもしれない。経済が回復したからとはいえ、尊い命が沢山奪われたことに変わりはない。
言い出せば限がないような意味を含む言葉だが、姫野に理解できた意味は、そのうちの一握りのみ。
「お嬢の言いたい事も、何となく分かるっすよ。だから、自分たちの出番なんすよね?」
「えぇ。そうよ」
————同じ超能力を持つ人間として、警察には出来ないことをやる。