複雑・ファジー小説

第21章 セージside ( No.199 )
日時: 2015/06/24 20:50
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

【第21章】

ルチカはずっと泣いていた。
余程ショックだったんだろうな。女の子だしな。
俺はルチカが落ち着くまで側にいてやることにした。
・・・・・・俺でいいのか?
メルトさん呼んできたほうがいいんじゃないか?

様々な人に結婚を勧められて、断ってばかりだといけないので、興味を持った何人かと見合いをした。
獣人を奴隷扱いするのが常識のこの国で、相手が俺の獣人をひどい扱いする場合が考えられた。
そんな女とは結婚できない。
酷い話だが女性をふるいにかけるため、俺は見合いの場に翼やサイトを連れていくことにした。
付き添いの家族ってことでいいんじゃね?
本当の家族は日本にいるし。
一緒に連れていく奴はアミダくじで決めた。(翼がよく当たってたけど)
連れていかれる方はかなり迷惑だろうけどな・・・・・・。
お礼として帰りに何か買ってやった。
当然、相手の女性は連れてきた奴を蔑んだ目で見る。かまうと嫉妬に満ちた目で睨み付ける。
その時点で俺の中ではこの人と結婚はないと思った。
この世界では俺は変わり者だ。
相手の女性も俺なんかと一緒になったら大変だろう。

もし、結婚できなければそれでいいと思っていた。
日本にいたときからそうだ。
彼女はいなかったが、モテないわけではない。
普段から女の子から優しくしてもらっていたし、バレンタインデーにはチョコレートをいくつか貰っていた。
俺がその気になればいくらでも相手がいるとわかっていた。
しかし金目当ての女もいるから警戒しなければならない。
親父が小さいけどグループ会社の社長だしな。俺もいつかあとを継ぐ予定だった。
だから俺は嫌われないよう振る舞いながら相手を観察する癖がついた。
そんな感じだったから、恋人を作ろうという気もなかった。

いや、俺は誰の気分も害さないように表面だけ取り繕っていたんだろうな。
自分が臆病だから逃げてきた。
結果的に誰かを傷つけてしまう結果になってしまった。
でも、アッシュバートン家にいって決心がついた。
もう、見合いはしないと。
俺はこいつらのために生きようと決めた。

ルチカには落ち着いてから告白するつもりだ。
『今度』とか『いつか』なんてズルズル引き伸ばすつもりはない。
これから収穫祭があって忙しくなる。それが終わったら落ち着くから、その1ヶ月前後ぐらいに予定した。
告白する準備ぐらいさせてくれよ。

ルチカに告白する予定を立てる決心がついたところで・・・・・・
さあ、俺は楽しい仕事だ!

Re: リーマン、異世界を駆ける【超→感↓激↑2500!!!】 ( No.200 )
日時: 2015/06/25 19:55
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

俺の仕事は菓子づくりだけじゃなくなった。
レイズさんところに通っていたら、いつのまにかリードマン商会の一員になっていた。
現在は社員教育を請け負っている。
俺は日本にいたころを思い出しながら彼らに教えている。
リードマン商会の社員には獣人も人間も関係ない。俺も平等に接するよう心掛けている。
種族関係なく能力があれば、昇進していくようだ。
「君の国のことはいつも驚かされてばかりだよ」とレイズさんに言われた。

菓子づくりはメルトさんに任せてある。彼女は手が器用で、飲み込みが早い。
ルチカも少しずつだが、料理のレパートリーが増えた。
畑仕事はサイトとガズナだ。
あいつらは朝起きるのが早い。俺より早く起きている。しっかり丁寧に手入れしてくれる。
おかげで自給自足もほぼ可能だ。
キリは畑と菓子づくりの半々だな。あいつは犬だからかやたら人懐っこい。
仕事が好きってより、かまってもらえるのが嬉しいんだろうな。
俺の仕事に着いてくることもある。迷惑じゃないから別にいいけどな。
調子にのり過ぎて怒られることもあるが、3分すればケロッとしている。
皆仕事はしっかりやってくれているから、お兄さんは安心だ。

