複雑・ファジー小説

第16章 リリナside ( No.152 )
日時: 2015/05/24 11:43
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

【第16章】

「なんだ、この計画書は!」
僕の顔に書類が投げつけられた。
投げつけたのは僕の父だ。
父上は怒りで顔が真っ赤になっている。
「貴様はこれでもハッツガグの跡取りか!進行があまりにも遅すぎる!」
確かに父上の言う通りだ。
当初の計画より10日ほど遅れている。
僕は頭を下げた。
「申し訳ありません、父上」
「鞭を使え。鞭を使わないなど例え一流の建築士でも無理だ。彼は異国の者だからその辺りの事情はわからないだろう」
進行が遅れている一番の原因は依頼人による契約のせいだった。

依頼人はセージという黒髪の男だった。彼は異国の商人だと聞いた。
『マカロン』という菓子を大量に作るため、獣人小屋を改築するようだ。
これが僕の初めての仕事だった。
契約の日にセージと顔を合わせる。柔和な顔立ちだが、どこか威厳があった。
猫の獣人が紅茶とマカロンを出す。
これが噂で聞いたマカロンか・・・・・・。セージが作るマカロンが一番美味しいという噂だ。
しかし、獣人が出したものを僕に食べさせるのか。
僕は紅茶とお菓子を口に入れなかった。
彼は僕にある条件を付けてきた。
「獣人たちに暴力を振るわない。これを約束できないのなら、いかなる場合であっても契約を解除します」
そんな約束はできない。
獣人は人間よりも力が強い。
だから普段から彼らには、獣化防止の首輪や足枷をつけ、鞭を振るって言うことを聞かせるのが常識だった。
しかし、セージはそれを禁じた。
「そんなっ・・・・・・反乱が起こったらどうするのだ」
「申し訳ありませんが、私もお答えしかねます。ここにいる獣人たちに影響を与えますので、できる限りお願いします」
不安に思っていることを聞いても答えてくれなかった。
この契約を受けないほうがいいだろうか?
しかし、契約せずに帰ると父上に怒られるような気がした。
僕は歯を食い縛り、契約書にサインをした。
戻って父上に報告をしたら「なんと無茶な契約をしたのだ!」と怒られた。
父に認めてもらうには、この仕事を遂行させなければならない。だからがむしゃらだった。

やはり鞭を使うべきだろうか?
しかし、契約に違反してもいいのだろうか?
僕は真新しい鞭を鞄の中にいれた。

第16章 リリナside ( No.153 )
日時: 2015/07/08 22:29
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

予定では今月が終わるまでに改築は終わる。

最初は獣人たちは反抗したり、サボったりしていた。
これでは仕事ができないかもしれないと思った。
すると、サイトという牛の獣人が勝手に仕事を手伝いだした。セージも「サイトが邪魔なら、俺から言っておくけど」という。
サイトは仲間に「おつかれ」など声をかけ、言葉は少ないが仕事も的確だ。
他の獣人たちにいい刺激になっている。
サイトがいるといないとでは大違いだ。邪魔どころかむしろ助かっている。獣人たちは大人しくなって仕事がはかどるのだ。
獣人ごときに手助けされて悔しいが、どうしても断れない。
ルチカという猫の獣人もパンと飲み物を配ったりしている。
僕が受け取らないでおくと、傷ついた顔をする。
当たり前だろう。僕が獣人と同じものを食べられるか。

しかし、計画はなんとか進んできた。
大変だったが、色々学んだ初仕事だった。
勉強と実際の仕事は違うと実感した。
この仕事が成功したら、僕はハッツガグの跡取りとして、本格的に歩むんだ。

今日は父上に怒られたから、気分が晴れなかった。
座り込んでだらだらしている獣人が数人いる。
やはり鞭は必要だろうか。
鞭を使わないとセージと約束したが、1度ぐらいは仕方ないだろう。
僕は鞄から鞭を取り出そうとした。
そのとき、後ろから肩を叩かれる。
振り向くと、男女二人が立っていた。
二人とも不気味な笑みを浮かべている。
「へえ、ここの現場監督はなかなかカワイコちゃんじゃないか」
「労働基準法第5条、強制労働の禁止・・・・・・。違反すると、基準法で最も重い罰則が適用されるわよ」
何なんだ!?この二人は!
酒臭いし、酔っぱらいか!?
恐怖で体が動かない。
そのとき、セージたちが駆けつけた。知らない人もいる。
「伊藤さん、ここは日本じゃないから!」
「フォルド、セージの仕事を邪魔するんじゃない!」
そして、セージは僕に頭を下げる。
「すみません!この二人のことは気にせず、作業を続けて下さい」
そう言って二人を連行して去っていった。

