複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.29 )
- 日時: 2015/08/28 22:32
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
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リストは、腹立たしそうに石ころを蹴飛ばした。
「ちょっと、ミイラ先輩。散らかさないで下さいよ」
人には言ってはならない禁句がある。
ミイラとは、リストの包帯だらけの身体に対してつけられた、リストの影のあだ名だ。あだ名とは時に、その本人を不快にさせることがある。リストの眉がピクッと動いた。
「うるせぇぞ、露出狂」
振り向きざまにリストも言い返す。
ユトランド軍少佐 ティノ・イングヴァル。名前は北欧系だが、見た目は中東系の美青年だ。難民に非常に寛容なユトランドにはよく、ティノのように難民から軍人になるものがいる。アラブ人特有の太めの眉、愛嬌のある垂れた目、筋の通った鼻。肌は薄い褐色で、全体的に見て、優しい印象を与える。
露出狂というのも、ティノの影のあだ名だ。任務の度に人前で服を脱ぐので、この名がついた。ちなみに、本当にそんな性癖があって、好んで自分から脱ぐのではない。使用する戦闘方法が特殊なので、仕方なく脱ぐのだ。
「ひどいな先輩。とんだ誹謗中傷だ。しかも、こんな病人に向って……」
ティノはわざとらしくせき込んだ。リストは悪態をつき、それ以上は言わなかった。ティノが病人だというのは、半分本当だ。生まれつき心臓が弱く、長時間の激しい運動には耐えられない。それでも、ユトランド四強に数え上げられる戦闘センスの持ち主だ。ちなみにリストもその四強の一角である。
ティノはしゃがみこみ、足元に座っていた少年の首に腕を回す。
「サク〜。僕の味方は、将軍と君だけだ」
そしてすりすりと少年の髪に頬ずりをする。
ユトランド軍中尉 サク・バーナは、無言のまま目を細め、ティノに身を任せていた。サクは北欧系で、肌の色は透き通った雪のようである。白くてふわっとした癖のある髪質で、長い前髪に顔の半分が隠れている。子供らしさの残る顔で、目がつぶらで大きい。
サクは、無表情な上に無言だが、その仕草が可愛いとして、すっかりユトランド軍のマスコット的存在である。そして可愛い外見とは裏腹に、彼もまたユトランド四強に数え上げられている。
「ったく。四強が全員出向くほどの任務かね、これが」
リストはまた小石を蹴飛ばした。今回の任務、どうにもリストは性に合わないのである。リストは血気盛んで、戦場を好む性格だ。瓦礫の撤去に自分の労力を割くのは、非効率だと思っているようである。
「リスト、任務の一環だ。ティノもサクも、ふざけていないでちゃんと参加しろ」
三人の前方から叱責を飛ばしたのは、ユトランド軍准将 ヴィルヘルム・ファゲルート。ユトランド四強最後の一人にして、ユトランド最強の男だ。ペルシャ系特有の黒く長い髪を後ろでまとめている。口元はマフラーで覆い隠し、額と両頬に赤い刺青を入れていた。どこかの家の紋章のようである。
ユトランド軍の中には、もともと『アダーラ』の奴隷として扱われていた者もいて、さまざまな紋章を入れた軍人がいる。レーザーで消す者もいるが、中にはヴィルヘルムのようにあえてそのまま残しておく者もいる。『アダーラ』内で奴隷印は、時に通行手形として働くからだ。
リストは渋々、瓦礫の撤去作業に入った。さすがにリストも、ヴィルヘルムには逆らえない。ヴィルヘルムがユトランド最強と呼ばれる所以は、彼が円卓会議からある認定を受けているからだ。
それはアルティメットソルジャー 通称US。
US認定条件は、使用武術に即死性がある者、または攻撃範囲が広いため自軍を巻き込む恐れがある者。要するに、手加減ができない軍人の総称である。US認定者は片手で数えられるほど数が少なく、WFUの中には保有していない国もある。
ヴィルヘルムはユトランドで唯一のAS認定者だ。四強の中でも彼の存在は、一線を画している。
「ったく、なんで俺がこんな……」
ぶつぶつ言いながらリストは、倒れた家屋の柱を動かそうとする。
「リスト、文句を言うな」
すかさずヴィルヘルムに叱責を浴びせられた。そんなに気に障ったわけではないのだが、リストはその性分のせいでつい言い返してしまう。
「うるせぇな。分かってるよ、フランケ……あ!」
リストはあわてて口を押さえる。すでに遅かった。ヴィルヘルムにはしっかりと聞こえていた。
人には言ってはならない禁句がある。
ヴィルヘルムの場合それは、フランケンシュタイン。マフラーで覆われた彼の口には、ひどい傷跡があるのだ。それがフランケンシュタインを連想させたために、このように呼ばれるようになった。そしてその名は、ユトランド軍の暗黙のルールにおける、絶対的なタブー。
「あ……ちょっと待ってくれ……今のは言葉の綾で……」
ものすごく威圧的な表情で、ヴィルヘルムがこちらに迫ってくる。そして……
「ひ……ひぎゃーーーーーーーっ!!」
……この後リストの身に何が起こったのかは、みなさんのご想像にお任せしたい。
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「はははははっ。ほらね、みんなとても仲がいいでしょう?」
「え……えぇ。そう……ですね」
円卓の間。一部始終を見物していたアーノルドは、また快活な笑い声をあげた。リチャードはまた、反応に困っている。
ジェラルドのせき払いがまた、円卓の間に響き渡った。