複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.3 )
- 日時: 2015/03/23 22:51
- 名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)
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「あ……あの、ユリアン?」
「…………」
口を開かず、裏通りをすたすた歩くユリアンの背中を、マーガレットは機嫌を伺いながら追いかけた。
———まったく、なんで俺がこんな女と……
ユリアンが苛立っている理由を説明するには、マーガレットがあの広場に到着するさらに前までさかのぼる。
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「ふう……」
安堵の表情でマクシムは通信を切った。
「ずいぶんとお疲れっすね、隊長?」
ルーカスは柔らかな笑みでマクシムをねぎらう。
ルテティア軍少将 マクシム・ブラディは、年長者であるという理由でこの精鋭部隊を任されていた。しかもその重圧の上に、各国のVIPとの対談で、神経がすり減っていた。
「ああ、ありがとうルーカス」
『ルテティアの獅子』と呼ばれるその青年は、その通り名に反して、優しい笑顔を浮かべた。人は見かけによらない……ということを、ルーカスは痛感していた。マクシムは、勇敢さと優しさを兼ね備えた好青年だった。
「よし、じゃあみんな集まってくれるかな?」
マクシムは隊員の方を振り返った。
「あら。マーガレットがまだ着いていないのに、もう次の説明をするの?」
「ああ、この待ち時間がもったいないからな」
マクシムは息を吸い込み、よく通る声で指示をだした。
「アルビオン代表のマーガレットが到着次第、チュニジア支部を目指す。長官の首を取るのは、議論の結果、ルーカスが適任ということになった。……一人でいけるか、ルーカス?」
マクシムが、若干心配そうな顔でルーカスの様子をうかがうと……
「任せてよ。生身の人間はもちろん、機械化歩兵だって俺には勝てないんだから」
自信満々にルーカスは答えた。ルーカスは時折、自分に酔うことがある。その場にいる全員が苦笑いを浮かべた。その裏で、彼の実力は誰もが認めていた。
「……ありがとう、ルーカス」
マクシムも作り笑顔で礼を言う。そして気分を仕切り直し、指示に戻った。
「ほかの6人は、ヤツの逃走経路を塞ぐ。万一ルーカスが仕留めそこなったら、構わずとどめを刺せ。絶対に逃がすな。……というのが大まかな作戦だが、ここで一つ問題が生じた」
「……あいつか」
真っ先にマクシムの意図を察したのがユリアンだった。マクシムはうなずいて話を続ける。
「そう、マーガレットだ。まず、壊滅的な方向音痴である彼女に単独行動は危険だということが今分かった」
———あいつ、よく、少佐になれたな。
その場にいる誰もが思った。
マクシムは隊員たちの反応を無視し、更に指示を出す。
「そして、もうひとつ。彼女には致命的な弱点がある。そこでその弱点を補うために……」
マクシムがユリアンの方に向き直った。なぜだろう。すごく嫌な予感がする。
「ユリアン、君にはマーガレットとバディをくんでもらう」
「……は?」
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———まったく、将軍もいい格好しようとするから、俺が貧乏くじを引く羽目になるんだ。
ユリアンは、ルーカス以上にこのマーガレットが苦手だった。はっきり言ってどんくさい。実力主義のユリアンには、この少女の緩さが許せなかった。
「……お前って、本当に少佐なのか?」
うっかり本心が漏れだした。
「うう……それ、結構みんなに言われて、気にしてるのに……」
痛いところを突かれたマーガレットは、顔をしかめて俯いた。
「いや、だって、地図読めないって……」
「海図なら分かるよ!(←海兵だから) あと、一度案内してもらえば迷わない!」
マーガレットがユリアン言い返した。このままでは水掛け論になる。ユリアンは自身の経験から、そのように判断した。
そして、ユリアンはすぐに次の言葉を思いつく。ノルトマルク軍随一の口の悪さを誇るユリアンは、嫌味な口調で
「……自分の陣地を素直に案内する敵兵がいるか?」
と、その戦いを制した。
「う……それは……」
マーガレットは言い返す言葉が思いつかなかった。豊富な悪口を持つノルトマルク語を母国語とするユリアンには、口で言っても敵わない。
黙り込んだマーガレットを見て、ユリアンはつかの間の優越感を得た。俗に言う『大人の余裕』だ。まったく、我ながら子供じみた考えだが。
しばらく無言のまま歩みを進めると……
「…………」
不意にマーガレットは足をとめた。
「うん?どうした、マーガレッ……!!」
そして、目にもとまらぬ速さでユリアンを壁に押し付ける。
「なん……っ」
しゃべろうとしたユリアンの口を手でおさえ、自身も息をひそめる。
その状態で何秒、何十秒経過しただろうか。ひどく長い時間に感じられた。ユリアンもようやく気付いた。複数の足音が近づいてきている。
「ちくしょう!WFUの軍人がこの街に入り込んだらしい」
「探し出せ!夜明け前には首をあげるぞ!」
『アダーラ』の構成員だった。十数名はいる。裏通りから続いている大通りを通りすぎた。マーガレットが引き留めず進んでいたら、はち合わせて騒ぎになっていただろう。
十分に時間がたってから、ようやくマーガレットは、ユリアンから離れた。
「……よく気がついたな」
ユリアンに、先ほどまでの余裕はない。緊迫した顔になり、一軍人としてマーガレットを見据える。
「海兵は耳がいいんだよ。波の音の中から、人の足音を探しださなきゃいけないからね」
マーガレットは、当然のことのようにさらりと言った。若干、子供のような笑みを浮かべて。
「……それより、上陸したことがばれたみたいだね。隊長とルーカスに伝えた方がいい」
「……ああ、そうだな」
携帯電話を取り出す少女の姿を見て、ユリアンは思った。
———こいつ、ひょっとして、とんでもない何かを秘めているんじゃないのか……?