複雑・ファジー小説

Re: CHAIN ( No.31 )
日時: 2015/03/24 00:35
名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)

 うっそうと生い茂る夜の森。二人の草を踏みしめる音だけが聞こえる。やがて、その音に風のような音が加わり……

「っ!?」

 それは風の音ではなかった。木々の枝から枝へと渡り歩く、人の気配。

 少年も気がついた。そして恐怖のあまり、泣き出してしまった。マーガレットは、指でそっと少年の涙をぬぐう。

「お姉ちゃんがお化けを食い止めておくから、ここからは一人で逃げなさい。もし、途中で緑の軍服を着た兵隊さんに会ったら、すぐに助けを求めるんだよ?」

 少年は何度もうなずき、泣きながら暗闇に向って走り出した。マーガレットはそれを見届けた後、胸の内ポケットに手を伸ばした。そして取り出したのは、夜間巡回任務前に持たされたピストル。

 片耳を閉じ、反対の耳にピストルを持った二の腕を押し当て、引き金を引く。

 ピューッ

 銃声が木々の間で反響した。これを聞きつけて、間もなく増援が来るだろう。そしてそれより先に

 ヒュンッ

 敵も。

 マーガレットはとっさに後ろに飛びのいた。さっきまで彼女が立っていた位置には、ボウガンの矢が刺さっている。周囲を見渡すと、地面やら木の枝やらに、変わった格好の武装集団がマーガレットを取り囲んでいた。バンダナで髪をまとめ、ゆったりとした中東風のシャツとズボンを着用している。

 所持している武器は、ボウガンと、ジャンビーヤという歪な短刀。しかしこの際、武器は問題ではなかった。彼らの本当の武器は、木から木へと飛び交うこの身体能力。

 マーガレットも失念していた。この平地から攻めにくい地形を、どうやって襲撃したのか。答えは簡単だ。山から攻めたのだ。

「クレフテス……」

 その身のこなしは『アダーラ』がオスマン帝国の山賊から会得したものだ。大昔、アテナイを中心に活動していた盗賊集団クレフテス。山地において、最強の戦闘集団である。

 マーガレットはカットラスを構えた。そしてまずは地上に降りている戦闘員を狙う。一気に距離を詰め、敵にジャンビーヤを出させる。マーガレットは身をかがめて、その切っ先の下をかいくぐった。そして片足で踏み切ってとびあがり、敵の首元にカットラスの鞘を叩きこむ。敵は戦闘不能。マーガレットは着地と同時に、次の攻撃に入る。……普通の条件であれば。

「っ!?」

 マーガレットの左足を、敵の矢がかすめた。一瞬血が流れるが、マーガレットの血液の即硬化性により、空気に触れた瞬間傷口が固まる。しかし、その痛みでマーガレットはバランスを崩し、転倒した。

 マーガレットは海兵である。彼女にとって最も好条件の環境は、船上。理由は単純。船上で戦い慣れているからだ。揺れる足場に慣れていない敵なら、一瞬で片がつく。

 逆に陸上戦には慣れていない。そのため、砂地や傾斜地など足場が悪い戦場では、立体的な距離がつかめない。そしてクレフテスは、そんな戦場のエキスパート。技量以前に、適正の差である。

 マーガレットは坂道を転がり、敵の矢をどうにかやり過ごす。そして勢いをつけて地面から飛び上がり、両足で着地する。その一瞬を突かれて、また敵の矢を受けた。今度は右の二の腕にしっかり刺さっている。矢を抜き取ると、マーガレットの血はまたすぐに止まった。

 この時すでに、マーガレットの体力は限界が近づいていた。いつもなら、このぐらいではへこたれないのだが。

 要因はいくつかある。

 まず、環境条件の悪さ。先ほども言った通り、マーガレットに山地での戦闘は向いていない。そのことによる精神的な疲れがある。

 次に、連続活動時間の長さ。朝から瓦礫の撤去作業に明け暮れ、更に就寝時間も遅らされている。肉体的疲労がピークに達している。

 そして最後、恐らくこれが一番の要因であるが、先ほど負った傷である。血は止まっているし、この程度の痛みには慣れている。しかし問題は、異様にその傷口が熱いことだ。だんだんとその熱は身体中にまわり、全身から汗をかき始めた。

 ボウガンの矢先には毒が塗ってあったようだ。とうとうマーガレットは、その場に倒れこんだ。毒だけで死にはしないだろうが、動けない。ここでヤツらの一斉射撃でも喰らえば、終わりだ。

「くっ……」

 マーガレットは覚悟を決めたように目を閉じた。