翼は・・・・・・頼まれた仕事しかしない。要領がいいから仕事は早く終わる。
仕事が終わったらダラダラしている。
指示まちはよくないぞ!
協調性も大事だぞ!
まあ、自由に過ごしたらいいんだけどさ。ホントに自分は自分、他人は他人って徹底してるな・・・・・・。
翼以外が働きすぎなんだよな。あいつらは欲がない。給料も俺に返したやつもいる。
いざこざなんて滅多に起こらない。人間なんてしょっちゅうなのにな。
あいつは絵の才能があるみたいだ。暇なときとか紙にちょこちょこ何か描いている。
この国仕様の名刺もあいつに作ってもらった。
見合いのときは俺の肖像を描くように頼んで、リードマン商会に持っていったら、その絵をレイズさんに気に入られてしまった。
「すごく素直な描き方だよね。周りにそういった人はいないから新鮮だよ。誰が書いたの?」
「翼です。うちで預かってます」
レイズさんは目を輝かせて言う。あ、なんか閃いたんだな。
「ああ、元盗賊の子だね。次来たときにその子に会わせてよ」
なんだか翼に就職先が見つかりそうだ。
まだ10歳ぐらいだからちょっと早いような気もするが・・・・・・
この国では早すぎることはない。
しかし寂しい。
なんだかお父さんになったような気分だ。

Re: リーマン、異世界を駆ける【超→感↓激↑2500!!!】 ( No.201 )
日時: 2015/06/26 21:55
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

ある日、見知らぬ人物が突然俺の家に訪問してきた。
俺が営業回りから帰って少し経ったころだ。
対応したのがキリだ。尻尾をブンブン振っている。
「いらっしゃい!えーと・・・・・・誰?」
「フン、汚ならしい獣人め。貴様に用はない。セージ・タムラを呼べ」
「なんだと!」
玄関で騒ぎになっていたのを聞いて、俺は駆けつけた。
訪問した人物は銀縁の眼鏡をかけ、えらく細くて長いのっぽさんだ。金髪オールバックで渋いミドルって感じ。
俺もこんなふうになりたいぐらいの理想のおじ様だ。
あとは彼の部下っぽい人が二人。
誰だコノヤロー。
アポなしで訪問すると俺の対応が冷たくなるって気を使われてるんだぞ。
キリを宥めて、奥にやってから俺は玄関先で対応した。
「セージ・タムラはお前か」
「はい。すみません、今少し仕事があるので手短にしてもらっても構いませんか」
「では。君に問いただしたいことがある。少し来てもらおうか」
やだなあ、着いていってもいいことなさそうだよ。
俺は顔を引き締めた。
「ここで対応できることではありませんか」
「残念ながら私は保安官だ。命令に反することは法律違反になる。君が犯罪者になれば、ここにいる獣人どもも手放さなければならない。
穏便に済ませたいのなら、着いてきてもらいたい」
まさか・・・・・・悪夢の再来か?

その人はカスパル・ブリュッゲマンと名乗った。
元は軍人だったが、右足の怪我が原因で退役した。今は保安官をやっているらしい。
保安官というのは、軍の下部組織にあたる。道案内など簡単な仕事を担当する。
「この怪我は獣人によるものだ。今も獣人を見ると、虫酸が走るのだ」
獣人に負わされた怪我で保安官に出向させられたのはそれほど屈辱的だったのだろう。
だからといって、キリを侮辱していい理由にはならない。
今は敢えてそれを言葉に出さなかった。
カスパルさんは俺に愛用の鞄を持ってくるようにと言った。それを取り上げようとしたが、俺以外が持つと危険であるため、俺が持つことになった。

Re: リーマン、異世界を駆ける ( No.202 )
日時: 2015/06/26 23:09
名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)

こんばんは。久しぶりに遊びに来ましたよ〜

なんだか怪しい雲行きに物語が傾いていると思ったら……
「フン、汚らしい獣人め」……ってまさかあいつか?あいつだ。
波乱の予感ですね。続きが楽しみです^^

リーマン、いつも楽しく読ませていただいております。サイトも、旦那に可愛がっていただけてよかったね(うるうる)。これからも、陰ながら応援しています!!

