複雑・ファジー小説

Re: CHAIN ( No.14 )
日時: 2015/03/24 00:00
名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)




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「カーッ」と、烏が一声鳴いた。

 刻は夕暮れ。軍務を終えたマーガレットが来たのは、ロンドン郊外にある墓地だった。

 囲いにはツタがからみつき、地には雑草が生い茂り、太陽の光を遮らんばかりに枝を伸ばした木々が立ち並ぶ。立ちこめる空気は、生臭く、重苦しい。

 マーガレットは、軍服ではなく、チェックのシャツの上にカーディガンを羽織り、下にはジーンズという、比較的ラフな格好だった。そして、手には50本の花が入れられたバスケット。

 奥へ奥へ足を踏み入れ、立ち止まったのは、他の墓よりひときわ大きな墓標。それには、ずらりと人の名前が刻まれていた。

 マーガレットは、バスケットの花を、一本一本丁寧に並べる。残り一本になると、手を止め、静かに手を合わせた。

「また、ここに来ていたのかい?」

 背後から声がした。振り返り、その姿を確認すると

「しょ……将軍様っ!」

 マーガレットはあわてて立ち上がり、姿勢を正す。リチャード・ローパーは、慌てふためく彼女を見て、優しそうにほほ笑んだ。その笑顔は、オレンジ色の光に包まれ、温かみを帯びていた。気品に満ち、美しい笑顔だ。

「すまない。お祈りの邪魔をして、悪かったね。どうぞ続けて……」

「い……いえ、しかし……」

 リチャードに背を向けることを遠慮するマーガレットに、彼は困ったような笑みを浮かべた。そして、マーガレットのすぐ隣まで進み、しゃがみ込む。

「将軍様!お召し物が汚れます!」

「そんなこと、気にしなくていいんだよ。私も、君と一緒に祈りを捧げたいだけだ」

 マーガレットは「いや……でも……」とうろたえたが、リチャードより高い視線で話していることが申し訳なくなり、とりあえず身をかがめる。そして、リチャードに促されるがままに、手を合わせた。

 時間はゆったりと流れ、二人は静かに、今は亡き彼らに祈りを捧げる。

 やがて、マーガレットは顔を上げた。

「将軍様はいつも、私たちのことを気にかけて下さいましたね……みんなも、光栄に感じていると思います」

 リチャードも、手をおろし、そっと顔を上げた。その顔は、どことなく悲哀に満ちていた。

「……結局私は、この子たちを護ってやれなかった。その、罪滅ぼしなのかもしれないね」

「そんなことはありません!あなたのかけて下さった言葉は、あの頃の私にとって、暗がりの中の一条の光でした」

 マーガレットは、リチャードに向き合い、その目を見て語る。思わぬマーガレットの言葉に、一瞬リチャードは戸惑い、そして、また優しく微笑んだ。

「そうか……ありがとう」

 そして立ち上がり、紳士らしくマーガレットの手をとる。

———あ……昔もこんなことがあったな……

 マーガレットは、手をひかれるままにその場に立つ。リチャードはマーガレットの柔らかい髪をなで、泣いている子供をあやすように、胸に抱き寄せる。

「強く、おなりなさい。大切な誰かを、守れるように」

 彼女の脳裏に蘇ったのは、幼き日の出来事……



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「……見慣れない武器だな」

 ユリアンは、シドニーを見上げてつぶやいた。

 精鋭部隊は上陸完了し、各班に分かれて敵軍キャンプを目指していた。ユリアンはまた、この男と二人きりになり、アルジェ郊外の廃墟を突き進んでいた。

「ああ、これ?極東の武器だから、そりゃ珍しいよね」

 シドニーの背に担がれているのは、身の丈ほど長い柄のある武器。刃先は片側に反れていた。見るからに、槍のような突撃武器ではないし、処刑鎌にしては刃渡りが短い。

「もうコレってば、俺のお気に入りでさ。いっぱい秘話があって……と語りたいとこだけど、残念。仕事だね」

 ユリアンは忘れていた。こいつも海兵だ。優れた索敵能力を持っている。

 気付けばすっかり囲まれていたようだ。敵兵は物陰に隠れ、こちらの様子をうかがっている。

———おどけているが、使えるやつだ。

 そう思って、ユリアンはシドニーに背を向ける。無言のメッセージを受け取ったシドニーは

「おっけ。『友に頼られるは、騎士の名誉』」

 ユリアンと背中合わせに武器を構える。この男に背中を預ける。そして自分はこの背中を護るのだ。

———まったく、アルビオン人は、どいつもこいつも……

「……って『レジェンディア 20』の主人公、アーサーも言ってたぜ」

———カスばかりだな。

 別の言葉を考えていたはずだったのだが、ユリアンはシドニーに対して落胆していた。

 先ほどのシドニーのセリフは、テレビゲームの受け売りだったようだ。ユリアンの妹も、同じシリーズをやっていた。確か、世界中の歴史上の英雄を主人公にした、大ヒットゲームだ。20作目の舞台は、アルビオンだったようだが……

———大丈夫か、こいつ……

 先ほどの信頼とは裏腹に、ユリアンは不安になっていた。