複雑・ファジー小説
- Re: CHAIN ( No.59 )
- 日時: 2015/06/06 21:25
- 名前: えみりあ (ID: p81XYxhw)
戦史指導教官のアマデウスは全員の答案を返却し終えると、教壇に戻った。生徒たちもそれぞれ、自分の席に着いた。机の上にはそれぞれ、授業や庶務連絡で使う電子端末が置かれている。
「さて、お前たちも13歳になり、今期でこのアカデミーを卒業する。今日は、卒業後の流れについて説明しておく」
そう言ってアマデウスは、教壇の端末に操作をくわえた。すると、生徒のそれぞれの端末にテキストが送られる。生徒たちは一斉に、そのテキストを開く。
「まず、お前たちの最終目標について確認しておこう。お前たちがこのアカデミーで培ったものは、『アダーラ』の重要幹部 ハーリド・カルザン討伐のための技術だ」
生徒たちは、緊張した面持ちでうなずく。
ハーリド・カルザン……WFUに登録されている第一級犯罪者リストでも、危険度№1として記載されている男だ。彼は『アダーラ』の一流派、カルザン流の現師範。世界最強とうたわれる剣士である。
彼が、危険度の最も高い犯罪者とされている理由、それは彼の殺したWFU軍人の多さだ。過去5年だけでも、一万人近くの兵士が犠牲になっている。
そんな危険犯罪者を野放しにできなかったため、アルビオンは13年前にハーリド討伐計画を発表した。内容は、親の同意のもと、生まれたばかりの赤ん坊を軍が引き取り、ハーリドを倒せる人材に育て上げること。子供を差し出した親には、莫大な資金が与えられる。そのため、アルビオンの貧困層の娼婦たちは、こぞって自分の子供を国に提供した。
そうしてかき集められた50人の少年少女たち。彼らの運命は、すでに敷かれたレールの上だった。
「何度も話したと思うが、アカデミー卒業後、お前たちは改血手術という強化手術を受けてもらう。そして手術成功後、お前たちはアルビオン軍海兵隊に入り、ハーリド討伐に向けて本格的な訓練に入る……何か、質問はあるか?」
アマデウスは、講義室内を一瞥する。手を上げる者はいなかった。
「では、私からの話はこれまでだ。解散しろ」
アマデウスはそう言い残し、講義室を後にした。彼が出ていって初めて、生徒たちは席を立つ。しっかりと訓練されて、めりはりのついた行動を取っている。
休み時間早々、マーガレットに話しかける者がいた。
「よかったわね、マーガレット。力量不足でも卒業できて」
訓練生女子のリーダー的存在、パトリシア・トムソンだ。ブロンドのひっつめ髪、鋭い碧眼、アルビオン貴族にも見間違われそうな容姿だ。彼女の成績は、座学4位、戦闘実技6位と、女子生徒の中ではトップ。そのため、いつも取り巻きを連れて、マーガレットを集中的にいじめていた。
周りの女子たちも、マーガレットを見下しては嘲笑っている。他の者も、見て見ぬふりか、あるいはにやにやと笑っていた。
「おい、マーガレット。そんな格下の相手なんかしてないで、さっさと昼飯食べに行くぞ」
「俺、腹減った〜」
今にも講義室を出ようとしていたジュリアンとクィンシーが振り返り、マーガレットに助け船を出した。かなり歪んだ変化球ではあるが、パトリシアたちには効いたようだ。悪態をつきながらも、引き下がってゆく。
「あ……今行くね!!」
マーガレットは席を立ち、出口に向かって走る。すると、通路に出された足に引っ掛かって転んでしまった。周りから嘲笑が浴びせられる。
泣きそうになりながらも、マーガレットは上体を起こす。すると……
「くだらねぇことしてんじゃねぇよ、クズ」
「やーい、クズ」
すぐさまジュリアンが戻ってきて、足をかけてきた男子生徒の胸倉をつかんでいる。その横で、クィンシーはマーガレットに手を差し伸べ、そっと起こしていた。
マーガレットの手を握る、その姿もちらりと目にとまったジュリアンは、今度はクィンシーの方を睨みつける。
「……お前もな、クィンシー」
「え?何で俺?」
マーガレットは、素のままの二人を見て微笑み、二人に続くように講義室を後にした。