複雑・ファジー小説

Re: CHAIN ( No.11 )
日時: 2015/05/24 16:49
名前: えみりあ (ID: DMJX5uWW)



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「…………アン……リアン……」

 誰かが呼んでいる。おぼろげな意識の中、ユリアンは声を絞り出して答える。

「だから……俺は……ジュリアンじゃない」

「何、寝ぼけてるの?」

 目を覚ますと、白い天井。そして心配そうにのぞきこむ、女の顔。

 まだユリアンの頭は、正常な思考を開始していなかった。焦点もあっていない。だんだん周りをはっきりと認識し始め、傍らにいるのが自分の思っていた人物ではないと気付く。

「クリス……」

 ユリアンの同僚、ノルトマルク軍中佐 クリスティーネ・ヴィッリは、ユリアンの意識が戻ってきたことを確認し、安堵の表情を浮かべる。内側にゆるく巻かれた短い髪が揺れた。前髪の隙間から、彼女の相貌がこちらを見つめている。彼女は釣り目なのだが、今、ユリアンを見つめるその目は、柔らかく、優しそうな印象だった。

「アンタったら、丸二日も寝てたのよ?心配したんだから……」

「そ……そうなのか?」

 ユリアンが寝ていたのは、傷病人用ベッドだった。ビザンティンタイルのような模様のシーツがかけてある。

 腕には点滴がつながっていた。注射嫌いのユリアンは、いつもなら驚いてパニックを起こすところだが、今日はなぜか落ち着いている。

 理由は恐らく、あの少女の……

『必ず、護るから』

 またあの言葉が蘇る。同時に思い出す、あの優しい笑顔……

「……情けねぇな」

「え?」

 ユリアンはシーツをはぎ取り、右足を見る。包帯が巻かれていて、傷口は見えなかった。しかし、マーガレットがあの時、必死にユリアンを落ち着かせ、縫合してくれたところまでは覚えている。そして心労がたたって、ユリアンはそのまま意識を失ってしまったようだ。

———あんな、年下の、しかも女に……

 苦笑いを浮かべる。

———護られた。

 ユリアンはクリスティーネに顔が見られないよう、窓側を向いた。そして、見慣れぬ景色に気がつく。

「クリス……ここは?」

「アウソニアのタラント基地よ。アンタの意識がなかったから、カルタゴから一番近い基地に、とりあえず落ち着こうってことで連れてこられたの」

 タラント……大昔、アウソニアが南部の経済復興を図り、振興させた工業都市だ。地中海に面し、交通の便がいいため、軍港としても使用されている。

「そうか……」

 新鮮味のある景色に、ユリアンは思わず見入った。ここは、WFU本部のあるストラスブールからも遠く離れた地……

———うん?ストラスブール……?

「あれ?お前、俺が任務に出向くとき、ストラスブールで見送ってなかったか?なんでここに?」

 ユリアンが振り返ると、今度はクリスティーネに目を逸らされた。

「わ……私はあれよっ!そう、ジェラルド将軍に言われたから、仕方なく来たのっ!」

 明らかに動揺し、頬を赤らめ、必死に言い訳をするクリスティーナに対し

「そうか……ご苦労さま」

 ユリアンは何も気がつかず、ただねぎらっただけだった。クリスティーナは、内心がっかりしたように嘆息し、視線を元に戻す。

「そうだ、アルビオンのチェンバレン少佐はいるか?お礼が言いたいんだが……」

「マーガレットさん?彼女ならアルビオン政府に呼ばれて、一足先に帰ったわよ?」



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 ロンドン アルビオン軍本部。

 マーガレットが立っていたのは、アルビオンの上流階級の内装の部屋。絨毯にせよ、棚にせよ、この部屋だけでどれだけの税金が使われているのだと、頭の痛くなる部屋だった。壁に飾られた、王族たちの肖像画がマーガレットを睨みつけている。

「よくもまあ、アルビオンに大恥をかかせてくれたものだな……」

 重々しく口を開いたのは、マーガレットの正面に腰をかけている男、アルビオン軍大将 アマデウス。ブロンドの髪はクセがあり、今日もところどころはねている。座高が低いことから、背が高くないことがうかがえ、輪郭は丸顔で、目が大きく、年の割に若く……というか幼く見られてしまう。それが嫌なのか、顎には髭を生やしている。

「……すみません、アマデウス教官」

「まぁまぁ、結果的にあのハサンを倒した上、ノルトマルク兵まで助けたんすよ?アマデウス殿下だって『総合的に見れば、快挙だ』って言ってたじゃないすか……ごふっ!」

 横槍を入れた上、アマデウスのひじ打ちを食らったのは、アルビオン軍中将 シドニー・マクドウォール。アマデウス大将の補佐官だった。亜麻色の髪はワックスで簡単に後ろに送り、前髪は自然な形で額から浮かしている。顔立ちはリチャードに負けず劣らず整っており、笑った顔は年上の貴婦人に受けがよさそうだ。そして、シドニーの身長は、アマデウスのコンプレックスを逆なでするほどに高い。

 アマデウスもシドニーも、地位の割に若い。これがアルビオン貴族の恐ろしさだ。と、マーガレットは思った。

「……まあいい。それから、お前に言っておくことがある。円卓会議の結果、今回の精鋭部隊の働きが高く評価され、6週間後に、今度はアルジェで敵軍キャンプの殲滅任務が発令された……が」

 アマデウスは再度、マーガレットを鋭く睨みつける。

「我々は、今度の任務において、お前は力量不足と判断した。次のアルビオン代表はシドニーだ」

 マーガレットは、口答えすることなく、うなずくこともなく、ただ立っていた。すると、懲りもせずシドニーが口を開く。

「殿下も照れなくていいのにさ。マーガレットに殲滅任務はつらかろうって、将軍に進言したのは殿下なのに……げほっ!」

 今度はアマデウスの拳が、シドニーのみぞおちに叩きこまれる。

「話は終わりだ、さっさと退出しろ」

「……失礼します」

 退出しようと、マーガレットは回れ右をする。するとマーガレットは、アマデウスの顔が見えなくなった途端、先ほどのアマデウスとシドニーのどつき漫才を思い出してしまった。我慢しきれず、盛大に吹き出す。アマデウスの説教は長引いた。