複雑・ファジー小説

Re: CHAIN ( No.34 )
日時: 2015/08/28 22:33
名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)


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「ちっ。ノルトマルクめ、美味しいところ持っていきやがって!」

 リストは悪態を突きながらユリアンのもとを訪れていた。

「昨夜の山賊を討ったのは、俺じゃない。俺の先輩だ」

「ああ、あのUS認定者か……」

 リストはそう言ってヴィトルトの方を見る。ヴィトルトは昨晩とは打って変わり、いつもと変わらぬ表情で、冗談を言っては笑っていた。

「……ったく、俺にもあいつらを一瞬で一掃できる力があればなぁ……」

 リストは短絡的にヴィトルトの力を評価しているようだ。ユリアンはヴィトルトの力が、彼が望んで手に入れたものでないことを知っていた。そもそもAS認定者のたいていは、自分からそんな力を手に入れた者ではない。人殺しの技を、人為的に取り付けられた場合が多い。

「お前……ヤツらを殺すことしか頭にないのかよ」

 ユリアンは、半分あきれながら言った。それも、軽くけなすつもりで言った。しかし……

「そうだよ。悪いかよ」

 リストは思いのほか真剣な表情で答えた。そしてそれだけ言い残して去っていく。

———アイツも、昔、何かあったのか?

 リストの後ろ姿が、数か月前までの自分の影と重なった。自分もあんな顔をして戦っていたのか、と、ユリアンはリストの背中を見送る。

「あ、いたいた。ユリアン!」

 明るく無邪気な、子供のような声が辺りに響いた。ヴィトルトはちらりとこちらを見て、にやにやと笑っている。

———アイツ……後で覚えておけよ……!

 ユリアンに駆け寄ってきたのは、小柄なアルビオン女海兵 マーガレット。右腕には包帯が巻かれ、首からつりさげている。左足も負傷していたはずだが、一夜で普通に歩けるまでに回復している。ユリアンも人のことを言えないが、獣並みの治癒力である。

「お前、もう動いていて大丈夫なのか?」

「うん。毒もほとんど抜けたし、右腕の怪我以外はすっかり」

 そう言ってマーガレットはおかしなポーズをとる。ユリアンは子供のころに見ていた、ヒーローアニメの主人公の決めポーズを思い出していた。

「……もうちょっと、左手が下じゃないか?」

「あ。あのアニメ、ユリアンも見ていたの?」

 墓穴を掘って、ユリアンはそっぽを向く。マーガレットはそんな様子を見て、くすくす笑った。

「何だよ。まったく、何しにここ来たんだ!」

「あはは。ごめん、ごめん」

 マーガレットはふざけるのをやめ、姿勢を正す。そして、真っ直ぐにユリアンの目を見た。ユリアンは少し動揺し、ちらちらと視線をそらす。

「オストワルト中佐、昨晩はお世話になりました。リチャード将軍からも、お礼を言ってほしいと伝言を預かっています。本当にありがとう!」
 
 真面目な様子を見せたが、やはりマーガレットである。最後には子供のような笑顔で、明るく締めくくった。

「別に、俺はお前をアルビオン軍キャンプまで運んだだけだ。礼ならヴィトルトにも……」

「うん。もう言ってきた!」

 ユリアンが言い終わる間もなく、マーガレットが返した。マーガレットが、真っ先に自分のところに来たわけではないことに肩を落とす。しかし、ユリアンは昨晩のマーガレットの寝言を思い出し、また顔を上げた。

「……じゃあ、私、戻るね?」

 言うべきことを言ったマーガレットは、すぐにアルビオン軍キャンプに引き返し始める。

「あ、マーガレット……」

 ユリアンが何か言いかけた。マーガレットは振り向いて首をかしげる。

 聞きたいことは山ほどある。昨日、うわごとで自分の名前を呟いていたのは何故か。マーガレットは今、自分のことをどう思っているのか。

 しかしユリアンに、そんなことを聞ける度胸は無く……

「その……おはよう!」

 結局、的外れなことを言ってしまう自分がもどかしい。

「ん?あ、そうか、まだ言ってなかったっけ」

 マーガレットは一瞬、ユリアンの言動を理解できていなかったが、すぐに笑顔になって挨拶を返した。

「Guten Morgen(おはよう)!」

 ネイティブのようにきれいなノルトマルク語で。

 ヴィトルトはその様子を見守りながら、ずっと笑いをこらえていた。