複雑・ファジー小説

第18章 メルトside ( No.170 )
日時: 2015/06/07 15:12
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

奴隷としての生活は長かったから、人間の自分勝手に振り回される生活は慣れてしまっていた。

最初は地方貴族の侍女。
食事が少なく、若い子達のために盗みをすることもあった。
ある日、主人に目をつけられて、愛人にされた。

しばらくして飽きられると今度は娼館へ売り飛ばされた。
娼婦たちへの扱いは劣悪で、私たちは物として扱われ、自由が全くなかった。
病気になれば、人間たちに病気を移さないようにするため、治療もさせてもらえず、すぐに川に流される。
粗末な船に乗せられて、何一つ文句言わず沈んでいく獣人を何人も見た。

ここの獣人たちはみんな人間の玩具。少しでも落ち度があれば捨てられる。
それでも誰もが人間に気に入られようと媚を売る。
お客さんに気にいられたら、生活がよくなることもあった。
私も若い子を指導したり、客を選べる立場にある。
全て生きるためにやってきた。

ある日、若いウサギの子がお客さんにひどく虐められていた。
この子はここに入って間もないけど、運悪く嗜虐的嗜好をもつお客さんに気にいられてしまった。
このお客さんはこの子を余程気に入ったのか、おそらく3日に1度の頻度で来ているだろう。
「おら、もっと鳴け!」
裸で縛られ、鞭を何度も打たれている。抵抗することもできず、体には痛々しい傷跡がいくつもあった。
最初は泣き声をあげていたが、今は力なく呻くだけ。
「まだ寝ろとは許可してないぞ。金を払った分、きっちり楽しませろよ」
お客さんはそう言うと、今度は熱した鉄を尻に充てた。
どんなに疲れきっていても、間違いなく悲鳴をあげる。
「よし、いいぞ!」
そしてまた鞭をうちはじめた。
要領が悪いが、私のことを『姉さん』と呼んで、笑顔が可愛らしい子だった。
助けてあげたいけど、自分に危険が降りかかる。
皆も同じだった。
若い子と目が合った。その目には生気がない。
私は口を開いた。
「お客さん、ほどほどにしな。その子が死んでしまったら、もう楽しめないよ?」
お客さん「わかったよ」という。
私には少し注意することしか出来なかった。

第18章 メルトside ( No.171 )
日時: 2015/06/08 19:48
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

お客さんが帰るときに事件が起きた。
財布を盗まれたというのだ。
真っ先にウサギの子が疑われた。
ウサギの子は横たわっており、起き上がる余裕もない。
「答えないなら仕方がない。尋問の用意をしようか」
答えないのではなくて、答える余裕がないだけだ。
あのときはずっと縛られていて、指一本でも動くことができないないはずだ。
あれだけ痛め付けられて、さらに苦痛が与えられるのか。
いくらなんでも可哀想だ。
すると、私よりも1つ下の後輩が口を開いた。
「さっきメルトが盗んだのを見ました」
その子は陰で私の悪口を言っていた子だ。私は相手にしなかったが。
お客さんは口を開いた。
「そうだ、お前確か私に生意気に意見したな。そのときに盗んだんじゃないのか」
この狭い世界では、仲間同士でも裏切りやいじめがある。
おそらくこの子は私の立場が気に入らなかったのだろう。
周りの仲間はお互い何か確認するように目を合わせる。
どのように行動をすれば、自分にとって一番いいのか考えている。
そして、一人が口を開いた。
「確か・・・・・・メルトさん、あのお客様に話しかけてましたね」
「前の職場で盗みをしていたそうですよ」
一人が意見を言えば、皆が賛同していく。
仕方がないことなのだ。
しかしウサギの子は力を振り絞って、首だけ起き上がる。
「違います・・・・・・メルト姉さんは私を守ろうとしたんです」
しかし、新人の意見なんて誰も聞こうとしない。
こうして、話が私が盗んだという方向に持っていかれ、私は懲罰をうけ、奴隷市場に売られた。
盗みを働いたというで、いくらか買い叩かれた。

奴隷市場が始まったとき、見覚えがある人物を見た。
黒い髪の人間。近くにはサイトもいる。
サイトと初めて会ったのは仕事を抜け出したときだった。ナッツ入りのパンを買ってもらったのを覚えている。
そして、黒い髪の人間はおそらくサイトの主人。獣人に金銭を渡し、自由にさせている人間を初めて見た。
サイトの様子から粗末に扱っている様子はなかった。
私はこの主人の下にいるサイトを羨ましく思っていた。
彼は手をあげると、淡々と言った。
「金貨10枚」
奴隷の相場は普通なら金貨5枚程。彼が言った金額よりも高くいう者はいなかった。
さらに彼は奴隷を次々と金貨10枚で購入する。
商人は困っていたようだが、彼はさらに金額を引き上げたので、止めることが出来なかった。

