複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.13 )
- 日時: 2015/05/25 22:08
- 名前: えみりあ (ID: fTO0suYI)
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7人の精鋭を乗せた船は、ヒスパニアの軍港ロタを出発した。
波の音と、潮の匂いが船の甲板を包む。
7人が乗っているのは、アルビオン王立海兵隊の小船。アルビオン軍艦の特徴は、形状と、スピードと、静かさだ。従来のスクリュープロペラでなく、マシナリーフィンという、ひれの形をした後尾をくねらせて進む。また、水の抵抗を避けるため、横幅が小さい。これにより、静かに速く進める。
いびつな形だが、これが最も効率的な形。そしてこの効率的な形は、人間より先に、魚類が開発していたものなのだ。
「おーい、ユリアン。こっちに来てくれるか?」
甲板に立ち、海を眺めていたユリアンは、声のした方を振り向いた。一人はマクシム・ブラディ部隊長。そしてもう一人は初対面の男だった。
「飛んだ災難だったな、ユリアン」
マクシムは笑いながら語りかける。
「当人は笑い事じゃねぇんだよ、マクシム。……ところで、そちらは?」
ユリアンはヴィトルトの顔を思い出し、あからさまに不機嫌そうな顔をしていた。そして、冷めた目で、男の顔を見上げる。
———ジェラルド将軍並みにでかいな……
ユリアンは、成人男性にしてはかなり小柄だ。マクシムの連れてきた優男と並べられると、大人と子供のように錯覚させられる。
「彼がマーガレットの代わりに入った、アルビオン代表だよ。会うのは初めてだろう?」
マクシムはそんな二人を仲介し、それぞれの自己紹介を促す。
———そうか、この男が……
ユリアンは少し、マーガレットの顔を思い浮かべた。マーガレットと言い、この男と言い、アルビオン人はゆるい印象を持った者ばかりだ。
「ノルトマルク軍中佐 ユリアン・オストワルトだ。よろしく」
ユリアンはとりあえず身分を明かし、握手を求めた。男は人懐っこい笑顔を浮かべ、その手をとる。そして
「はじめまして……」
と挨拶をかわし
「アルビオン第二王子ヨーク公アマデウス大将補佐官、オールバニ公子ウォリック伯爵シドニー・マクドウォール、中将だよ」
一息で名乗った。肩書きも含め、あまりに長すぎるその名を。
「……すまん、どの部分が名前だ?」
「あ、気軽にシドニーって呼んでよ」
シドニーは、ふにゃりと笑顔を浮かべる。真面目なユリアンは、名前を覚えられないなどという失礼な行為を許せるタイプではない。先ほどの長ったらしい名前を、しっかりと思い起そうとしているようだ。予想通りのユリアンの反応に、マクシムは笑いを隠せなかった。
「ははは、貴族ってのは肩書きが長いな。ところでユリアン、聞いてると思うが、今回の任務は3・2・2の三班に分かれて行う。リスト・ソティル・ルーカスの三人と、俺とシルビアの二人、そしてお前たち二人だ」
マクシムは、笑い半分に今作戦について説明した。
———つまり、今回はこいつがバディということか……
ユリアンが再度、シドニーを見上げると、彼はまた、表情をふにゃりと緩ませる。
———まったく、アルビオン人は、どいつもこいつも……
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「小娘のお守りから外れられて、よかったな」
唐突にリストは切り出した。
船内の談話室。この部屋にあるのは、質素なソファと、丈の低い机。チェスなどの娯楽品と、あとはティーセットぐらいだ。
そこに机を取り囲んで座る、ユリアンとリストとソティル。
卓上には3客のティーカップと、一つのティーポット。ダージリンティーを淹れてある。
ユリアンの向かいに座るリストの表情は、黒い布に阻まれて読めなかった。しかし口調から察するに、嘲笑っているようだ。
「まったく、理解できない女だ。やつらを生かしておいて、何になる。ただ、次の罪を犯すだけだ。そんなぐらいなら、殺してしまったほうが世のためだ。そう思うだろ?」
ユリアンは、黙っていた。
ソティルはティーカップに手を伸ばしながら、静かな声で答える。
「自分は、マーガレットさんの言い分にも一理あると思います。ただ『誰も殺さない』なんて、自分には到底無理な芸当ですが」
ソティルは紅茶を一口含み、また机に戻した。そして物悲しい眼で、包帯で巻かれた手を見つめる。
「ふん。お前はどう思うんだ?」
ユリアンは話を振られ、一瞬考えた。
「……俺も、リストと同じ考えだった……」
包帯の下で、リストがほくそ笑んだのが分かった。そんな目をしている。
「けど俺は、アイツと出会って、だんだん考えが変わってきた。最初はそんなの理想論だと思って馬鹿にしていたが……許す強さも大切だと、今は思う」
それはリストの望んだ答えではなかった。それを分かっていて、ユリアンは答えた。すると
「ちっ」
予想通りの反応。
「お前もガキくさい考えだな。『許す強さ』だと?はきちがえるな。力がないから、耐えて、許そうと考えなければならないんだ。あの女が綺麗事を吐くのは、力も幸福も持っていて、奪われた悲しみを知らないからだ。そうだろ……」
「その辺にしとかないと、俺、怒るよ?」
突如談話室に入ってきたシドニーが、リストの言葉を遮った。シドニーはいつもの緩んだ表情でなく、真剣にリストを睨みつけている。
「ちっ」
再度、悪態をつき、リストは大きな足音を立てて出ていく。ソティルも気まずくなり、後を追うように出て行った。
部屋にはユリアンとシドニーが二人きり。
シドニーはもとのように緩んだ表情で、ユリアンの向かいに腰かけた。
「聞いてたのか?」
「うん、途中からね。まったく、男が陰で、レディーの悪口を言うもんじゃないよね?」
そう言ってシドニーは、手をつけられていなかったリストのティーカップに、紅茶を注ぎ、その香りを楽しむ。
向かいに座るシドニーに対し、ユリアンは先ほどの言葉に付け加えるように話した。
「……マーガレットの信念は理解できるが、俺は、アイツの考えは甘いと思う。これから先、大切な人を失ったりしていったら……きっとそんなことは言えなくなるだろうな」
ユリアンはふっと幼いころのことを思い出す。無邪気に笑う、少年少女の姿。
「……それはないんじゃないかな?」
ユリアンの言葉に対し、シドニーは柄にもなく、重々しく口を開いた。
「どういうことだ?」
シドニーは紅茶を一口飲み、嘆息する。その表情は『しまった』の顔だ。
「……マーガレットのことを理解してくれた、君には話しておこうか……」
そして、静かにティーカップを戻し、まっすぐにユリアンの顔を見た。
「あの子にはね……もうこれ以上、奪われるものがないんだよ」