複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.52 )
- 日時: 2015/05/03 20:41
- 名前: えみりあ (ID: fTO0suYI)
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「……黒海より、ソティル・メルクーリです」
立体映像として映し出されたのは、アテナイの切り札 AS認定者のソティル・メルクーリだった。声の感じからして、ずいぶんと緊迫している。
「会議中に失礼いたします、ゼノン将軍。先ほど申し上げました通り、アテナイ軍の状況は劣勢。ひどく押されています。どうか、他国に援軍を願い出てください!!」
奥からかすかながら、大砲の音も聞こえる。どうやら戦場のようだ。
しかし今現在、どこかの軍が動いているという情報は、円卓会議では上がっていない。
「……どういうことですかな、ゼノン将軍?」
重々しい声で問いかけたのは、ジェラルドだった。ゼノンは顔色一つ変えないが、その裏に動揺を隠して口を開いた。
「……先月、我がアテナイの、黒海沿岸都市トゥルチャが『アダーラ』の爆撃を受けました。『アダーラ』の進攻は進んでおり、現在我が軍が交戦中でございます……」
「そんなことを聞いているのではない!!なぜ、報告を怠ったのだ!!」
今度はグェンダルが大声を張り上げた。
しかし、グェンダルを含め、将軍たちはそれぞれ、なぜアテナイがこのことを黙っていたのかを理解していた。
理由は単純。アテナイはWFUにおいて、最貧国だからである。
ユトランドには資源がある。アルビオンには造船技術がある。ルテティアには情報網がある。ノルトマルクには経済力がある。ヒスパニアには無敗の戦力がある。アウソニアにはキリスト圏全土における、法皇の支配力がある。
しかし、アテナイには何もない。援軍を頼んだところで、見返りに差し出せるものが何もない。
それを分かっていたからこそ、ゼノンは進言できなかった。
しかし……
「……お集まりのみなさま、今ほどの無礼をお許しください」
それを理解していて、それでも諦められない者がいる。
「アテナイの一軍人がこの場で発言することは、到底許されないことは、承知の上です……ですがっ」
立体映像のソティルは、深く頭を下げた。そしてそのまま嘆願する。
「今もなおアテナイの兵士たちは、一人、また一人と命を落としています。どうか、皆様のお力を、お貸しください!!」
その声は、後半に行くにつれて甲高くなり、その必死さを物語っていた。
しかし、彼らは迷う。
アテナイを援護したところで見返りは無い。むざむざ自軍をすり減らしてまで、兵を上げるべきかどうか……
「エリカ。聞こえますか?急ぎ、ローマに伝令を」
彼らが迷う中、真っ先に答えを出したのは紅一点のドロテアだった。彼女は利己的な考えは持たず、ただ自分の信じる選択をした。
女性は元来、男性よりも情が厚い。これは生物学的観点からすると、女性のみが子供を産めるからだと言われている。将軍以前に女であるドロテアは、利益でなく、道徳を優先して判断した。
これが女の強さ。
ドロテアは自国の通信機の電源を入れ、室外に控えていた部下に連絡を取る。
「は。了解いたしました猊下」
エリカの声がした。しかし彼女の気配は、すぐに遠ざかってゆく。どうやら彼女は、次の行動に移ったようだ。これでアウソニアの援軍が、黒海に突入する。
「……シドニー、マンチェスターから船を……」
「それじゃ間に合わないわ、リチャード君」
それに続こうとしたリチャードを制止したのは、セレドニオ。
「シルビアちゃん。ラウル君に、出撃態勢に入れと連絡なさい。すぐにヒスパニア精鋭班を率いて、空路で黒海に急ぎなさい。本隊は海路で地中海を経由しなさい、と」
セレドニオも心を突き動かされたようだ。彼もまた、母性があるのかは不明だが。
2カ国の認証を得、ソティルは声の限りに叫んだ。
「ありがとう……ありがとうございます!!」