Re: リーマン、異世界を駆ける【参照2000、ありがとー!】 ( No.154 )
日時: 2015/05/25 19:42
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

あの二人が連れて行かれても、僕はしばらく動くことができなかった。
色々衝撃的すぎるよ・・・・・・。
「なあ、次はどうすればいいんだ」
サイトに声をかけられて、我に返った。
僕は計画書を見る。
「えっと・・・・・・次は壁の塗装だ」
「わかった」
そして、サイトは僕の部下に声をかける。
皆は僕よりもサイトのほうが言うことを聞く。
そしてサイトもルチカも主人のために自ら考え、動いている。
それに比べて僕は才能がないのだろうか・・・・・・。
勉強も何をやっても中途半端で、いつも父に怒られる。
おまけにこの容姿だ。男だらけの建設業界では不向きだ。
女や子供扱いされたのは一度や二度ではない。
どこか名門の貴族の役人のほうがむいているかもしれないな。
そうしたほうが父上も喜ぶだろうか。
後ろ向きなことを考えると、気分まで落ち込んできた。

ルチカという猫の獣人がお茶とお菓子を配っている。
獣人たちは笑顔で受けとる。彼らはこれを楽しみにしている部分もある。
ルチカは僕に近づいてきて、「よかったらどうですか?」とお菓子を差し出す。
僕はいつも受け取らないんだが、学習しないんだろうか?
どうしていつも悲しそうな顔をするんだ。傷つくのが嫌なら声をかけなければ済むのに。

いつもサボっている獣人が資材にもたれかかった。
その資材崩れて地面に落ちる。
その先にはルチカがいた。
突然のことでルチカは動けないようだ。

危ない!

僕の体は勝手に動きだした。
立ち止まっているルチカを抱いて、そのまま前に倒れた。
背後で資材が地面に落ちる音がした。

ルチカは驚いて僕を見ている。
気がついたらルチカを地面に押し倒した姿勢のままだった。
僕は慌てて起き上がる。
「なんだよ!そんな目で見るなよ!」
そう言って、ルチカから離れた。なんで胸がドキドキしてるんだろう。
ルチカは小さく言った。
「ごめんなさい、ありがとう」
『ありがとう』だと?
獣人から感謝の言葉を言われるのは不思議だ。
しかし、初めてではない。なんだろう、なにか大切なことを忘れているような気がする・・・・・・。

第16章 リリナside ( No.155 )
日時: 2015/05/26 19:53
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

資材を倒した獣人たちは気まずそうにあたふたしている。
まさか同じ獣人に危険な目にあわせることになるとは思わなかっただろう。
獣人の一人は言った。
「猫の癖によけられないのかよ」
「お前がそこで突っ立っているからわるいんだ!」
ルチカは皆のために菓子を配っている。ゴミを拾ったり掃除もやっているのも見た。
いつも仕事をサボって怠けているくせに、自分のことを棚にあげて彼女を罵倒する獣人の態度に怒りを感じた。

そのとき、セージが走ってやってきた。
「ルチカ、リリナさん大丈夫か!」
ルチカはセージの姿を見ると、駆け寄った。
彼女の怪我が無いのを確認してから、獣人たちを見た。
「お前らさ、ルチカに謝らないの?」
獣人は反論した。
「関係ないのに勝手にうろちょろするからだ」
「そうだ、主人に尻尾ふってたらいいんだよ」
依頼人の前でなんてことを言うのだ!
しかし、セージは怒るどころか溜め息ついた。
「そうか。お前らもういいよ。ルチカもこれから一切こいつらに食事は配るな」
彼から聞いたことがないぐらい冷たい声だ。
ルチカは頷かず、固まってしまっている。
突き放すような言い方に焦ったのは獣人たちだ。
「ま、まてよ。鞭はうたないのかよ」
普通ならこれほどのことをすれば鞭を打って無理矢理働かせる。
しかし鞭を打たないかわりに、菓子を配らないという制裁は効いているようだ。
ルチカが配っている菓子を楽しみにしている獣人は多いからだ。
セージは言った。
「やる気ないやつはどうでもいい。そこまでして働いてもらおうとは思わないから。
でも働かないのなら報酬がないのが当たり前だろ。ノーワーク・ノーペイだ。
あとの処分はリリナさんに任せる」
僕の名前を出されたため、僕に注目が集まり、緊張した。
僕は緊張しながら上手く動かない口を開いた。
「まずはルチカに謝罪だ。それから崩れた資材の片付けをしろ」
獣人たちは素直に従う。
ルチカの近くまで歩み寄り、ぎこちなく謝罪の言葉を口にする。
僕もルチカに謝った。僕の監督不行き届きだからだ。

