複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.53 )
- 日時: 2015/05/10 18:34
- 名前: えみりあ (ID: fTO0suYI)
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駄目もとの交渉はどうにか成立した。1時間足らずで、ヒスパニアの精鋭班が空路で到着し、『アダーラ』の陸上拠点をつぶしにかかるそうだ。
ソティルは意気揚々と、そのことを仲間たちに伝える。
「みなさん、アウソニアとヒスパニアの援軍が来ます。今しばしの辛抱です!!」
その報告を聞き、真っ先に飛び出してきたのは、リディアだった。ソティルの胸に飛びつき、安どの笑顔を浮かべている。
「ふぇ〜良かったです〜」
ソティルもつられて笑顔になり、くしゃくしゃとリディアの髪をなでた。
周りのアテナイ兵も喜んでいるようだ。いつもは怯えか軽蔑の表情を浮かべる彼らだが、今日に限っては笑顔を向けてくれた。
今、この瞬間、ソティルは確かに人間としての喜びをかみしめていた……
しかし
グラリ
船が揺れた。瞬間、彼らの笑顔が恐怖に塗り替えられる。どうやら、敵船がこの船にぶつかってきたようだ。連絡室の外では悲鳴や、荒い足音が聞こえる。
———敵はこの船を乗っ取る気ですか……!?
「みなさんはここにいてください」
ソティルはそれだけ言い残し、連絡室を飛び出した。戦慄の中を駆け巡り、船の甲板へと急ぐ。
三段飛ばしに階段を駆け上り、ようやく外に出た。そこに広がっていたのは……
「な……っ!!」
見張り役に出ていたアテナイ兵は、ほぼ全滅だった。向こう方は、200人近くいる。船内に攻め込まれれば、ひとたまりもない。
多勢に無勢、しかしやるしかない。守るべき人がいるのだから。
「覚悟してください!!」
ソティルは敵の一個中隊にめがけて、突撃した。
距離を詰め、まずは盾を確保する。手ごろな戦闘員を二人捕まえ、瞬時に骸へと変える。銃弾がはじき出されるたびに、屍血が散る。そしてその血は、炎が燃え広がるがごとく、戦場を黒く染める。
向こうは、一人だからとあなどっていたようだ。ソティルの戦いを見て、ようやく本腰を入れる。
混戦状態になり、戦闘員たちは射撃を止め、武器をタルワールに持ち替えた。そして一斉にソティルに切りかかる。
最初の一瞬、ソティルは微動だにしなかった。敵の刃がソティルの腕を切り裂く。
これをソティルは待っていた。
先ほどより多くの血が流れ出し、鮮血が辺りにまき散らされる。黒の侵食は、確実にその速度を上げていた。
『黒死病』再来。
ペストは元来、ネズミに流行する病気だった。ノミなどの虫がその生き血を吸い、さらに人間など他の動物にも噛みつくことで、異種生物に伝染していった。今やこの『ペスト』という名は、ハエやダニ、ネズミのような、人間に害を与える小動物を表す言葉としても用いられている。
思い起せばソティルも、それらと変わりは無かった。人に害を運ぶ者。害虫。言われようはさんざんで、扱いも人権など考慮されていなかった。
しかしある時、ソティルを人間に変える者が現れた。
———リディア……!
遠きあの日、あの少女はソティルの隣に座り、ソティルを仲間として認めてくれた。絶対に死なないその少女は、ソティルの手を握ってくれた。その手の温かさ。それが今のソティルを突き動かしている。
———あなたは……
あの日からソティルは、人間になった。リディアにとっての、一人の友人となった。
そのことが、どれだけソティルを救っただろうか。リディアはソティルのそばにいることで、壊れかけていたソティルの心をつなぎとめ、守っていた。
だからこそ、今、その恩返しに……
———あなたのことは、自分が守り抜きます!
