複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.19 )
- 日時: 2015/03/24 00:16
- 名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)
第三話:TRAUMA
「うあぁぁぁぁぁっ!」
少年は、何度も拳を振りおろす。素手とはいえ、18歳男子の腕力、加えて強化手術の怪力である。少年が殴るたびに、鮮血がとびちり、辺りを赤く染める。
「やめろ、ユリアン!」
とうとう、別の男が制止に入った。ユリアンと呼ばれた少年よりも少し年上の、盲目の青年。
「その人……もう、死んでるよ」
死体から引きはがされると、ユリアンは殴ることをやめ、だんだんと正気に戻っていった。そして、さんざん暴れ回った彼に残されたのは
喪失感。
ユリアンの目から、涙がこぼれた。
何をしても、あの幸せな日々は、二度と戻らぬことを思い出して。
+ + +
カルタゴ上陸作戦直後、ユリアンは怪我の療養のため、ノルトマルク ザクセン地方の、故郷ドレスデンへ帰省することになった。正直、休暇を取ったころには、怪我はほとんど治っていたのだが。ユリアンが強化手術で得た血流は、驚異の治癒スピードももたらしていた。
ルテティアから国境を超える列車の中、ユリアンが思い出していたのは、任務でバディを組んでいた少女の言葉。
「『誰かが、敵を許さなきゃいけない』……か」
ユリアンは当初、今回の休暇を、かなり渋った上でとらされた。かれこれ2年も帰省していない彼に、絶好の機会だと、ジェラルドは判断したようだ。
ユリアンが帰省したがらない理由、それは単に、悪い思い出があるからだ。
ユリアンは、ふっと12年前の悪夢を思い出した。そして次に、マーガレットの顔を思い出す。
———悪いが俺は、相いれねぇよ……
+ + +
「ユーレ、今日こそ、お前に勝つからな……!」
「何度やっても、同じだよ」
二人の少年は、グラウンドに立ち、クラウチングスタートの体勢をとる。
勝負を挑んだ方の少年は、短髪のブルネットで、顔や体のところどころに絆創膏を貼り、日焼けをした元気いっぱいの男の子。
一方、挑まれた方の少年は、栗色のさらっとした髪に、白い肌、目は凛としていて、隣の少年よりも、ずいぶんと大人びて見える。
「まったくもう……じゃあ、いくよ。位置について」
隣からスタートの合図を出すのは、短い天然パーマの少女。大きくてつぶらな瞳といい、その姿は聖堂の壁画に描かれた、小さな天使のようである。
「よーい……どん!」
直後、少年たちは、猛スピードで駆け抜ける。少年たちは10歳にも満たぬ年だが、おそらく、その速さは成人男性でも太刀打ちできない。
競走する距離はグラウンド一周。しかし、二つ目のコーナーを曲がるころには、勝負はほとんどついていた。
「おかえり〜。やっぱり、ユーレは速いね」
「くっそう……また負けた……」
少女に褒められ、少年に悔しがられ、ユリアンは照れたようにはにかんだ。
「思うに、バルドは力みすぎなんだよ。もっと練習すれば速くなるよ」
「うるせぇっ!」
助言をしたつもりのユリアンに逆ギレしたのは、バルド・グロスハイム。子供らしく怒りを全面に出し、ユリアンに掴みかかろうとする。
「もう、バルドったら、なんでそんなに怒りっぽいの。ユーレはただ、アドバイスしただけじゃないの」
仲裁に入った少女は、イザベル・ディートリッヒ。あまりにバルドがエスカレートしてきたため、とうとう羽交い締めに入っている。
ここは、ドレスデン研究所。3年前に8人の軍人の子供たちを集め、心臓の強化手術を行った。現在は、その子供たちの養成施設になっている。
研究所内にチャイムが鳴り響いた。
「あ、集合の時間だ」
ユリアンは、すぐさま走り出す。
「ちょっとぐらい遅れたっていいのに……」
「仕方ないでしょ、ユーレは真面目なんだもん」
二人もそのあとを追う。
このときのユリアンは、まだ信じていた。
こんな当たり前の毎日が、ずっと続くことを。