複雑・ファジー小説

Re: CHAIN ( No.15 )
日時: 2015/03/24 00:07
名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)




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「たいそうな出迎えだよ。まったく……」

 マクシムとシルビアの前に群がるのは『アダーラ』近接戦部隊。軽く50人近くはいる。全員が、タルワールと呼ばれる、刀身の大きく曲がった剣を持っていた。タルワール一刀流は、ムガル流と呼ばれ『アダーラ』の中で最も名の通った流派の一つだ。

「よし、殲滅任務開始だ、シルビア!」

「ええ。……あっ!」

 シルビアは、自身の武器である長鞭を見つめ、重大なミスに気がついた。仕込んでおく毒薬を間違えたのだ。その様子を見てマクシムは、シルビアをかばうように前に出た。

「時間なら稼いでやる。心配すんな、マドモアゼル」

 大きな手のひらでシルビアの頭をポンポンとなで、親指を突きたてて、ニカッと笑って見せる。そして、拳を握り、敵めがけて突進した。

 まず、一人目。剣を持ち、マクシムの腹部を狙う。マクシムはぎりぎりまで敵を引きつけ、直前で切っ先を反らし、顎に拳を叩きこむ。戦闘員の体は、ひらりと宙を舞い、地面にたたきつけられた。血栓による、頭部の虚血、梗塞。戦闘不能。

 続いて二人目。今度はマクシムの頭部を狙う。すかさず足を回し、みぞおちに、かかとから叩きこむ。横隔膜損傷による呼吸停止。戦闘不能。

 マクシムの体術は、合気道の体運びと、空手道の打撃の合わせ技。どちらも、極東のヤマト皇国から会得したものである。

 そして、殺傷能力を増すための、マクシムの保有する武器は、手之内。Tの形をした金属製の武器。手に隠し持つと、一見素手にしか見えないこの武器は、はるか昔、シノビと呼ばれる戦士が使用していた暗殺具である。

 その間に、シルビアは戦闘準備を行っていた。長鞭の柄の上部、黒い指紋認証板に親指を押し当てる。ピーと音がして、指紋が確認された。次にシルビアは、それを口元まで持っていき……

「音声認証、シルビア」

 赤いランプがつき、柄の下部が開いた。中に入っていたボトルが落下する。シルビアはそれを拾う間もなく、ウェストポーチから新たなボトルを取り出し、それを柄に挿入する。

「Halte!」

 シルビアが叫ぶ。マクシムはその瞬間動きを止めた。それは、指示というよりは、二人だけに共通した合図。

『Halte』は、ルテティアの言語で『動くな』という意味だ。

 ヒュンッ ヒュンッ

 シルビアの鞭がしなる。敵はこの攻撃を受けるなり、地に倒れこみ、中には嘔吐してしまう者もいた。数分後、敵全体が沈黙する。

 シルビアの鞭は、中が空洞になっている。そして表面には、無数の小さな針がついている。この針で皮膚に穴をあけ、体内に毒物を流し込む。

 シアン化カリウム……通称青酸カリの経口致死量は、成人で150〜300mg。猛毒として知られる毒物だが、実はこれをさらに上回る毒物は数多く存在する。

 その一つが、ボツリヌストキシン。1gで百万人を死に至らしめるという、最強の生物兵器である。熱に弱く扱いづらいこの毒を、ヒスパニアは数十年前に実用化させていた。

「やるなあ、シルビア」

 マクシムが笑顔で戻ってくる。勝利の証に、拳を突き合わせた。

「しっかし、恐ろしい武器だな。よく実用化できたもんだ」

 マクシムはそう言いながら、落ちていた方のボトルを拾い上げようとする。

「触らない方がいいわよ」

 シルビアはそれを制止した。そして用心深くゴム製の手袋をはめ、それを拾い上げる。

「それも、毒薬なのか?」

「うーん……まあ、少量なら、命に別状はないんだけど……」

 そう言って、シルビアは目の高さで、軽くボトルを振った。そして、妖艶な笑みを浮かべ、マクシムにすり寄る。

 花のような、上品な香水の匂いが、マクシムの鼻をくすぐった。シルビアはマクシムの厚い胸板に手を添え、重心を彼に預け、上目づかいにその動揺する様を見物する。

「さっきのお礼に、良かったら使ってあげましょうか?ヨヒンビン……通称、惚れ薬」

「……いや、遠慮しておくよ」

 マクシムは苦笑いを浮かべ、そっとシルビアから離れた。