複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.6 )
- 日時: 2015/03/23 22:59
- 名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)
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———手下の方は、そんなに大したことないんだな。
マーガレットの足元には、11人の男たちが転がされていた。うめき声をあげている者もいれば、完全に気を失っている者もいる。
ユリアンは思わず息をのんだ。20にも満たぬ少女が、成人男性を相手に、こんな短時間で戦闘不能に追い込めるものなのかと。
そして何より驚いたことには、マーガレットは剣を鞘から抜いていなかった。
2対3
残る二人のハサンの部下は、怖気づいているようだった。しかし、ハサンはそんなことを許しはしない。
「何をしているのです?お前たちもかかりなさい」
二人の部下は、一瞬身震いをして
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
マーガレットに剣を向けて突進した。
マーガレットは両手にカットラスを持ち、向かって左側の男の斬撃を左剣で受け止め、右側の男の斬撃はかわして、男の背後に腕を回し、右剣で男のうなじを叩いた。反作用の力を利用してそのまま体をひねり、今度は左側の男のうなじを叩く。
ユリアンは感嘆した。
延髄切り……手刀でうなじを叩いて気絶させる技は、漫画やドラマではよく見られるが、実際に使ってみると気絶だけでは済まず、下半身不随を引き起こしたり、悪ければ死に至る。マーガレットはその点、どれほどの強度で、どの点を叩けばいいのかを、経験から正確に把握していた。そして、動きに無駄がない。その姿は恐ろしくもあり、それでいて美しかった。
ハサンは落胆した。
世界が『アダーラ』に苦戦を強いられる理由の一つに、構成員の個々の戦闘能力の高さがある。この戦闘能力は、世界各国から先人たちにより集められた選りすぐりの武芸によるもので、親から子へと受け継がれるうちに洗練されてゆく。そのため『アダーラ』の内部には、さまざまな武芸の流派が存在する。
マーガレットの動きは、極東のコリアから『アダーラ』に輸入された武術で、もとは一撃で首をはねる剣術だった。それをアルビオンは、その形を変え、何らかの方法で盗みとった。
数年前まで存在していた『アダーラ』の一流派 カルザン流。その実物を目にしたことがあったハサンは、舞うように剣をふるう姿に感銘を受けた。だからこそ、鞘でつっかえて上手く踊れないマーガレットを見て思った。無様だ。
しかし……
「……お嬢さん、あなたの武術を拝見させていただきました。それだけの技量があって、なぜ人を殺さないのです?首をはねてしまった方が、あなたはもっと速く、もっと美しく舞えるのに……」
ハサンは、マーガレットの腕は高く評価していた。そして、彼女の思考については、何一つ理解出来なかった。
「……自論ですが……」
マーガレットは息を整えてから話し始める。
「なぜこの戦争が200年も続いたのか、考えたことがありますか?当初のあなたたちの目的が、お金だったのか、領土だったのか、民族の独立だったのか……そんなことは知りません。ですが、確実に言えるのは、今、私たちが戦う理由は、そんなものじゃない。故郷を追われたから敵を殺す。家族を奪われたから敵を殺す。そういう憎しみに憎しみが重なって、どちらかが絶えるまで終われなくなってしまった」
ハサンは眉をひそめた。いきなりこの少女は何を語りだすのだ、と。
「私の生きる目的は、この戦争を終わらせて、誰も傷つかない世界を創ること。そのためには、誰かが我慢をして、敵を許さなきゃいけない。私がその『誰か』になる」
マーガレットは顔を上げ、真っ直ぐにハサンを見据える。
「だから私は、故郷をあなたたちに奪われても、親を、友達を、恋人を奪われても、あなたたちを許す。新しい世界に立つまでは、私は誰も殺さない!」
彼女の言葉が、夜空の下に凛と響いた。