Re: リーマン、異世界を駆ける【超→感↓激↑2500!!!】 ( No.203 )
日時: 2015/06/27 11:34
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

えみりあさん
こんにちはです!
長らく、本当に長すぎたけどお待たせしました。
もちろんシナリオもえみりあさんの考えたやつに沿って進めます。
ただし、ヒロインはルチカじゃなくてリーマン(笑)

第21章 セージside ( No.204 )
日時: 2015/06/27 11:39
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

彼はある人物に依頼されたというが、その依頼主が前のルチカの主人だ。
「貴様、この私を忘れたというのか!」
いきなり依頼主に憤慨されてるけど・・・・・・。
いやあ、会っても久しぶりすぎて説明されるまでわからなかったよ。
あのときは名乗らなかったからね。ハゲとしか覚えていないわ。
カスパルさんはコホンと咳払いをする。
「グフツフェル侯爵、落ち着かれよ。彼と話があるのだろう」
「お、おう・・・・・・そうだった」
カスパルさんは感情が激しい人が少し苦手なようだ。
改めて依頼主である彼に名前を名乗ってもらった。彼の名前はモンセーヌ・グフツフェルという。
そういえば、こいつの娘の見合いを申し込まれたな。書類も見ないで断ったけど。
入った時からなんとなく感じていたけど、彼の館はどこか寂れていた。
侯爵という高い身分のわりには使用人の数が少ないような気がするし、彼の服もシミや糸屑が見えて、手入れされていないというのがわかった。
俺がルチカを金貨20枚で引き取ったあと、おっさんは色々あって貧乏になったらしい。
そりゃそうだろう。目先の利益に気を取られるような奴だから。
モンセーヌは言った。
「この泥棒・・・・・・詐欺師め!お前のせいでこうなったのだ!」
口を開いたらすごい臭いな。うわ、歯が汚ねぇ。
今から針と糸を出して縫い付けてやろうか。

ハゲから話を聞いても、感情ばかり先走っていて内容が理解できないので、カスパルさんに説明を求めた。
どうやら鞄の中のお金は本物か怪しいということと、俺がルチカを盗んだということらしい。
金に関して言えば、問題ない。
鞄から金貨を片手でつかめる限り出すと、カスパルさんは首を傾げた。
「これはどのようになっているのだ。異国の者がどうやってこれを得たのだ」
「俺もわかりません。これを鑑定してもらってください。普段のことについては、エリックさんやレイズさんに聞いてください」
後は軍の第3部隊も俺の行動を記録しているはずだ。(彼らの妄想が含まれているかもしれないが)
彼らを信じて任せよう。
普段からの行動がいざというときに成果に現れるんだ。

問題は後者だ。
奴隷を盗むのは罪になる。理由は逃走奴隷を匿うのを防止するためだと思われる。
「いや、盗んでいないですよ。そのおっさんが金貨20枚でくれるっていうから」
「その者を信用してはなりません!私を足蹴にして、ルチカを奪ったのです」
ああ、確かに踏んだけどさ。
過失だったんだよ。
今はそれどころじゃないんだけどさ。

Re: リーマン、異世界を駆ける【超→感↓激↑2500!!!】 ( No.205 )
日時: 2015/06/27 18:59
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

ここでカスパルさんは口を開いた。
「とにかく、お互いが感情的になってはいけません。今日は休みましょうか」
こうして俺はおっさんの館に泊まることになった。
宛がわれた部屋は地下にある石畳の薄暗い部屋。風呂・トイレなし。

所謂地下牢。

カスパルさんは俺の扱いについて何も言ってくれなかった。
おい、これは監禁にあたるぞ。
今更だが、この国にはホントに人権がないんだな。
くそっ。お偉いさんのコネを使って政治に介入してやる。

そんなことより、ここから脱出しなければならない。
エリックさんによると、俺の魔力はとてつもなく高いらしい。俺、チートだったのか。
転移の魔法は使えるようになって、大抵の場所にいけるようになった。
魔法もいくつか組み合わせて、新しい魔法も作り出すことができる。
一人になったら、時々この魔法で無人島に行って、のんびりしている。
今は首輪をされて、おまけに魔力封じの魔法がかかってる部屋に監禁されて魔力が不安定になっていた。
しかし、ここから出られる程度なら大丈夫かもしれない。
後はなんとかなるだろう。

