複雑・ファジー小説

Re: CHAIN ( No.65 )
日時: 2015/08/28 22:26
名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)




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 アデン湾岸都市 ベルベラ

 ひそかに上陸した少年少女たちは、気配を消して、夜のベルベラ基地に忍び込む。外壁を登り、音を立てずに、外壁内部に侵入する。13歳とは思えぬ、洗練された身のこなしだ。

「……入るぞ」

 ジュリアンの言葉に4人はうなずき、基地の内部・幹部会議室へと足をすすめた。



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「お聞きですか、ハーリド。アルビオンの子童どもが、あなたの首を狙っているのだとか……フフフッ」

 月明かりの差し込む聖堂。修道服に身を包んだ聖職者たち。彼らの任務であるはずの聖域の防御は叶わず、ただその男たちの足元に、骸となって転がされていた。

 ほとんどの遺体には、首がつながっていない。一瞬で、その最期を迎えたことが、見て取れる。

 そんな死体たちの真ん中で、その男は、無表情で立っていた。剣の切っ先から滴る鮮血を拭き取り、鞘に納める。その様子を見た者は、あることに気がつく。この男の左腕は、ひじから先が切断されており、その刃は彼の腕に、直に装備されているのだ。左腕に鞘を被せおわると、彼は器用に、もう片手に持つ剣にも鞘を被せる。

 月明かりに照らされた、白い装束。しかし、今は元の色が確認できないまでに、鮮血で汚れていた。サングラスの下から見える古い戦傷、それが彼の経歴を物語っているように見える。

 ハーリド・カルザン……WFUが認知する中で、最強最悪、言葉では言い尽くせないほどの、非人道的殺戮者であった。

 その殺戮人形に対し、明るく語りかける者がいる。赤いコートに身を包んだ男。フードで顔が隠れ、その表情は確認できない。

 ハーリドは、その男を無視して、聖堂を後にした。すれ違う際、フードの男は苦笑いを浮かべたようだ。

 ハーリドの後ろ姿は、死神と呼ぶにふさわしい、恐ろしさをまとっていた……



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 先頭を行くジュリアンが、不意に足をとめた。海兵として訓練を受けたマーガレットたちだが、その中でもジュリアンの才能は、頭一つとびぬけていた。他の3人がそれに気がつくには、数秒の時間差を要した。

 4人は身を固め、声をひそめ、静かに向こうの音に耳を傾ける。切り詰めた空気が漂っていた。

[どうした、ジュリアン?]

 ジュリアンの腰に下げられた無線機から、アマデウスの声が聞こえる。アマデウスは、その張りつめられた空気を察したのだろう。いつも通り感情を見せない口調だが、心配そうにこちらの様子をうかがっているようだ。

「……申し訳ありません、教官。敵に気付かれました」

 ジュリアンが答えた直後、進路と退路を塞ぐようにヤツらが現れた。『アダーラ』の戦闘員。全員が銃を構え、こちらに銃口を向けている。

 それに対し、訓練生たち4人は、背中あわせに立った。進路方向にはジュリアンとマーガレットが、退路方向にはパトリシアとドミニクが、それぞれ剣を構えている。

———落ち着け。訓練通りに行けば大丈夫だ。向こうは一般兵。こちらは強化兵4人だからな……

 ジュリアンは息を整え、さっと剣を抜く。そして、先陣を切り……

「はぁっ!!」

 一歩で敵までの距離を詰め、カットラスを一振りする。ゴトリ……と音がして、敵の首は地面に落下した。

 『アダーラ』の戦闘員たちは、一瞬、何が起こったのか分からなかったようだった。気がついた時には、仲間がやられていた。

———間抜けな奴らめ……

 ジュリアンはそのまま、二人、三人と敵を切り倒してゆく……

「お前……どうやってその技を……!」

 戦闘員たちは困惑した。その華麗な舞は、こちら側の切り札だったからだ。それを敵に盗まれた。

 ハーリドが師範を務めるカルザン流。もちろん、彼らがその武術を敵に広めた訳ではなかろう。では、どうやって……?

 ジュリアンたちは、その武術を教わったのではない。真似たのだ。

 訓練生たちは、カリキュラムの一環で、ひたすら仲間の海兵たちがハーリドの餌食になってゆく映像を見せつけられた。物心がついてすぐの頃からだ。

 何度も見て、何度も真似て、繰り返し、繰り返し、覚えた動き。これまで育てるのに、13年の年月を要した。すべては、その剣舞の源流を断つために。それが、アルビオン式カルザン流。これが、アルビオンの執念。

 『アダーラ』の動揺は大きく、戦況はやや訓練生たちが優勢のように思われた。しかし……

[何をしている!!早く剣を抜かんか!!]

 未だに剣を抜けず、その場から動けずにいた少女に、無線機越しにアマデウスの叱責が飛んだ。

 マーガレットだった。彼女は鞘をつかみながらも、剣を抜くことができず、ただただ震えていた。

「だ……駄目です教官……私、やっぱり、人を殺したくない!!」