複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.54 )
- 日時: 2015/05/16 21:36
- 名前: えみりあ (ID: fTO0suYI)
うなりを上げ、今以上にその猛威をふるうその姿に、『アダーラ』の戦闘員たちは恐怖のまなざしを向けていた。その姿は、もはや人間ではなく、猛獣。
そのような目は、今に始まったことではない。ソティルは他の人間の目に、自分がどう映っていようと構わなかった。ただ一人、自分を人間として認めてくれる彼女さえいれば……
敵の数は、最初の1割にまで激減していた。彼らはきっと、後悔していることだろう。この化け物に、宣戦布告をしたことを。
ソティルは、残る戦闘員たちを船の縁に追い詰めた。その姿は、彼らを捕食するような殺気を放っている。そして、その一人に狙いを定め、襲いかかる。
パァンッ
銃声が響いた。
「!?」
足に激痛が走った。ソティルはその場に倒れ込む。
———他にも兵が、隠れていたのですか……
積み上げられたコンテナの影に、人の姿が確認できた。ソティルは全員を縁に追い詰めたと見ていたが、取りこぼしていたようだ。
続けざまに何発か銃弾を撃ち込まれた。肩、膝、手足を中心に銃弾が食い込む。銃声が響くたびに、ソティルは悲鳴を上げた。向こうはソティルを楽には死なせず、急所は最後に狙うつもりらしい。
「仲間の無念、思い知れ!!」
戦闘員の内の一人が叫んだ。彼の銃口は、とうとうソティルの頭部に向けられた。
パァンッ
乾いた音が響き……
「リ……リディア……?」
鮮血が飛び散る。
ソティルは目を見開いた。目の前には、自分が守ろうとした少女が、自分をかばうために覆いかぶさっている。
「くそ……仲間もろとも撃ち殺せ!」
先ほどの男が、指示を出した。次の瞬間、銃弾の嵐が、リディアを襲う。激痛に顔を歪め、それでもリディアはソティルを離さなかった。
「大……丈夫……?」
口から血を吐き、ぎりぎりの状態でリディアがソティルの身体を抱きしめた。
彼女を傷つけたくない。守ると誓ったはずなのに……
またこの少女に守られている。
いくら死なないと言っても、体力の限界が来たのだろう。リディアはとうとう膝をつき、ソティルの上に倒れ込んだ。
「リディア……リディア———————ッ!」
その叫びは、銃声にかき消されて誰にも聞こえない。もっとも伝えたい、彼女にも……
+ + +
ヒスパニアの援軍が間に合ったようだ。敵の攻撃はいったんやみ、アテナイ兵は傷ついた兵士の救護に当たっていた。
防護服を着たアテナイ兵が、ソティルとリディアの治療を行っている。リディアの方はすでに再生が始まっているが、意識不明の重体だ。ソティルも出血が多くて、縫合と輸血を施されている。
二人とも、返り血や自身の血で汚染が激しく、医務室に運べない状態だった。二人揃って、甲板に寝かされている。
ソティルは重たい身体をどうにか動かし、這うようにしてリディアのもとに寄った。リディアは穏やかな寝息を立て、ひとまず眠っている。
リディアはアテナイ軍によって生み出された『死なない』軍人。しかしその表現には少し語弊がある。
リディアは正確には『病気や怪我では死なない』軍人。リディアの再生能力は、活発な細胞分裂によって支えられている。そして彼女も生物である以上、細胞分裂の回数は決まっている。
つまり不老不死ではない。寿命がくれば、老いて死ぬのだ。
さらに言うならば、彼女は傷を再生するたびに、人外のスピードで細胞分裂を行っている。つまり、彼女にとって怪我を負うこととは、寿命を縮めることにつながるのだ。
「リディア……もうこんな無茶はやめてください……」
ソティルはリディアを起こさないように、そっと彼女の額に口づける。
「自分は……永遠にあなたのそばで、あなたを守りたい……」
+ + +
「ドロテア!!深く考えもせず、あんなことを言うなよ!!」
今日は珍しく、ルーカスが怒っていた。アウソニア将軍 ドロテアの部屋に入るなり、自軍のトップを怒鳴りつけている。恐らく他国では、想像もつかない光景だろう。
しかしドロテアは、そんなルーカスの非礼に怒るそぶりは見せていない。どうやら彼女自身、ルーカスの言葉に反省させられているようだ。
「今回は勝利をおさめられたから良かったけど、もししくじったら、枢機卿っていったって、無事では済まないんだぞ!!」
親子ほども年の離れた青年の叱責を受け、ドロテアは苦笑した。
「本当ですこと……心配をかけましたね、ルーカス」
ルーカスは、いやに素直になったドロテアを、これ以上は叱りつけられなかった。
———しょうがない。俺はこの人が可愛いんだ……