第16章 リリナside ( No.156 )
日時: 2015/05/27 19:11
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

やはり僕はこの業界に向いていないのだろう。
奴隷たちを指導できず計画が遅れて、依頼をまともにこなせていない。
さっきの出来事はルチカを怪我させるところだった。
依頼人の奴隷を傷つけるなんてもってのほかだ。
今の仕事が終わったら、どこかの貴族の役人になろうと決心した。
これ以上誰かに迷惑をかけるわけにはいかない。
僕はこれからセージに謝罪するところだ。彼がいなければ、獣人と揉めていただろう。
「先程の件、まことに申し訳ありませんでした。僕の責任です。注意までしていただき、お恥ずかしい限りです」
「いいよ。で、あの人たちどうするの?
処分はさっき言ったように任せるよ。鞭打ちしてもいいよ」
セージから鞭打ちを許可されたので、処分は僕の好きにしてもいいのだろう。
しかし僕は首を振った。
「いいえ。彼らにもう一度機会を与えてもいいですか?」
彼らは本当に反省している。ルチカに対して無礼なことを言ったことも謝っていた。
セージは目を見開いて僕を見る。
僕は間違えたことを言ったのだろうか。不安になった。
しかし、セージは柔らかく微笑んだ。
「構わないよ。よく言ったな、頑張れよ」
セージに誉められ、応援された。
今まで父に『当たり前のことだ』と誉められたことはなかった。
僕はセージに「ありがとうございます」と頭を下げた。
すると、僕の頭をセージはぽんぽんと優しく叩く。
僕は驚いて慌てて後ろに下がった。子供扱いされたが、不快感はなかった。
セージは言う。
「誰でも最初は失敗はある。これから頑張ればいい。リリナさんは責任感も根性あるし、頑張ればこれから伸びると思うよ。
時間はかかってもいいから、やってみろ」
セージも初めて会ったときの印象から冷たい人物だろうと思っていた。
しかし、実際は優しい人だということがわかった。
セージの獣人がなぜあんなに慕うのかわかったような気がする。
僕は彼の期待に応え、立派な厨房を建設しようと思った。

第16章 リリナside ( No.157 )
日時: 2015/05/28 20:39
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

あれから十数日。
あの件のお陰でで今までよりも、なんだかすっきりして仕事に取り組めたような気がした。
サイトとも仲良くなり、彼と会話することが増えた。
彼はスイギュウ族の村長の息子で、サイトは「親父に憧れていたんだ」と言う。
いい父親みたいだったな。いつもその父親の背中を見ていたから、指導者としての素質もあったんだな。
僕は「サイトならきっとお父上みたいになれるよ」と言った。
セージはサイトにあまり僕の仕事を取らないように注意するけど、サイトの行動から僕は刺激を受けることが多い。

「サイト、リリナ様、いかがですか?」
ルチカはお菓子を配っている。
皿の上には四角くて肉や野菜が挟まったパンが乗っている。
サイトと僕は1つ受け取った。
大きさも一口サイズで手をあまり汚さずに手軽に食べられる。
しかも仕事の合間に少し口に入れたほうが、頭も身体もよく働くのだ。それは獣人も同じだ。
昔の僕なら獣人と同じものを絶対に口に入れなかったが、今はこうして抵抗なく食べられる。
ただパンをとっただけでルチカが嬉しそうな顔をしてくれる。幸せそうだな。
今まで維持を張っていて申し訳なかったと思う。
ルチカは他の獣人たちに配っていった。その後ろ姿を無意識に目で追う。
「あいつは諦めな」
背後から声が聞こえた。振り向くと、ツバサが同じものを食べていた。
こいつ、僕と同じぐらいの年かと思ったけど、ルチカより年下なんだな・・・・・・。
ツバサは続ける。
「ルチカはセージのことが好きなんだ。お前のようなガキには無理だ」
「なっ・・・・・・ガキだと!?貴様の方がガキだろう。
勘違いするな、僕はルチカのことなんてなんとも思っていない」
ツバサはニヤニヤと「そういうところがガキだっての」と言う。
ルチカのセージに対する思いはなんとなくわかっていた。最初は愛人かと思っていたが、どうやら違うようだ。
セージは獣人に対してどう思っているのだろう。

獣人たちに笑顔が増えた。
彼らの考えていることがわかれば仕事も早く進んだ。
僕は父上のような建築士にはなれないけど、僕なりのやり方で全力をつくそうと思う。