複雑・ファジー小説

第24章 エリックside ( No.235 )
日時: 2015/07/19 21:29
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

[第24章 エリックside]

セージ殿の噂がついに国王陛下の耳に届き、陛下はセージ殿に会いたいとおっしゃった。
ここ最近のめざましい活躍により、爵位を授けるかもしれないと噂になっている。
この出来事は宮廷をざわめかせた。
私でさえ、陛下に頻繁に会うことができない。
異国の者が爵位を授かるなんて今まで例がないことだ。
セージ殿がこの国に来て、もう1年を経とうとしているときのことだ。

宮廷では彼のことに関する話題が頻繁にあがっている。
セージ殿がこの国に確実に影響を与えている証拠だ。
特に若い貴族はセージ殿の真似をしたがっており、私にセージ殿の話を聞きたがる。
しかし、彼の存在を懸念する声は多い。間者の可能性があるからだ。
そのような声があがる原因はルテティアとの関係が悪化にある。
建国当時から争いと休戦の繰り返しだったが、最近は一触即発の状態だ。
30年前は両国が競争するかのように、獣人の国を次々と侵略した。
今はそれなりに平和だが、国境では両国のにらみ合いが激しくなりつつある。
今は消息を掴めないが、ルテティアの貴族の子息がセージ殿の館にいたという話もある。
セージ殿を誘拐したグフツフェル侯爵は、実は密かにルテティアに通じていた。
偽の金貨を大量に作り、反乱のための資金を蓄えていたという。
セージ殿の救出により、グフツフェル侯爵の企みが明らかになって未然に防ぐことができた。
しかし、これはまだ氷山の一角なのだろう。
今は軍がセージ殿の行動を定期的に見張り、報告させている。そのためしばらくは揉め事が起こることはないだろう。

今日はセージ殿に伝えることがある。私は彼の屋敷に訪れた。
「いらっしゃい。どうぞ、上がってください」
セージ殿はいつものように出迎えてくれる。
彼の魔力は私よりも高く、応用して新しく魔法を作ってしまうほどだ。
ここまでくれば、もう私が教えることはない上に、むしろ私が教えられないとならない立場になる。
しかし、彼は魔法に関すること以外でも教えてほしいことがあるという。
勉強熱心で謙虚な姿には頭が下がる。
またミシェルにも、彼の獣人の友人を続けてほしいと言った。
ミシェルも同年代の友人たちと一緒にいて、いい刺激になっているようだ。

第24章 エリックside ( No.236 )
日時: 2015/07/20 09:00
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

彼の周辺で大きく変わったことが二つ。
1つはツバサという少年が正式にリードマン商会の一員になったということだ。
絵を描くのがうまく、頭の回転が早い少年だ。
セージ殿が誘拐されたとき、救出は彼の活躍が大きく貢献したという。
元々はならず者の一員だったというが、ここまでなるとは思わなかった。
セージ殿があのとき受け入れなかったら、この少年の命はなかっただろう。
今はリードマン商会で芸術家として働いており、館にはもういないという。
教育を受け、仕事を持てば犯罪は少なくなるといったセージ殿の言葉は証明された。
きっとこの国が教育と就労に積極的になれば、発展するのは間違いないだろう。
近いうちに彼に私がかいた小説の挿し絵を依頼したいと思う。

もう1つがセージ殿とルチカが恋人関係になったということだ。
このことには私が一番驚いた。
近いうちに結婚するという。
セージ殿はルチカに自分と対等に接することを求めているそうだが、今も「セージ様」と呼ばれているようだ。
若い者がいくらセージ殿の真似をしたがっても、さすがに獣人と対等な関係になることはできないだろう。

私と愛人関係にあるミシェルにルチカは相談することがある。
セージ殿は愛人と恋人との区別にこだわっているが、それは文化による価値観の違いで、中身はそれほど変わらない。
年齢も近いし、立場がよく似ているから話しやすいのだろう。
「ねえ、ルチカはセージ様と恋人になって変わったことある?」
「それがあまりないの。たまにセージ様が私の足に頭を乗せるぐらいで。ミシェルはエリック様に何かしていることはある?」
「そうだねぇ・・・・・・キスしたり、時々花をプレゼントしたりすることかな」
二人の会話をセージ殿は表情を見られたくないのか、手で顔半分を覆いながら聞いている。
「今更ですが、皆おおっぴらですよね〜」
「セージ殿は『愛している』など言わないのですか?」
「言いませんよ。恥ずかしいし」
セージ殿はあまり言葉で表現しない人物だ。都合の悪いことも別の表現で上手く隠してしまう。
彼の言っていることと考えていることが別だということがよくあった。
以前、そのことについて話題にしたことがあったがセージ殿は「日本人の特性です」と言った。
何でも包み隠さずに伝えるのは、はしたないことだと思われるときもあるという。
私はそのことを思い出しながらセージ殿の頬に触れる。
「『隠すこと』が日本人の美徳かもしれません。しかし、相手に理解されなければその価値は無いに等しいですよ。
時々でいいので、言ってあげればルチカも喜ぶのではないでしょうか」
白に近いやわらかな肌で、とても20代後半とは思えない。
セージ殿は頬を触っていた私の手を握った。
「そうですよね。近いうちに伝えてみます。また相談お願いしますね」
「ええ、もちろん」
今まではセージ殿は他人に対して一線を引いており、常に緊張していたような雰囲気だった。
何かあると、笑顔で誤魔化しており、本心が掴めなかった。
しかし、今は素直に言葉にすることが増えたような気がする。
ここにきて、彼も変化したのだろう。

