複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.4 )
- 日時: 2015/03/23 22:56
- 名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)
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「ねえ、オニイサン。教えてくれないかしら?」
男は、恐怖で動けなかった。壁に追い詰められ、目の前には妖艶な笑みを浮かべる美女。そしてその背後には、彼女に挑み、倒れた仲間たち。
「あなたたちのボスを護っているのは……誰?」
シャランと、彼女のピアスが揺れた。
「わ……分かった。言うから。だからどうか、命だけは……」
男の返答に、満足そうに彼女は笑う。
「長官の護衛についているのは、ハサ……」
ピッ
女の腕が動いた。彼女の手に握られているのは、紫色の毒々しい長鞭。
男は、言い終わる間もなくその場に倒れこんだ。彼女は判断したのだ。これ以上は聞かなくても分かると。
「……安心しなさい。この鞭に仕込んであるのは、ごく微量のテトロドトキシンよ。体が痺れて動けないだろうけど、命がどうこうなるもんじゃないわ」
女は立ち上がり、その男から手を離した。そして、懐から携帯電話を取り出す。
「もしもし、マクシム?シルビアよ。いやな敵が現れたわ」
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「侵入者はまだ見つかっておらんのか?」
チュニジア支部の長官は、不機嫌そうに、灰皿に煙草を押し付けた。これで11本目だ。そして、懐から新たに1本取り出す。
「申し訳ありません。目下捜索中であります」
部下は、顔を上げることなく答える。思いっきり前につんのめった、スタンディングスタートのような身体の曲げ方で。この姿勢でかれこれ10分だ。そろそろ腰にくる。
「ところで、ヤツはどうした?」
「は、侵入者を仕留めると言って、自ら現場に乗り出しました」
「ちっ」
長官は悪態をつき、煙草に火をつける。
———まったく。私の盾になることがヤツの仕事であろうが。クライアントから離れるとは、どういう神経をしておるのだ……
この長官は、自分の身の安全のことしか考えていないようだ。そのため、警護対象から平気で離れるボディガードに、腹を立てている。
ライターを胸ポケットにしまいこみ、再度目の前の部下を睨みつけた。
「……しかし、お前たちも何を手こずっておるのだ。敵は10人にも満たぬと聞いているぞ?」
「申し訳ありません。それが、手練れぞろいでして……」
何かが、ブチッと音を立てて切れた。
「言い訳は無用!」
長官は灰皿を投げ付ける。
———あーあ……誰が掃除するんだよ……
部下が落下していく灰皿を見つめながら考えていると
バチッ……ドォォォォンッ
灰皿は、轟音と共に着地した。
「ちがうっ!外だっ!」
部屋にいた全員が身構え、廊下を向く。戦慄の中、静かに扉が開いた。
「俺、参上!」
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ユリアンとマーガレットは、支部の裏口付近から建物を見上げていた。閃光と轟音。中でルーカスが行動を起こしているのは一目了然だった。それにしても……
「……隠密行動って言ってなかったっけ、隊長?」
マーガレットは、半分呆れてその様子を見守った。
「ルーカスは目立ちたがりだからな。仕方ないだろう」
ユリアンもため息をついた。
「まったく、あの人は……っ!」
マーガレットが、突然、言葉を切った。先のことで学習したユリアンは、とっさに後ろを向く。……が
「……っ痛てぇ」
敵の方が速かった。右足に、刃渡りの小さなナイフが刺さっている。先に気がついたマーガレットは、どうやらその攻撃をかわしたらしい。
振り向くとそこには、白い装束に身を包み、長い髪と鼻布で顔の半分以上が隠れた男の姿。ユリアンは、その姿に見覚えがあった。第一級犯罪者手配書で見た。確か、名はハサン・ムシャラフ……
———轟音に乗じて後ろをとられたか。マーガレットも、直前まで気がつかなかった訳だ。
そして、さらにまずいことに、ユリアンが負傷したのは、彼の武器ともいえる足だった。
———やばいな……太刀打ちできねえ……
焦るユリアンの目の前に立ちはだかったのは、少女の小さな背中。
「お……おい……」
「大丈夫、ユリアン?」
その後ろ姿は堂々としていて、先ほどのへたれっぷりが嘘のようであった。それでもユリアンは
「だめだ。お前は下がっていろ」
「そんな体じゃ、満足に動けないでしょ?ここは、私に任せて?」
マーガレットは、ハサンに一歩、距離をつめた。
「だめだ!」
ユリアンは叫ぶ。
———お前は……っ!
マーガレットには二つ、軍人として致命的な弱点があった。
一つは、壊滅的な方向音痴
そして、もう一つは……
———お前は、人を殺せない!