複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.49 )
- 日時: 2015/04/13 20:53
- 名前: えみりあ (ID: fTO0suYI)
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6月13日
今日は、家にいません。自分は生まれて初めて外に出ました。
お昼ご飯を食べ終わったころ、家にお客様が来ました。みんな、おそろいの紫色のコートを着ていました。その人たちがまず、お父さんを連れていきました。
影からそれを見ていたら、宇宙服みたいな格好の人たちが、自分を捕まえて、ここまで連れてきました。
この部屋は真っ白な壁に囲まれて、ベッドと、トイレと、机と、お風呂場があるだけです。あとは大きなガラス張りの窓があって、向こうではコートを着た人たちが、難しそうな顔をして、行ったり来たりしています。
ここには、何もありません。お父さんもいません。
いい子にしていたら、また外に出られるのでしょうか?
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ストラスブール WFU本部
夏の日差しが照りつけるロビー。外は陽炎がうっすら見えるが、中はひんやりとしていて少し寒いくらいだ。窓側で日差しを浴びていると、それがちょうど中和され、快適で眠たくなってしまう。
真っ白なソファに座り、セレドニオはすっかり眠りこけていた。シルビアはその寝顔をそっと覗きこむ。目をつむっていると、セレドニオは本当に女性と見間違えてしまう。陽の光に包まれて、穏やかそうに眠っている。
シルビアはそっと、彼に向かって手を伸ばす。
すると目を閉じたまま、セレドニオは彼女の手をつかんだ。寝ぼけながらその人物を確認する。
「あら……シルビアちゃん?」
そう言って、彼女の手を離した。シルビアは心底驚いたようで、手をさすりながら胸元を押さえている。
「ごめんなさいね。長いこと訓練していたら、すっかり癖になっちゃって……呼びに来てくれたの?」
シルビアは声が出ず、とっさにうなずいた。セレドニオはニコリと笑って立ち上がる。そしてそのまま円卓の間へと去っていった。
取り残されたシルビアは、彼の消えていった方を見つめていた。
シルビアの頬は、わずかばかり紅潮している。そしてその表情は、どことなく幸せそうで、それでいて悲しげだった。
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「次」
ソティルの目の前には、武装した『アダーラ』の集団。そして手元には、その一人とみられる男が捕らわれていた。男の襟首をつかむソティルの手は、切り傷だらけで、血がにじんでいた。
ソティルは、手元に支えていた男の身体を、後方に放りあげる。後ろにはすでに、死体の山が出来上がっていた。ドサッと音を立てて積み上げられたその男も、すでに息は無い。
死体の肌は、どれも斑点や黒ずみが見られる。斑点からの出血や、喀血で、赤い汚れが目立つ。
「どうしました?来ないのですか?」
ソティルは、目前の群衆に告げる。『アダーラ』の戦闘員たちは、この惨状に恐怖していた。ソティルの後方では、味方のアテナイ軍さえも近づいてこない。
「では、こちらから参ります」
ソティルは敵軍めがけて突進した。拳銃やピストルを構える者もいるが、揺れる船上では狙いが定まらない。あっという間にソティルは、敵の一人を捕えた。
「ひ……っ!」
ソティルがその男の首に触れた途端、侵食が始まる。
まず、首元に赤い斑点ができ、それは急速に身体中に広がった。そして斑点は血を噴き出し、やがて黒ずんでゆく。全身の斑点が黒くなりだす頃には、その個体の活動は停止していた。
14世紀ごろ、ヨーロッパはある脅威にさいなまれ、人口の3分の1が命を落としたという。それは、人種も身分も宗教も財産も関係なく、多くの命を奪ってきた。その脅威は、野獣の捕食ではない。異民族の進攻でもない。
彼らを苦しめたのは、疫病。通称『黒死病』である。
ソティルの体液には、ソティルの父によって開発された『β−ペスト』と呼ばれる菌が含まれている。ペスト菌をベースにさまざまな細菌を掛け合わせ、皮膚からの吸収力を高め、進行速度を上げ、症状を重症化させたものである。ソティルの血液、唾液、汗、そういったものが毛穴から相手の体内に進行し、リンパ腺に乗って体内をめぐり、組織を破壊する。
その即死効果性を考慮され、ソティルはわずか7歳にして、史上最年少のASに認定された。
そして、この細菌の恐ろしさは、それだけではない。
「う……撃て!!」
戦闘員たちが一斉に銃を構える。ソティルは次々に戦闘員たちを侵食し、その死体を盾に取った。銃弾は死体に当たり、辺りに屍血をまき散らす。屍血に触れた戦闘員もまた、身体を侵食され始めた。
病気の感染経路には、さまざまなものがある。
例えばインフルエンザの場合、咳やくしゃみによる飛沫感染、患者と共通の物に触ったことによる接触感染といったものがある。そしてもう一つ。患者の看病の際に、その嘔吐物などに触れたことによる二次感染。
ソティルの最大の武器は、己の血ではなく、周りの屍血。太古の悪魔『黒死病』のような侵食現象である。
このソティルを敵に回した時点で、勝敗はほとんどついていた。黒い山は、どんどん高くなる。ソティルはその地獄絵図の真ん中で、物悲しく微笑んだ。