複雑・ファジー小説

Re: 古の秘宝-LIFE≠00-【お知らせコーナー新設】 ( No.40 )
日時: 2015/03/23 10:14
名前: キコリ ◆yy6Pd8RHXs (ID: nWEjYf1F)

 のんびりと都会の町をうろつくのは、ティーシャツと短パンに身を包んだ南友香。
 春も過ぎ去り、初夏を迎えたこの頃。日差しもそこそこ強くなってきているためか、南はキャップ帽を被っている。
 そんなボーイッシュな恰好が周囲の人目を惹いてやまないが、当の本人は全く気付いていない。

「最近暑くなってきたなぁ……」

 帽子のつばを軽く持ち上げ、天を仰ぎながら文句を言うように呟く南。
 澄み渡った快晴の空は、夏の訪れを歓迎しているかのようだ。
 しかし、元々暑がりである南にとっては、いくら初夏でも暑いことに変わりはないらしい。
 証拠として、出かけ初めて間もないが、右手首につけたリストバンドが彼女の汗でかなり湿っていた。

「あら、夏もいいものよ?」

 額の汗を拭く南の隣を歩くのは、碧いラップワンピースに身を包んだ泡沫香織。
 日焼け止めクリームを塗った肌を、さらに日焼けから守ろうとしているのか、彼女は日傘を差している。
 それが功を奏しているのか、或いは湿度が低いだけか、彼女にとってはそれほど暑い日ではない。
 時折吹く爽やかな風が、彼女の長い黒髪を揺らす。
 そんな様子全てがどこか優雅で、まるで避暑地に訪れた貴婦人のようだった。

「私、暑いの苦手だから。いっくら涼しい環境つくっても、やっぱり夏は暑いよ」
「そう? 私はそうでもないけれど」

 確かに、と言うべきか。
 南とは反対に、香織は殆ど汗をかいているようには見られない。

「ちょっと、いい?」
「きゃっ。な、何よ」

 南は、香織の首筋をそっと撫でた。
 撫でた感触は、とてもサラサラとしている。つまり汗をかいていないことになる。

「もー、何で汗かけずにいれるの? 私なんかもう蒸発しそうだよ……」
「涼感スプレーを使ってるからよ。ある程度なら冷やしてくれるわ」
「あー、だからシトラスミントの香りがするのかぁ……いっつも薔薇の香りなのに」
「貴方もいつもはジャスミンの香り漂わせてるじゃない……でも今日は無臭ね。どうしたの?」
「今日はだめだよ。折角香水つけても、汗かいたら無駄になっちゃうから」

 ああでもない、こうでもないと話をしているうちに、二人は市民病院の前までやってきた。



    ◇  ◇  ◇



「えっと、ここでいいの?」

 南と香織は病院へ足を踏み入れ、受付で見舞いの許可を得て院内を歩いていた。
 その際受付の男性に、一度3階の医務室を尋ねてくれと言われた二人は、言われるがまま医務室の前までやってきた。

「えぇ、そのはずよ。でもこれって……」

 しかし、医務室の扉には張り紙がしてあって、そこには「来客中につき不在」とあった。

「勇樹君の身柄を引き取るには3階の医務室へ……なんて言われて来たけど、いないんじゃしょうがないか」
「そうね。でも今は待ちましょう。先にここを訪ねないといけないみたいだから」
「ん、分かった」

 その後、飲み物を買ってくると言った南は、病棟の奥へと消えていった。
 残された香織。一息つきながら、近くのベンチに腰かける。
 因みに姫野は他所へと出張中であり、今この場にはいない。

「……?」

 いつの間にか、医務室の扉の前に少年が立っていた。
 赤茶色の髪はインテークで、赤いネクタイが白いシャツに映えている。
 しかし、足音も気配もなく、一体何処からやってきたのだろうか——香織は若干不審するも、少年に声を掛けた。

「睦彦さんは来客中だそうよ」
「お客か。じゃあ仕方ないね」

 少年は大きな溜息をつくと、腕を組み、扉の横で壁にもたれかかった。
 持っていたアタッシュケースはかなり重かったのか、床に置くなり思った以上の大きな音を発した。

「アンタも睦彦さんに用事なの?」
「いいえ。私はただ、尋ねろと言われたから来ただけよ」
「そっか」

 ——沈黙。

「……隣、座っていいわよ」
「ありがとう、お姉さん」

 数分後。少年は香織に促され、そそくさと彼女の隣に座った。
 肩に掛けた鞄が香織側へと置かれる。見れば、その鞄にはご丁寧にも"十六夜今"と彼の名前が刺繍されている。
 何か思い入れでもあるのだろうが、香織は追及しなかった。

 ——再び沈黙。

「——お姉さん、一人?」
「いいえ、知り合いが一緒に来てるわ。でも遅いわね……」

 南はまだ帰っていない。
 それどころか、静寂が支配しているこの空間で足音もしないので、帰ってくる気配さえ感じられない。

「飲み物を買ってくると言って、数分戻ってないわ」
「まあ、この病院は自販機が少ないからね。遠いところまで行ったんだと、僕は思うけど」
「そうだといいわね」

 一方その頃、病院前では小さな争いが起こっていた。