ふとしたとき、女性の獣人が食事を持って牢に入ってきた。
銀の髪の色で、末端にいくほど焦げ茶色のグラデーションだ。
ルチカと同じような猫の耳と髪の色だ。布を首に巻いて、顔の下半分を隠している。
「お食事です・・・・・・」
声がくぐもっていて、よくきこえなかったが、そんなことを言ってたような気がする。
「ありがとうございます」
俺は食事を受け取った。
盆の上に乗っているのは、野菜の切れ端が少し浮いているようなスープと黄色いお粥のようなものだ。
食べる気がしないな。
俺はここを出ようとする彼女に話しかけた。
「すみません、俺は食欲ないので下げてもらっても構いませんか」
食事を彼女に渡す。
彼女は困ったように視線を伏せた。
「何か一口でも口に入れたほうがいいですよ」
「いえ、平気です。おなかへっていないから大丈夫です」
すると、彼女は「そうだ」と言って立ち上がった。
「少しお待ちくださいね」
そういって、女性の獣人は軽い足取りで走り去った。
顔つきとかルチカに似てるな。同じ猫だからか?

第21章 セージside ( No.206 )
日時: 2015/06/28 08:24
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

しばらくして彼女は戻ってきた。
両手には果物。
ただし形が悪く、小さい。潰れているものもある。
店に出せないレベルのものだ。
「果物ならさっぱりしていいかと思って・・・・・・。やはり人間が食べるようなものじゃないから、いりませんか?」
「いや、頂くよ。ありがとう」
俺は1つ受け取って口に入れた。
見た目は悪いが、味は同じだ。
甘酸っぱい果汁が喉を潤す。
むしろ、この人が俺のために取ってきてくれた気持ちが嬉しい。
俺はルチカを思い出していた。あの子もよく気がつく子だった。
この人もなんとなく似てるし。
俺はこの人がルチカに少し似ているのもあって、心を開いていた。
「なあ、聞いてもいい?」
「ええ」
「なんで顔を隠しているの?綺麗な顔だと思うのに」
すると、彼女は顔をしかめた。
俺は失言したと思った。女性に容姿のことを話題にするなんて、ご法度だ。
「あ、すみません!話したくないことだったらいいんですよ」
しかし、彼女は俺の質問に答えた。
「娘を逃がしたから罰をうけたのです。火炙りの罰でした」
そして、顔を覆う布を取る。
顎や首が火傷で爛れていた。顔だけでなく、腕にも火傷の跡があった。
「そうだったのですか・・・・・・ちょっと失礼しますね」
俺は治療の魔法を唱えた。顔だけでなく、腕も。足も火傷を負っていた。
彼女は驚いた顔で完治した部分を何度も触っている。
俺は笑顔を作った。
「果物のお礼です」
彼女は「ありがとうございます!」と深く頭を下げた。
顔を隠している布を取ると、やっぱりルチカに似ている。
今頃あいつはどうしているんだろうとぼんやり思い出していた。また泣かせてしまうかな。
女性は躊躇いがちに口を開いた。
「ルチカはどうしていますか?」
彼女の口からルチカの名前が聞けるとは思わなかった。
「知ってるのですか!?もしかしてあなたは・・・・・・」
「ルチカの母です」
「あなたがですか!?」
ルチカの母は頷く。

ナンダッテー!!?

まさかルチカのカーちゃんと会える日が来るとは思わなかった。
ルチカの主人がこの館にきていると聞いて、世話係りを申し出たという。
出会ってしまったら、俺だけ帰ってこの人を置いていくわけにはいかない。
ルチカのために彼女をなんとしても連れて行きたかった。
しかし転移の魔法は難しい構成で、人体に危険を与えることがあるとエリックさんに散々教えられた。
魔力が不安定な今は彼女と一緒に脱出できる自信はない。
はぁ。俺、またしばらく監禁されるのかぁ・・・・・・。
ルチカたちには辛いだろうけど、少し我慢してもらおう。
俺がいなくても、なんとかできるシステムは構築してるはずだ。

第21章 セージside ( No.207 )
日時: 2015/06/28 19:50
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

