複雑・ファジー小説

Re: CHAIN ( No.7 )
日時: 2015/03/23 22:54
名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)

 ユリアンは、目の前にいるのが、あのマーガレットには見えなかった。迷子になって震えていた少女が、一変して堂々と自分の意思を示している。

「フフッ……フハハハハハハハッ」

 ハサンは唐突に笑い出した。不気味な笑い声だ。

「あなた、馬鹿ですか?何を奪われても許す?マゾヒストのようなことを言う……」

 ハサンはさんざん笑い、目に涙すら浮かべてマーガレットを罵った。マーガレットは嘆息を突く。

「だから、自論だと言いました。理解してもらおうなんて思いません。それから……」

 一瞬、彼女の瞳が、月明かりを得て妖しく光った。そして次の瞬間には、マーガレットの姿が視界から消えていた。ハサンのすぐ後ろから気配がする。

「私の『許す』『殺さない』は、『命までは奪わない』という意味です」

 2対1。うちユリアンは動けないので、タイマンである。

 ハサンはとっさに伏せた。カルザン流の剣はまず、首を狙うからだ。そして、そのカンは正しかった。マーガレットの剣は空を切り、わずかに彼女の重心をブレさせた。が……

「ぐっ……っ!」

 カルザン流の剣は、連撃に特化している。一撃でだめならば、体を回転させ、第二撃。ハサンには、このマーガレットの剣術と、高い身体能力に支えられたスピードとの合わせ技を、回避する術がなかった。

 だから防御に出た。

 マーガレットの攻撃に乗じて同じ方向に飛び、少しでも衝撃を吸収しようとした。しかし、マーガレットの攻撃は思いのほかに強力で、肋骨を軽く損傷した。それでも、とっさの判断にしてはよくできていた。

 振り返る余裕はないが、反撃をしなくては身が持たない。次に着地する前に、ハサンはナイフを2本投げつけた。

———どう……ですか!?

 ナイフが地面に落ちた音はしなかった。刺さったか、あるいは……

「うっ!ぐぅ……っ!」

 つかみ取ったか。

 マーガレットは、優れた動体視力で正確にとらえ、ナイフの柄をもって打ち返した。2本のナイフはそれぞれ、ハサンの両手首を貫通している。

「多分、腱が切れてます。もう、あなたはナイフを握れません。投降してください」

 敗北。

 ハサンは初めて味わう感覚だった。8歳で『アダーラ』の戦闘員になるべく腕を磨きはじめ、以来13年間、誰にも負けたことがなかった。

「……お嬢さん、マーガレットさんと言いましたっけ?ずいぶん若そうに見えますが、いくつです?」

 マーガレットは少し警戒したが、ハサンの表情から察するに、もう抵抗の余地がないことを理解しているようだった。

「18歳です」

 マーガレットはそっと答える。

「……こうして、闘いに身を投じるようになったのは、いつからですか?」

 また一つ、ハサンが問いかける。

「……私は、生まれた時から、アルビオンの騎士です」

 静かな声で、マーガレットはそれに答えた。

「フフフッ……そうですか……」

 すると、ハサンはいきなり両手をつき、手首に刺さったナイフの切っ先を上に向けた。

 そして……

「私には5年、修行が足りなかったようだ……っ」

 その上に、自分の首を落とした。

 鮮血が飛び散る。

 マーガレットは、ただ嘆くように、悲しい眼でその様子を見つめることしかできなかった。ハサンは、敵のもとで生き延びるより、潔くその命を絶つことを選んでしまった。

 アルビオンは、王族と、それに忠誠を誓う騎士の国。マーガレットとてその一人である。だから悲しいほどに分かってしまうのだ。

 命より大切な誇り。

 分かっていたからこそ、止められなかった。

「……敵ながら、気高い人でした。どうか、安らかに……」

———そして、あなたのように悲しい人が、もう現れないよう努めます。