複雑・ファジー小説

Re: CHAIN ( No.20 )
日時: 2015/03/24 00:17
名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)


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 早朝にルテティアを出発したが、家に着いたころにはティータイムを過ぎていた。
 
 実家の玄関先に立ち、ユリアンは深いため息をつく。

———ここに帰ってくるのも、二年ぶりか……
 
 要塞都市ドレスデン。大昔の宮殿、伝統ある町並み。それを覆う星型の要塞。この地がかつて、ザクセン王国と呼ばれていたころの都。文化と近代科学の共存された街。
 
 ユリアンは、このドレスデンを忌み嫌っていて帰らないわけではない。むしろ、家族のことは愛していたし、近所の人たちの優しさも十分に感じていた。

 愛着があるこそ、つらくなる……そんなところだ。

 ユリアンの家は、代々軍人の家系で、割と上流階級の家だった。邸宅もそれなりに大きく、上品な外装をしている。

 意を決して、ドアノブを回す。

「ただい……おごっ!」

「お帰りなさい!お兄ちゃん!」

 扉をあけるなり、盛大に迎えてくれたのは、ユリアンの6歳下の妹 ビアンカ。ユリアンの肋骨に正確に頭突きを……いや、顔をうずめている。

 ユリアンと同じ、さらっとした栗色の長い髪はツインテールに結い上げ、それは兄に頬ずりをするたびにゆらゆらと揺れた。そして、ぱっと顔を輝かせて兄を見上げる双眸は、ユリアンとは違って丸みを帯びていた。

「ゴホッ……ゴホッ……」

「ビアンカ。お兄ちゃんはお疲れのようだから、休ませてあげましょう?」

 駄々をこねる妹から、せき込む兄に助け船を出したのは、母テレジア。短い栗色の髪を内側に巻き、前髪は大きく分けている。ビアンカの丸みを帯びた目は、この母に似たようだ。

「えー、ムッティ。私はまだ、お兄ちゃんと一緒がいいよ……」

「ゴホッ……ごめんビアンカ。また後で、ちゃんと顔を出すから……」

 その返事に満足したように、ビアンカは家の奥に走り去っていく。母はやれやれという顔で、ユリアンの上着と、キャリーバッグを預かる。

「ただいま、母さん」

「お帰りなさい」

 母は、また大人びて帰ってきた息子の顔を見て微笑む。すっかり目じりにしわが寄るような歳になってしまったか、と、ユリアンはその笑顔を見て思った。同時に、そんなにも長い間、顔を見せなかったことが申し訳なくなる。

 しんみりとした感情を隠すように、ユリアンは、もう痛みの引いた腹部をさすった。

「ごめんなさいね、あの子ったら。あなたが帰ってくるって聞くなり、大はしゃぎだったのよ」

「そうか……」

 ユリアンは、先ほどの妹の姿を頭に思い浮かべる。二年前と比べると、内面はさほど変わらないが、ずいぶんと大人びた外見になった。

 そして何よりの違いは、飛びついたとき、みぞおちに頭突きが入らなくなったことだ。背が伸びたのだなと、実感する。

「そうそう、あの子ね『お兄ちゃんのために晩御飯を作るんだ』って、はりきってたのよ」

「え……」

 瞬間、ユリアンに戦慄が走る。

 ユリアンは昔、バレンタインデーに妹からもらった黒色物質が原因で、病院に搬送されたことがあった。そしてユリアンの性格上、年の離れたかわい妹の手料理を、断ることなどできはしない。

「…………」

 ユリアンは男らしく、腹をくくった。

———夕飯前に、胃薬だけは飲んでおこう……



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 ユリアンたちが集まっていたのは、研究所の対人訓練室。ユリアンを含め5人の男の子と、3人の女の子、それからムラートの男性インストラクターがいた。全員動きやすい服装で、柔軟を行っている。

 ユリアンはイザベルとペアを組み、足を広げて背中を押してもらっていた。男女とも奇数なので、ひと組だけこうなるのだ。

 他の女子二人は、こちらを見て、くすくす笑っている。

「やっぱり、イザベルって、男の子みたいだもんね」

「あはは、言えてる」

 背中越しに、イザベルが落ち込んでいるのが伝わる。何か言い返そうと思って、ユリアンが口を開こうとした時……

「おい。お前ら、そうやってイザベルに嫌味言うのやめろよっ!」

 先にかばいに出た者がいた。バルドだった。

「バルド……」

 イザベルの背中を押す力が弱まり、ユリアンはそっと顔を上げる。イザベルの頬が赤らんでいるように見えた。このときのユリアンに、その理由はまだ分かっていなかったが……

「まーた出てきたよ、バルド。やっぱ、お前、イザベルのこと、好きなんじゃん」

 冷やかしを入れるのは、デニス・クルシュマン。赤毛の髪に、くりっとした悪戯っ子そうな眼、そして鼻の頭のそばかすが特徴的な少年だ。

「ち……ちげーしっ!」

「ははは、照れてやんの」

 柔軟そっちのけで、喧嘩が始まる。男子はつぎつぎそれに加わり、どんどんエスカレートしていく。後ろにイザベルがいたせいで出遅れたユリアンは、女子と一緒にその様子を見物していた。

「コラッ、真剣二ヤラナイト、怪我シマスヨッ!」

 ムラートの教官が、片言のノルトマルク語で仲裁に入ろうとする。と、その時……