複雑・ファジー小説

Re: CHAIN ( No.16 )
日時: 2015/03/24 00:11
名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)



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 その少年は、すべてを持っていた。

 容姿端麗、博学多才、勇壮活発、さらには家柄にまで恵まれ、何一つ不自由のない生活を送っていた。そのため、皮肉も込めて周りから呼ばれる肩書きは『アルビオンの寵児』。

 少年は、他の貴族と同様に学校に通い、他の貴族と同様に剣の稽古に励む毎日だった。余った時間は友人と遊び、一人のときはテレビゲームをして楽しむ、普通の貴族の少年だった。

 8歳の時、少年は祖父にプレゼントをもらった。

 ついこの間、発売されたばかりの最新ゲームカセット『レジェンディア 01』。

 舞台は遥か東の国、ヤマト皇国。主人公は『ウシワカ』という、小柄な少年だった。ストーリーは、長年虐げられた一族に生まれた主人公が、宿敵の一族を滅ぼすべく、反乱をおこすというもの。

 少年は、この物語にのめりこんだ。特に少年が気に入ったのは、主人公を支える大柄な部下『ムサシ』。彼の扱う武器は強力で、ことごとく敵をなぎ倒してゆく。クライマックスでは、君主である主人公が自害できるだけの時間を稼ぎ、命を賭して君主の名誉を護るのだった。

 少年は彼に心酔し、その戦い方にあこがれ、衝動に駆られるまま父のもとに走った。

「父上、僕を、ヤマト皇国に修行に出させてください!」

 ただ、その武術を会得したいがために……



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 ユリアンは、敵の位置を確認する。目の前には、爆撃を受けて半壊した礼拝堂。崩れた囲壁の陰に隠れているようだ。

 ユリアンは前傾姿勢になる。そして、強く地面を蹴った。

 ユリアンの第一の武器、それは俊足。

 ノルトマルク軍は、15年前、軍人の家の子供たちを集め、ある手術を執り行った。それは、拡心手術と呼ばれるもの。心臓の体積を広げ、それを支える筋力も増強し、一回の鼓動で多くの血液を体中に巡らせるようにする手術だ。これにより、ユリアンは超人的な身体能力を手に入れる。

 そして、ユリアンが特に鍛えた体の部位は、足。円卓会議が認識している軍人の中で、ユリアンを上回る俊足の持ち主は、いない。

 ユリアンは、目に留まらぬ速さで囲壁の後ろに回り込む。敵兵は、あまりの速技に、武器を構える暇すら与えられない。

 ユリアンは手のひらで着地し、逆立ちの体勢をとる。そして

「フッ!」

 掛け声とともに体を旋回させ、両足を振り回し、その場にいた敵兵を一掃する。陣地を得たユリアンは、足を地面に下ろし、正立した。その隙に、かろうじて巻き込まれなかった戦闘員が、ユリアンの背後から襲いかかる。

「うおぉぉぉぉぉっ!」

 ユリアンは身をかがめてそれをかわし

「っ!」

 奇怪なステップで、敵の足をすくい取った。倒れこんだ敵に、かかとを落とす。

 ユリアンの身体能力、加えて足の筋力を最大限に活かす武術……

 その名はカポエラ。

 ブラジル発祥、格闘技とダンスの中間に位置する腿法。ユリアンの第二の武器である。

「ほんじゃ、こっちもやりますか……」

 ユリアンの攻撃に反応し、シドニーの方でも動きがあった。タルワールを持った戦闘員が、次々にシドニーに襲いかかる。

「君たちさぁ……」

 シドニーは担いでいた武器をとり、一振りする。瞬間、大きな風圧が生じた。気がつけば、『アダーラ』の戦闘員たちは、シドニーに剣が届く前に、ことごとく倒されていた。

「そんなリーチで、コレに勝てるわけないでしょ?」

 シドニーは呆れたように笑い、敵にその切っ先を向けた。

 その武器は、極東ヤマト皇国発祥、定かではないが、9世紀ごろに姿を現した。寺院の守護のため、僧兵の武器として世に出回ったそれは、現代では女性のたしなむ武道とされている。しかし、ヤマト皇国の武道家たちは言う。

「薙刀は、最強の武器」

 シドニーは、笑う。いつもの緩んだ笑みではなく、不敵な笑みを浮かべた。

「そいやぁっ!」
 
 再度、シドニーは薙刀を振った。風が巻きあがり、あっという間に敵兵を切り倒す。正面から立ち向かう者、横から攻める者、薙刀は一振りでそれを薙ぐ。

「くっそ……っ!」

 一人の敵兵が、シドニーの背後から忍び寄った。

「ちょっとちょっと……」

 シドニーは、すぐさまそれに気がつき

「男なら、卑怯な真似しちゃイカンよ」

 体を軸に薙刀を回し、峰で相手の向こうずねを叩く。

「っぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 敵兵は、あまりの痛みに絶叫した。

「はははっ、痛いだろ」

 そして、もう一振りで完全に止めを刺す。

「『弁慶の泣き所』って言うんだぜ。一個勉強になったな?」