翌朝、俺はハゲ(美味しそうな名前だったが、忘れてしまった)に呼び出された。
首輪を着けられ、ゴリラっぽい獣人に引っ張られる。
ゴリラさん(仮)、もう少し優しく扱ってください。人間はあなたが思ってるより丈夫ではありません。
ハゲの部屋に連れていかれると、あいつはニヤニヤしながらソファに座っていた。
「セージ殿とやら、貴様は何者なのだ」
「俺はただの商人ですよ」
「ただの商人がこんな鞄を持っているわけがない!どこで手に入れたのだ」
こいつもしかして俺の鞄が欲しいのか。
ルチカがどうのこうのというのはただの口実にすぎないということなのか。
俺は答えた。
「俺がこの世界に来るまで普通の鞄でしたよ。どこで手に入れたのかと聞かれましても、俺にはわかりかねます」
「そんなわけがない!・・・・・・ならばこの鞄を売っている商人を紹介しろ!」
だからそれも無理だよ。どうして無理難題言うかな。
このおっさんは毛根も脳みそもないのかな。
俺が答えないで黙っていると、おっさんは勝手に鞄に手を突っ込んだ。
「もういい、これからは私のものだ!」
あーあ、知らねえぞ。
俺以外が鞄を触ると危険だって調べなかったのかな。
俺は敢えて言わないでおいた。
勝手にやってるからもう知らん。
しかし俺の予想を裏切り、おっさんはニヤニヤしながら金貨がを取り出した。
「やったぞ、これで私も大金持ちだ!ふはははは」
俺以外が使えただと?しかもハゲのおっさんが。
俺専用だとずっと思ってたのに・・・・・・。
おっさんは俺がうちひしがれているのがわかったらしい。
「この負け犬は地下に閉じ込めておけ。こいつも私のコレクションだ、黒髪の人間も珍しいからな!」
ベタなゲームの悪役みたいなことを言うなよ。
コレクションとか気持ち悪いな。
しかし、あの神は『俺しか使えない』って言ったんだよな・・・・・・?
なんかあったのか?

第21章 セージside ( No.208 )
日時: 2015/06/29 19:41
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

何日ぐらい閉じ込められたのだろうか。今何時だろうか。
地下牢に閉じ込められて時間の感覚が狂っていた。
出される食事は相変わらず腐る寸前のものばかりだ。
出された食事に毒が入っている恐れがあったので、最初のうちはなにも食べないでおいた。
しかし俺のやつれぶりに心配したルチカの母親が目の前で毒味をするようになって、俺も少しは食べるようにした。
わずかな希望を失わないように、生命を繋ぐための最低限必要なものを口にした。

今日は珍しく、男の獣人が扉を開けた。
「出ろ」
短くそう言われると、俺は首輪に縄をつけて引っ張っぱられた。
連れていかれたのはやはりおっさんの部屋。というか私室。
なんかやけに大きなベッドが置いてあるのが怪しい。
「待っていたぞ。貴様はこれから私の愛人になるのだ」
は?お断りしたい。
娘の次はお前かよ。
なんで勝手に決めるわけ?相手の了承はなしかよ?
俺は短く断った。
「お断りします」
「素直に愛人になれば、貴様の暮らしを少しはよくしてあげられるのだぞ」
テメエの愛人になるぐらいなら、まだホームレスになったほうがマシだ。
おっさんは顔を怒りで真っ赤にした。沸点低すぎるだろ。
「貴様に拒否権などない!おい、こいつを押さえろ!」
傍にいた獣人たちが俺を押さえる。
普段なら、逆にそいつらを返り討ちにできるけど、長い間閉じ込められていたせいで今の俺は大した抵抗はできなかった。
これぐらいなら、抜け出せそうなのに。
おっさんは獣人に命令して、水を持ってこさせた。その水を俺の口に持っていく。
この水、絶対にただの水じゃない。
俺は最後の抵抗だと思って、飲まないようにした。口の端から水が溢れ出す。
獣人が俺の鼻をつまんだので、息が出来なくなって、少しずつ飲んでしまう。
水は少し苦味があった。
「毒ではないから安心しろ。これを飲めば力が抜けて楽になれるぞ」
丁寧な説明乙。
やはりただの水ではなかった。
おっさんのいう通り、体全体の力が入らなくなって倒れそうになった。
おっさんは俺を抱えてベッドに乗せる。
「や・・・・・・め」
即効性のある薬みたいだ。呂律が回らない。
この先、俺の一生は飽きられるまでおっさんの玩具だろうか。

