複雑・ファジー小説

Re: CHAIN ( No.41 )
日時: 2015/03/25 21:16
名前: えみりあ (ID: 1SUNyTaV)




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 2年前 バレンシア ヒスパニア軍本部

 今日は、アルビオンとヒスパニアの間に、王帝同盟という軍事同盟が調印されるそうで、ひときわ盛り上がっていた。調印式が終わると、アルビオンの高官たちは視察という名の観光をし、ヒスパニアの高官たちは案内と言う名のご機嫌取りをし、関係のないヒスパニアの一軍人はいつも通りの訓練に戻る。

「……クソッ!」

 ラウルは悪態をつき、木刀を投げ捨てた。

 トゥリア川のほとり、とある公園。本部から歩いて10分ほどの位置にあり、ラウルは一人になりたいときに、よくここに来ていた。今日は誰かと模擬戦をしてきたようで、体や顔のところどころに傷がある。しかし、すぐにここに来たかったらしく、怪我の手当てがされていない。

 ここに来る時はいつも、清らかな川の流れに反し、ラウルの心はすさんでいる。原因は毎回同じだ。

「なんで……姉さんに勝てないんだ……」

 ラウルの悩みは、姉を越えられないこと。

 ラウルとシルビアが親に与えられた物は、この名前だけだった。名前の彫られた籠の中に入れられ、軍の施設の前に捨てられていたそうだ。

 それからはセレドニオのもとで育ち、剣術、体術、射撃、ありとあらゆる訓練を受け、ヒスパニア最強の姉弟とうたわれるようになった。喧嘩はするが仲はよく、今までも二人で支えあって生きてきた。

 ところが、ある時期からラウルは悩むようになった。何度戦っても、姉に勝てない。筋力は勝っているはずだし、背も自分の方が高い。身体的利点で言えば、圧倒的に自分が有利なはずだ。しかし、そこに技術が加わった途端、姉に勝てなくなる。

 しだいに、周りに姉と比べられるようになり、自分でもそれがコンプレックスになってきた。ラウル単独なら有能な軍人と評価されるだろうが、隣にいつも姉がいるせいで正しく評価してもらえない。

———僕個人を評価してくれる人がいればな……

 空を見上げた。ヒスパニアの夏の太陽は、焼きつくような暑さだ。眩しくて目を細める。きっとその後ろには無数の恒星が光り輝いているのだろうが、太陽の光が強すぎて昼間は見えない。

———なんだか、僕たちみたいだな……

 ラウルが感傷に浸っていると……

「あの……すみません……」

 不意に後ろから声がした。振り向くとそこにいたのは、アルビオンの軍服を着た小柄な少女。アルビオン人のようだが、髪の毛に赤い髪が混ざっている。どうやら混血児のようだ。何があったのか分からないが、恥ずかしそうにもじもじしている。

「あの……ヒスパニア軍本部って……どこですか?」
 
 ラウルは一瞬言葉を失った。歩いて10分の範囲で普通迷うか、と。しかも、周囲の建物の合間から本部の屋根は見えている。この地に不慣れな人でも、真っ直ぐその方向に進めば行けるはずだ。

「あー……よかったら、一緒に行こうか?」

 ラウルは苦笑いを浮かべながら少女の方に向かう。少女はラウルの顔を見上げ、驚いたような顔をした。そこでようやくラウルは、怪我の処置をしていなかったことを思い出す。

「大変……傷の手当てをしましょう!」

 少女は自分のことなど二の次というように、ラウルの手を引っ張って公園のベンチに座らせる。ラウルは遠慮したのだが、まったく聞く耳を持たない。すぐ隣に座り、どこからか消毒液やら絆創膏やらを取り出し、慣れた手つきで手当てをしてゆく。

「はい、おわり。これからはすぐに手当てしなきゃだめですよ」

 少女は真っ直ぐにラウルの目を見つめている。ラウルは今この時、彼女なかに自分の存在を確かに感じた。この少女は、自分のことをしっかりと心配してくれている。

「……ありがとう。じゃあ、お礼に本部までエスコートさせてくれるかな?」

「はい、ぜひお願いします!」

 ラウルが手を差し出すと、少女は慣れた仕草で腕をからめてきた。

 歩きながら、二人はたわいのない世間話をした。自分の国の話、自分の私生活の話……そして少女はラウルの避けていた部分に触れる。

「ラウルさんの家族は、どんな人たちですか?」

 ラウルは言葉に詰まった。

 少し考えてから、口を開く。

「姉が一人だけ。僕よりずっと優秀な人でね、いつもダメな自分を反省させられるんだ……」

 そして、精一杯の作り笑いを浮かべた。少女はまだ子供だ。自分の本音にまでは……

「私は、ラウルさんも素敵な人だと思いますよ」

 気がつかないと……

「だって、ラウルさん、見ず知らずの私の頼みでも、すぐに聞いてくれたじゃないですか。それに私、見ての通り混血児だから、よく差別されるんです。でも、ラウルさんはそんなこともしない。素敵な人だと思いますよ」

 少女はラウルの気持ちをくみ取った訳ではない。しかしその言葉は、しっかりとラウルを評価したうえで出た言葉。とうとう現れた、ラウル個人を判断してくれる人間。

「……まだ聞いてなかったな、君の名前」

 ラウルはそっと尋ねる。少女はにっこりと笑って答えた。

「マーガレットです。マーガレット・チェンバレン」

 マーガレットの笑顔は、日の光を受けて喜ぶ花のように、無邪気だった。