複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.21 )
- 日時: 2015/03/24 00:19
- 名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)
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キッチンから、爆音……とまではいかないが、とにかく大きな音がした。瞬間、ユリアンの表情が重くなる。
「ムッティ、シナモンがないよ〜」
「あら、カリーヴルストを作るんじゃないの?」
どうにも、恐ろしい会話が聞こえる。シナモンは、アップルパイなどのお菓子に、香り付けのために入れるのだが……
「だって、シナモンは『スパイスの王様』なんだよ?」
ビアンカは、肩書きだけで判断し、適性という観点で食材を見ていないようだ。
「しょうがないな……じゃあ、ちょっと買ってくる」
———買ってこんでいい!入れんでいい!……というか、そもそも作らんでいい!!
ユリアンは心の中で叫ぶ。
バタンッ……と音がして、ビアンカは出て行ったようだ。
窓の外を見ると、日は傾きかけている。ユリアンは、落ち着きなくソファから立ったり座ったり、そわそわと部屋中を歩き回ったりして、しまいには
「母さん。俺、散歩してくる」
と、外套を取りに行った。
「頼んだわね」
やはり母だ。本心は見透かされているようである。
ユリアンはいつまでたっても成長のない自分を省みて、ため息をついた。それから
「行ってきます」
と、足早に玄関から出て、妹の姿を追いかけた。
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研究所内に警報ブザーが鳴り響く。泥棒が入ったときに作動するものだが、今回は様子が違った。しばらくして、複数の足音が近づいてくる。
「チョット、様子ヲ見テキマス」
教官はまた片言のノルトマルク語を言い残し、訓練室を出て行った。ややあって
バァンッ
銃声が鳴り響いた。
少女たちは悲鳴を上げる。少年たちも凍りついた。これはただ事ではない。そして足音はどんどん近付いてきて、とうとう訓練室の扉が開かれた。
黒い装束。目だし帽をかぶった戦闘員。全員銃を構えていた。
「いたぞ、目標の子供たちだ」
リーダー格と思われる男が、後方に指示を出した。すると、次から次へと戦闘員が入り込んでくる。
少年少女たちは、身構える。中には、震えて動けないものもいた。
それは、あまりに早すぎる実戦。
「うわぁぁぁぁっ!」
真っ先に動いたのは、バルドだった。正面から、目にもとまらぬ速さで突撃する。一瞬遅れて、ユリアンたちも走り出す。イザベルは、恐怖のあまり、一歩も動けていなかった。
———訓練通りだ。まずは、敵の足元を……
ユリアンが、敵にたどり着いた時だった。
「がっ…………!」
強化手術被験者とはいえ、まだ訓練をあまり積んでいない、子供の脚力である。敵の足をからめ取ることもできず、逆に銃で頭を殴られてしまった。
「ユーレッ!」
遠のく意識の中、イザベルの悲痛な叫びが聞こえた。
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「あ……」
ストラスブール WFU本部 ノルトマルク軍駐在官邸。その情報整理室で、クリスティーネはある報告書を見つけた。
「ヴィトルト先輩、コレ見てください!」
「いや、あのね、クリスちゃん……俺、目が見えないんだよ?」
本来は管轄外……というかお呼びでないのだが、ヴィトルトはたまたまそこに居合わせていた。ヴィトルトの身のこなしは普段からあまりに自然だったので、すっかり失念していたクリスティーネは、恥ずかしそうに顔を伏せた。周囲から、くすくすと笑い声が上がる。
「あの……えっと……じゃ、読みますね?」
クリスティーネの見つけた報告書は、和やかな整理室を一変させて、その空気を凍りつかせた。