複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.57 )
- 日時: 2015/05/23 21:45
- 名前: えみりあ (ID: fTO0suYI)
第七話:PROMISE
ベルリン ノルトマルク本部
ノルトマルク軍大佐 ヴィトルトは、本部内のカフェテリアで人を待っていた。残念ながらその人物は、彼の恋人ではない。
ヴィトルトは既婚者である。そのため、仲の良い後輩に、よく恋愛相談をされることもあった。本人は『恋愛』相談というと、顔を真っ赤にして否定するのだが。
それはさておき、どうもその後輩の恋の雲行きがどうもあやしくなったようだ。それで、いつもは素直じゃない後輩も、今回は先輩の経験に頼ることにしたらしい。ヴィトルトは、電話で詳しい話を後輩から聞き、直接後輩に会って相談に乗ることにした。事前に下準備もしておいて……
「すまん……遅れたか?」
ヴィトルトが持ってきた書類をそろえていると、例の後輩がやってきた。その後輩は、ヴィトルトの向かい側の席に座る。
「いいや。それより何か頼むかい、ユリアン?」
ヴィトルトの後輩 ユリアンは、無言のまま首を横に振った。
「悪いな、相談に乗ってもらって……」
どうも、いつもに比べると、元気がない。これは早急に本題に入った方が良さそうだ。
「……俺、なんか……勘違いしていたみたいだ」
ヴィトルトが切り出す間もなく、ユリアンはひとりでに話し出した。
「最初の任務で、あいつの信念を貫く姿を見て、それからずっと、あいつのことを考えるようになっていた……それでポトカルパチェであいつの寝言聞いて、一人で舞い上がっていた。馬鹿みたいだろ?そんな急に両想いになんかなれるわけねぇのに……」
そうとうショックを受けているようだ。後半の声が震えている。
「……それで、お前はこれからどうしたいんだ?」
ヴィトルトは、飾り気なく聞いた。下手に機嫌を取るより、率直に聞いた方がきっとユリアンも傷つかないだろうと思ったのだ。
ユリアンは一息つき、呼吸を整えてから答える。
「……なんていうかさ、俺もこんな気持ち、初めてで……諦め方が、分からない……」
間接的ではあるが、それが彼なりの答えだった。ようは、向こうに恋人がいても、諦めきれないということらしかった。
「そっか……よかった」
ユリアンは怪訝な表情を浮かべる。ヴィトルトは何を思って『よかった』と呟いたのだろうか。
ヴィトルトは、手にしていた資料をユリアンの方に向けた。ぱっと見たところ、どうやら、アルビオンの過去の記録のようだ。
「結論から言うとな……お前にも勝算はある」
ヴィトルトは自身満々に答えた。そして資料を1ページずつめくっていく。目が見えない彼は、ページ数を数えながら問題のページを探っている。
「ユリアン、おかしいと思わないか?確かお前から聞いた話では、マーガレットちゃんのペアリングは、両方ともあの子が持っていたんだろ?」
ユリアンはまだ意味を理解していないようだ。不思議そうに首をかしげている。
「あのな。ペアリングってのは普通、恋人同士で片方ずつ持つものだろ?」
それでユリアンもようやく分かった。確かに、言われてみれば妙だ。それに、マーガレットの飾っていた写真もずいぶん昔のものだった。
———つまり、ジュリアンとマーガレットの関係は終わっている……?
しかし、ここでもう一つ疑問が残る。ではなぜ、マーガレットは別れた男のペアリングを持っているのか。それほどその男に執着しているのか。
———いや……違うな。
ユリアンは思い出していた。2回目の任務の時、二人きりになった談話室で、シドニーが言っていた言葉を。
『あの子の仲間はね……みんな死んだよ。たくさんの苦難を乗り越えて、彼女だけが生き残った』
ヴィトルトはユリアンの顔を見なくても、その空気で察した。どうやらユリアンも感づいたようだ。
———おそらく……
「ジュリアン・モリス君……彼ね、3年前に死んでるよ」
ヴィトルトの指し示したページには、あの写真の少年が、仏頂面でこちらを睨みつけていた。