複雑・ファジー小説

Re: CHAIN ( No.25 )
日時: 2015/03/24 00:26
名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)



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 街中を走り回り、ユリアンはようやく妹の目撃情報を得た。老婆とビアンカが裏通りに入っていくのを、果物屋の店主がたまたま見ていたそうだ。

 路地を曲がり、ビアンカが姿を消した問題の路地に入る。その道を突き進むと行き止まりになる。そこで待ち構えていたのは……

「やっと会えたわね、ユリアン君」

 背の高い、トルコ系の女。少し歳はいっているが、鍛えられた体は引き締まっていて、線の崩れがない。

 先ほどの老婆の顔は、やはりマスクだったようだ。足元に脱ぎ棄てられている。

 その女 エセン・キヴァンジュは、片手でビアンカの体を押さえつけ、もう片方の手には鋭利なナイフを持ち、ビアンカの首元に押し付けていた。
 
 ビアンカは、目に涙を浮かべていた。恐怖のあまり、少しも動けないようだった。ただ兄に向って、消え入りそうな声で「助けて……助けて……」と繰り返している。

「エセン……場所が悪かったな。もう逃げられないぞ」

 ユリアンはエセンを睨みつけた。普段の生活では目にしたことのない、軍人としての兄の姿を見て、ビアンカは茫然とユリアンを見つめる。

「フフッ……アハハハハハハッ!」

 エセンはユリアンの言葉に、高らかに笑い声を上げた。こんな状況で笑うなんて、異常者だ。ユリアンの顔に、警戒の色が濃くなる。この女は、何をしでかすか分からない。

「ユリアン君……私、逃げるつもりは毛頭にないのよ……」

 予想外のエセンの言葉に、ユリアンは怪訝な表情を浮かべる。本当に考えの読めない女だ。

 エセンは気分が高まったのか、ひとりでに物語り始めた。

「2年前……もちろん覚えているわよね。あなたが、私の夫を殴り殺した日……」

 もちろん、忘れるはずもない。そしてユリアンは、任務の後で知った。ユリアンに悪夢を見せたあの男には、当時、妻がいた。

「……旦那の復讐に来たのか。だったら、俺がビアンカの身代わりになる。妹を離してやってくれ。その子は関係ないだろう?」

 ユリアンは両手を上げた。抵抗の意思はないと示す。

 するとエセンは、残忍そうににやりと笑った。

「残念ね……逆よ。この子だから意味があるの」

 エセンの言葉に、ユリアンの片眉がピクリと動く。やはり、マッドサイエンティストの元妻だ。言っている意味が分からない。ただ分かるのは、ビアンカの身が、非常に危険な状況であるということ。

 エセンは、グイッとビアンカの体を引き寄せる。ビアンカは「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。もう、兄の姿が確認できないほど、涙があふれている。

「私ね……あの時、あの店にいたわ。私は戦闘員ではなく、工作員。私が出て行ったところで、あなたたちを止められるはずもなかった」

 もう、エセンの表情から、笑いは消えていた。

「ただ、見ていることしかできなかった……愛していたあの人が、あなたに殺される様子を!」

 声を張り上げ、顔の血管は浮き出て、その表情はあの時のユリアンと同じものだった。

 彼女を突き動かしているのもまた、まぎれもなく憎悪。

 荒らげた声のまま、エセンは続けた。

「だから、あなたにも同じ思いを味あわせてやるっ!あなたの目の前で、あなたの大切な妹を殺してねっ!」

 それは、死刑宣告。

 ビアンカは、とうとう暴れだした。しかし、エセンの腕の力は強く、逃げることはできない。

 感情の高まったエセンは、とうとうナイフを振り上げた。

 ……が、それが痛恨のミスだった。

 カンッ……と音がして、はじかれたナイフが地面に落ちた。

 ユリアンは一歩で距離を詰め、そのスピードのまま、ビアンカから引き離されたナイフを蹴り落としたのだ。

「悪いが……」

 ユリアンは大きく開脚し、そのまま体に回転をかける。

「かわい妹に手を出されたら、こちらも黙ってはいられない」

 そして、一撃目の蹴りのスピードをそのまま乗せて、エセンの脇腹に蹴りこむ。エセンの体はビアンカから引きはがされ、猛スピードで壁に叩きつけられた。その衝撃で、気を失っている。

「お兄ちゃん……」

 あまりに一瞬の出来事だったので、ビアンカはまだ、何が起こったのかを理解していなかったようだ。体が自由になったのを見て、ようやく安心したように声を上げた。

「大丈夫だったか、ビアン……ゴフッ!」

「お兄ちゃぁぁぁぁぁんっ!」

 ビアンカはユリアンの胸に飛びつき、彼の心臓を圧迫させた。ビアンカの強力なしがみつきの前に、妹の頭をなでる余力は、この時のユリアンには残っていなかった。