そのとき、扉を荒々しく開ける音と足音が聞こえる。
「なんだ、何の騒ぎだ!」
おっさんはそばにいる獣人たちに聞こうとするが、すでに彼らは部屋にいなかった。
「おい、この状況はなんだ!」
俺に聞こうとするが、知らねぇよ。舌が動かないから話せないし。
こうしているうちに足音が大きくなってきた。おっさんの顔はみるみる絶望的になっていく。
そして扉が開かれると、そこにはルチカがいた。
「お、お前は!なぜそこに!」
ルチカをみて、声を震わせるおっさん。
ルチカの顔は怒りで満ちている。
「セージ様を返して!」
ルチカはそう言うと、猫に獣化した。
そして、おっさんに飛びかかる。
おっさんは「知らん!お前は死んだはずだ!」と喚いている。

その時には俺の意識は遠ざかっていって・・・・・・。
ルチカ、お前はやっぱりやればできる子だよ。

第21章 セージside ( No.209 )
日時: 2015/06/30 19:41
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

気がついたときは俺の自室だった。
真っ先に見えたのはルチカの顔だ。
「あ、セージ様!よかった!」
そう言って抱きつく。
寝ている間、何があったんですか?わけがわからないよ。
それよりも喉が乾いた。
ルチカは体を離した。
「お水、持ってきますね。少しお待ちください」
俺の思っていたことがわかったようだ。やっぱりよく気がつく子だな。
ルチカが部屋を出ていくと、部屋の外から声が聞こえた。
『さっき声が聞こえたけど、何かあったか!?』
『旦那はどうだった!?』
『セージ殿になにかあったのですか!?』
『姫様がお目覚めになられたらしいぞ!』
まてまてまて、一体何人いるんだ!
知ってる人の声にまじってあまり知らない人の声まで聞こえる。
お前ら仕事しろよ・・・・・・。
捕まったとき、相手が保安官だからといって、ビビって冷静な行動をとれなかった。何度も抵抗をすればよかったと悔やんだ。
捕まってしまったことで、たくさんの人に心配をかけてしまったことがわかった。
後日、ここにいる人にお礼の挨拶をしないといけないな。

水を持ってきたルチカの背後に大勢の人物が見えた。
俺が考えているよりも人数が多い。
この部屋、全員入らないぞ?
俺は水を飲んでから発言した。
「待って。
俺のために、こんなにたくさんの人に来てもらってすごく嬉しい。
だけど少し聞きたいことがあるから、俺が選んだ人だけ入ってくれますか?」
俺はアーノルドさんとエリックさんとルチカを選んだ。
ルチカは「私も?」と驚いた様子だが、当たり前だろ。留守番組の代表だ。水もほしいし。
それ以外の人物たちは申し訳ないが、部屋を出てもらう。サイトたちとは後でゆっくり話そう。
そこに、指名していないにも関わらず、部屋に残っている人物がいる。カスパルさんだ。
「私もその話に参加させてもらえないだろうか」
彼も来てたのか。
この事件の重大な参考人だから、俺は頷いた。

Re: リーマン、異世界を駆ける【超→感↓激↑2500!!!】 ( No.210 )
日時: 2015/07/01 19:38
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

おっさんが俺を捕まえた目的は、大量の金貨を作り出し、金の力で国を得ようとしていたようだ。
しかし、俺がおっさんに捕まっている間にちょっとした重大なことがあったらしい。
あちこちで大量の偽の金貨が出回っていると騒ぎになっていた。
おっさんの家に突入したとき、同じものが大量に出てきたという。
カスパルさんはその金貨を何枚か俺の手のひらの上に乗せた。
「これが例の金貨だ。明らかに偽物だ。これは一体なんだ」
その金貨は一目見ただけで偽物だとわかる。
指で押すと少し形が変わり、ベタついていた。おまけに甘い匂いもする。