Re: リーマン、異世界を駆ける【参照2000、ありがとー!】 ( No.172 )
日時: 2015/06/09 18:53
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

私は金貨15枚でこの男に買われた。
こんなところでサイトと再会をするとは思わなかった。
男は私が傷だらけであることに気がついた。
お客さんの荷物を盗んだ罪として、懲罰をうけたものだ。
彼は私に少し触れて怪我を魔法で治した。
見返りを求めずに、獣人に手を差しのべる人間が目の前にいた。

そのとき、突然獣人たちが奴隷市場に入ってきた。
獣人の一人が声高に叫ぶ。
「同士たちよ、安心せよ。今からお前たちを解放する!」
獣人が集まって人間と戦う団体があると聞いたことがある。
彼らは次々と奴隷市場で売られている獣人や人間の奴隷になっている獣人を解放していった。
サイトの主人は逃げ遅れた人間を安全な場所へ逃がした。
そしてついに私のところにも来た。
「さあ、解放してやる。これからは人間に縛られることはない」
鎖を外された音が聞こえ、身体が軽くなった。
しかし、私はその場から動かなかった。
獣人は戸惑っているようだ。
「どうした、もうお前は自由なんだぞ」
私は答えた。
「そうよ。だからここにいたって構わないじゃない。あなたは他の獣人のところに行きなさいな」
私はあの主人に興味があった。
出会ってすぐに怪我を治した彼なら私たちに酷い扱いはしないだろう。
私を解放しようとした獣人は躊躇いながらその場を離れた。

サイトは一人で複数の獣人を相手にしている。
彼も解放よりもここに残ることを選んだ。しかも主人に協力して獣人と戦っている。
リーダー格の獣人がサイトの背中に噛みついた。サイトは振り落とそうとするが、離れない。
驚いたのが、主人がサイトのもとに戻ってきたことだ。彼は苦戦しているサイトを援護した。
そろそろ引き際と判断したのか、獣人は市場から撤退した。
私の他にここに残ったのは、二人だった。一人は中年のカブトムシの獣人で、もう一人はまだ幼さが残る犬の獣人だった。
彼らもこの主人に仕える覚悟をしたのだろう。

Re: リーマン、異世界を駆ける【参照2000、ありがとー!】 ( No.173 )
日時: 2015/06/10 20:57
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

サイトの主人の名前は、セージという。彼は気さくな性格で、まるで友人のように接した。
好きに呼んでも構わないというが『ご主人様』と呼ばれるのは気に入らないらしい。
セージ様は奇妙な乗り物を器用に乗りこなす。この乗り物はセージ様しか使えないという。
私たちは牛車に乗せられ、屋敷に着いた。

「セージ様、おかえりなさい」
「よう、何人買ったんだ?」
屋敷についたら、可愛らしい猫の獣人と生意気そうな人間の子供が出迎えてくれた。
セージ様は指を3本立てて返事をする。
「おう、3人だ。お茶を用意してくれ」
猫の獣人は「はい」と返事して、立ち去った。
少年は手を頭の後ろに組んだ。
「少ねぇな。まさかケチったのか?それとも気に入った奴がいなかったとか」
「ちげーよ、もっと買ったけどレジスタンスの連中に解放されたんだよ」
「そうなのか。もったいねぇ」
この少年の砕けすぎた口調が主人に対するものとは思えない。
しかし、セージ様はそれを注意することはなかった。

彼らは私たちにお茶を用意をしてくれた。
お茶は高級なもので、人間でも富裕層しか口にできない。
私は時々お客様から頂くけど、あとの二人はどうかしら。
器を回したり、匂いを嗅いだりしている。
私は一口飲んでみる。
癖がなくて、後味が爽やかだ。
お茶の味や家具があまり華美ではないところから、まるでセージ様の人格を現しているようだ。
お茶を飲みながらお互い自己紹介をして、名前を知った。
カブトムシの獣人はガズナといい、犬の獣人はキリクという名前だった。

私たちに与えられた仕事は菓子作りの手伝いと家事仕事。
奴隷の仕事としては少なすぎる。
さらに余った時間は自由にしてもいいという。
セージ様は「嫌になったら逃げてもいい」といった。
奴隷市場で解放された奴隷も追うことはなかった。
しかしルチカとサイトを見る限りは、ここが嫌になることはおそらくないだろう。