複雑・ファジー小説

Re: CHAIN ( No.26 )
日時: 2015/03/24 00:27
名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)



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 その少年に初めて会った時、ヴィトルトは14歳だった。ジェラルドに手を引かれるままに連れてこられ、その表情は死人のように色がなかった。

 後にヴィトルトは、ジェラルドから少年の事情について聞かされる。なんでも、強力な幻覚剤を体に打たれ、半狂乱状態で仲間と殺し合わされたんだとか。

 ヴィトルトは、この壊れかけの少年を笑わせてやろうと試行錯誤を繰り返した。すると少年は、だんだんと(鼻で)笑うようになり、ヴィトルトに心を開くようになった。

 ある日、彼は言った。

「ずっと一緒に育ってきた友達を殺すのって、どんな感じだと思う?」

 ヴィトルトは、返す言葉に困った。何も言わないでいると、少年はさらに続ける。

「デニス、アントン、コロナ、ハロルド、グレーテル、バルド、イザベル……みんな、僕が殺した」

 そして、膝を抱えて、顔をうずめた。

「許される訳がない。許してくれる訳がない。僕なんか……生きていても……」

 ヴィトルトは思い出していた。6歳で両親を失った時、預けられていた施設で出会った学園長。彼は幼いヴィトルトの頭を胸に寄せて、言った。

「そんなに大切な人ならさ……きっと、幸せに生きてくれって思ってるよ」
 
 同じ言葉を、今、彼に贈る。

「一緒に戦おう。俺たちみたいな子供が、もう現れないように」

 そう言って、拳を突き出した。少年もつられて突き合わせる。

 少年の涙は、もう、止まっていた。

 ヴィトルトは思う。自分もこの少年を支える一人になろうと。

 感覚の無くなったその拳から伝わる、この痛みに負けないように。



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 地元の警察にエセンの身柄を引き渡した後、ユリアンとビアンカは、事情聴取のため、警察署にとどまっていた。ユリアンの事情聴取は終わり、ようやく解放された。

 取調室横の廊下は、片側に窓が並んでいて、ドレスデンの夜景が見える。窓の向かい側にはソファが備え付けてあった。ユリアンはそのソファに腰をかける。長いため息をつき、両手足を広げてくつろぐ。

 思い起こしているのは、エセンのあの表情。いつかの自分も、きっとあんな風に感情をむき出しにしていたのだろう。

 エセンがビアンカを殺そうとしたのは、ユリアンが彼女の夫を殺したから。ユリアンがエセンの夫を殺したのは、彼が自分たちを殺しあうように仕組んだから。では彼は、なぜそんなことをしたのか。それは、彼の同志が、ノルトマルク軍に殺されたから。

 元をたどれば、みんな幸せの中で生きていたのかもしれない。その幸せがふとした拍子に崩れ、憎悪を生む。憎悪は復讐を生む。そして復讐は、次の復讐を生む。

 ユリアンは「フッ」と笑った。

———なんだ、お前の言った通りじゃないか。

 マーガレットの顔が頭をよぎる。

 敵を憎むあまり、気がつかなかった。相手も同じ人間だ。その人を殺せば、悲しむ人がいるのかもしれない。きっとそれが、マーガレットが人を殺せない理由。

———まったく……頭のいい女だよ、お前は……

 ユリアンは夜空を仰いだ。点々と星が散らばっている。最後に星空を眺めたのは、いつだろう。ずっと、下ばかり向いて生きていた気がする。

———みんな、そこから見ているか?

 またたく星々。それは、みんなの笑顔のようにユリアンの目に映った。

「お兄ちゃん?」

 声のした方を向くと、ビアンカが立っていた。ようやく取り調べが終わったようである。ビアンカを連れてきた警官は、ユリアンと目が合うなり敬礼をした。

「オストワルト中佐。逮捕にご協力いただき、ありがとうございました。本部には、こちらから報告いたしますか?」

 ユリアンは立ち上がり、敬礼をやめるよう手で指示を出す。

「今は休暇中だ。民間人がたまたまテロリストに遭遇しただけだ。名前を出すかどうかは、そちらに任せる」

 軍と警察は、結びつきは強いが、別組織である。

 要は、手柄はくれてやるということだな。警官はそう受け取り、もう一度だけ礼をして下がっていく。

「さあ、帰ろうかビアンカ」

 ユリアンは、ビアンカに向かって微笑む。するとビアンカは、いつものように胸に飛び込むのではなく、ユリアンの腕にしがみつく。

「どうしたんだ?」

「えへへ。かわいい妹からのお礼ですぅ」

 ビアンカの言葉に、ユリアンは先ほどの自分の言動を思い出した。自分から言っておいてなんだが、振り返ってみると、かなり恥ずかしい。ユリアンは、目線を反らして頭をかく。

「けど、すっかり遅くなっちゃったね……」

 ビアンカがしょぼんとつぶやいた。そのとき、ユリアンの頭に、ある良案がひらめいた。

「じゃあ、俺も夕御飯を作るのを手伝っていいか?」

 思ったのだ。キッチンで見張ればいいと。

 そんな兄の意図には気付かず、ビアンカは顔を輝かせた。

「本当?じゃあ、一緒にごちそう作ろう!」

 ビアンカに手をひかれて、ユリアンは警察署を後にする。

 ドレスデンの夜景は、その兄妹の姿を、優しく包んでいった。