まさかと思うが、俺の予想だと多分よく知っているやつだ。

表面をめくると、案の定茶色いものが見えた。
口にするのは抵抗があるので、鼻を近づけて匂いだけ嗅いだ。
「これ、チョコレートですね」
四人は「チョコレート?」と聞き返す。あれ?知らないのか。
「アーノルドさん、よかったら食べてみてください」
「えっ!?私が!?」
アーノルドさんは驚いた顔をして、自分を指差す。
この場で実験台に相応しいのはアーノルドさんしかいないだろ。
彼には悪いが、犠牲になってもらおう。
アーノルドさんはおそるおそるそれを舐めた。
「・・・・・・甘い。菓子か?」
アーノルドさんはチョコレートを舐めると、今度は一口かじった。
それを見たエリックさんとカスパルさんもチョコレートを1枚手にとって口にする。
「とても甘いですね」とエリックさん。
カスパルさんは一口食べたら、顔をしかめていた。甘いものが苦手かもしれない。
ルチカも食べようとしていたけど、俺が止めた。
俺の乏しい知識によると、動物はチョコレートを食べると中毒を起こすからな。
獣人は動物とは違うからそのあたりの事情が少し異なるようだが、万が一のためだ。
カスパルさんは口をハンカチで拭ってから、言った。
「チョコレートとはなんだ、説明しろ」
「カカオという実から作られる食べ物です。ジョークみたいな感じでコイン型のやつも売ってたりするんですけど、懐かしいですね・・・・・・」
それからエリックさんとカスパルさんにチョコレートについてあれこれ聞かれたが、製造過程は知らないので答えられなかった。

第21章 セージside ( No.211 )
日時: 2015/07/02 19:38
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

カスパルさんは言った。
「偽の金貨のことで関連があるとみて、君の家にも立ち入らせてもらった。
リードマン商会をはじめ、君の取引先も調べたが、偽物が出たという話もなかった。
色々聞かせてもらったよ。その鞄は金貨だけでなく、何でも出せるそうだな。・・・・・・どこで手に入れた?」
またおっさんと同じ質問かよ。
信じて貰えないだろうが、俺は正直に答えることにした。エリックさんとアーノルドさんがいるなら話してもいいと思った。
「日本にいたころはただの鞄だったんです。
でも、この世界に来たときに神が勝手にこの世界にあるものはなんでも出せるように作り替えたそうなんです」
エリックさんとアーノルドさんは驚愕で目を開く。
「神ですと・・・・・・!?神に会ったというのですか」とエリックさんは言った。
「ええ、ふざけた人物でした。なぜそんなことをしたのか理由はわかりません」
カスパルさんだけは全く動じない。
本当になにを言っても鉄仮面だな。
「君は随分と几帳面なようだ。帳簿をみせてもらった。
リードマンからの給与でうまく生活しているようだが、鞄の中の金貨をあまり使っていないのだろう。
なぜだ。普通なら大富豪として働かずに好きに暮らすだろう」
「俺、何かに依存する生き方は嫌いなんです。自分で稼いだ金でやっていきたいんですよ。
何もしないって虚しいじゃないですか。
あ、でも最初はその鞄の金を使いましたよ」
かっこつけたこと言ったけど、ただ単に使う必要がないという理由が大きいけどな。
今になってあまり鞄に頼らなくてよかったと思っている。
目標は俺がいなくてもあいつらだけでもやっていけること。今もあいつらにできることを少しずつ増やしている。
しかし立ち入り捜査したのかよ。疑いが晴れたのはいいけど、なんか少し気分よくないな。

考えてみると、皆はチョコレート初めて見たようだが、だとするとカカオはこの世界のどこかにあるのだろうか?
この鞄から出てくるのは『この世界にあるもの』縛りだよな。
しかしおっさんはチョコレートとは気づかずに、それをずっと使っていたのか。
子供でもすぐにわかるのに。浮かれすぎていたのか?
いくらなんでもバカすぎるだろ。
あんなふざけたものを作るのは、きっと神の仕業だろうと思う。俺はあの神に借りを作ってしまった。
彼には一生頭が上がらないかもしれない。
人をバカにしたようなあの笑いが聞こえたような気がした。

Re: リーマン、異世界を駆ける【超→感↓激↑2500!!!】 ( No.212 )
日時: 2015/07/03 20:01
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

エリックさんは俺の体を丁寧に診てくれた。
体にアザはないか、薬で内臓をやられていないか調べていた。
「薬の後遺症はありませんね。
あまり食べていなかったのでしょう。やや栄養失調の様子があるぐらいで、特に異常は見当たりません。
ゆっくり休んで栄養のあるものを食べてくださいね」
数日休んでいれば、元の生活に戻れるようだ。
ここ最近は外出ばかりだったので、家のやつらとゆっくり過ごすのもいいだろう。
エリックさんと第3部隊は俺がいない間、交代でルチカたちの世話をしてくれていたようだ。
それぞれ仕事もあるにも関わらず、合間を縫って来てくれた。
俺は彼らに深く感謝した。

カスパルさんは言った。
「今回の件でグフツフェル侯爵の全財産は没収となった。
セージ殿、侯爵の地位が空いているが、貴様はどうだと国王陛下がおっしゃった」
何?国王からだと?そんなお偉いさんが俺に?
俺の答えは決まっている。
「いや、丁重にお断りしてください。今のままで満足だし、俺には不釣り合いです」
エリックさんとアーノルドさんは「なんと欲のない・・・・・・!」と驚いていた。
身の丈に合った生活というものがある。
身分が高いほど責任が重くなるし、反感を買ってしまう。
なにより俺は働くのが好きなんだよ。俺は仕事中毒だ。
しかし、誤認逮捕されて監禁されて何もないのは理不尽だ。
俺は続けた。
「どうせなら・・・・・・迷惑料として、奴隷を一人くれませんかね?」
「その奴隷というのは?」
「シャム猫の女性の奴隷です。・・・・・・ルチカに少し似ている人でしたよ」
そのとき、ルチカは目を見開いたのがわかった。
よかったな、ルチカ。時々お母さんのことを思って泣いてたもんな。
これからはずっと一緒に暮らせるぞ。

カスパルさんは俺の顔に口を近づけた。
怖いよ・・・・・・あんたみたいな面がいきなり近づいたら。
そして無声音でこう言った。
「お前の噂は国王にも届いている。お前に大変興味を持っている。貴様の反対派も少なからずいる。気を付けろ」
ルチカには聞こえてるだろうな。表情が固いぞ。
しかし、俺の知らないところで何かありそうだな・・・・・・。

Re: リーマン、異世界を駆ける【超→感↓激↑2500!!!】 ( No.213 )
日時: 2015/07/04 13:26
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

見舞いに来てくれた人たちが去って、俺と俺の【家族】が残った。
「お前らには特に迷惑かけてしまったな。本当にごめん」
俺は頭を下げた。
「旦那、謝ることはないですよ」とサイト。強面なのに、優しい心を持ったやつだ。リーダーシップがあると思う。
「お前なあ、どっかに行く前に俺らに相談しろっての。カスパルってやつに色々聞かれて大変だったんだぞ」
翼のいう通り、確かにそうだ。
何か行動する前に相談するのは社会人として常識なのに、なんでやらなかったんだろうな。
メルトは「私たちのこと信用できないの?そんな感じがしてすごく悲しかった」と溜め息をついた。
俺は首を振った。
「それは違う。皆に負担をかけたくなかったけど、結果的に迷惑をかけてしまったのは本当に申し訳ない」
皆はここに来る前は奴隷として、悲惨な生活を送っていた。俺はその不幸を帳消しにしてやるぐらい幸せにさせたかった。
そこで無口なガズナは口を開いた。
「俺は主に心から仕えると決めた。他の皆もそうだ。頼られて負担とは思わない」
そのとき、俺はある単語が思い浮かんだ。この単語が頭に浮かぶと、皆への認識がガラリと変わった。
「そうだったのか・・・・・・。ありがとう。一緒に暮らしている【仲間】だもんな」
日本にいるときの俺は、口では『なんとなくよさげなこと』を言ってるが、どこか人を信用できなかった。
他人に負担をかけるぐらいなら、自分がやってしまっていた。
その癖が抜けなかったんだ。
キリは「仲間?セージも?」と言う。俺の膝に手をかけて、上目使いで見ている。
俺は自分で確認するように「そうだ」と言った。
ここにいる皆は『可愛だった奴隷』ではなく、『俺の仲間』だ。
俺は主人ではなく、仲間の一員。
だからお互い助け合って当たり前だよな。

ルチカは言った。
「セージ様、あのね・・・・・・お母様を助けてくださり、ありがとうございます」
おっさんの奴隷は全員保護されたらしい。その中には彼女の母親もいたようだ。
無事でよかった。
「もしよかったら、お母さんも一緒にここで暮らせるようにしようか?」
ルチカはまだまだ子供。いくらここが安全とはいえ、母親から離れて生活するのは心細かっただろう。
ルチカの大きな目はさらに大きく開かれた。さらに涙が溢れてきている。
「セージ様!ありがとうございます!」
俺はルチカを抱き締めた。
お母さんの分まで幸せにしようと心の中で誓っていた。