第24章 エリックside ( No.237 )
日時: 2015/07/20 20:45
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

セージ殿は陛下にお会いすることを渋っていた。
しかし、陛下の意向に反するというのは罪に近い。
私から陛下に都合が悪く、会えない旨を伝えているのだが、陛下の要望がとても強く、断るのもそろそろ限界だ。
そのことを既にわかっているのか、セージ殿も困っているようだった。
「会ってお話ししてはいさようならっていう訳じゃないでしょ・・・・・・?」
「ええ。恐らくルテティアのことでしょうね」
陛下はセージ殿の影響力に目をつけたのだ。彼を味方につければ、ルテティアに対しても威嚇になる。
逆にルテティアがセージ殿に声をかけて味方につければ、我々にとっても脅威になる。
両国とも水面下でセージ殿の機嫌をいかにとるか画策している。
セージ殿も利用されるということがわかってるからこそ、渋っているのだ。

しばらく沈黙してしまう。

そのとき、ネスカが私たちの近くに来て、突然机を叩く。
「私たちが近くにいるのに、よくそんなこと話せるのねぇ?」
確かに軍がセージ殿を監視しているはずだった。
完全に油断していた。
しかしここにいると、種族だけでなく、身分の垣根を全く感じないのだ。
マーティは「黙っておいてあげるよ」と言ってくれた。
ありがたいことだ。私も彼らの厚意に甘えるわけにはいかないな。
セージ殿は口を開いた。
「エリックさん、俺、陛下にお会いします。でも少し時間をいただけませんか?」
今までお会いしようとしなかったのに、なぜ急に心変わりをしたのだろう。
「ええ、構いませんよ。よろしいのですか?」
「はい、お願いします。俺もいつまでも逃げるわけにはいかないので・・・・・・」
私はセージ殿の最後の言葉に引っ掛かった。セージ殿は何から逃げているのだろう?

ルチカとミシェルが心配そうに私たちを見ているのに気づいた。
セージ殿は安心させるように、微笑んで小さく手を振った。
きっとセージ殿なりの策があるのだろう。
彼も仲間たちを守ろうと必死なのだから。

第24章 エリックside ( No.238 )
日時: 2015/07/21 13:16
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

セージ殿は陛下に会うまで時間が欲しいと言った。そして7日経った後、迎えに行った。
迎えに行って驚いたことは、彼の屋敷が綺麗に片付いていたことだ。
家具も、彼の獣人たちも。
どこに行ったのだろう?
ルチカだけが彼の側にいた。
「エリックさん、お待ちしていました。行きましょうか」
何か決意したようなセージ殿の神妙な表情を見て、何か大きなことが起こりそうな予感がした。
ルチカも不安そうにセージ殿に寄り添っていた。
婚約者だから連れていくつもりらしい。

城まで陛下が用意した馬車にのることになった。
セージ殿を一目見ようと、城下町に入ったときから周囲に人だかりができているため、なかなか進めない。
馬車を引っ張るのは、獣化した四人の馬の獣人だ。彼らが鞭を打たれるたび、哀れに思う。
セージ殿は口を開く。
「最初から転移の魔法を使って王さまの前に行けばいいんじゃないですかね?」
「それはいけません。この国の決まりごとですから」
城には転移の魔法は使えない。
魔法が使えないように結界が張ってある上に、城では魔法を使ってはいけない決まりになっているのだ。
陛下の安全のためだ。
少しの間だが、セージ殿には少し我慢をしてもらおう。
ルチカはセージ殿の体にしがみついた。同じ獣人が痛め付けられるのを見るのは辛いだろう。
セージ殿は窓から景色を眺めながら呟いた。
「せっかく城下町でルチカに合う指輪を見ようと思ったのにな〜」
「セージ様、私はセージ様がいるから何もいらないわ」
「じゃあ、今度でいいか。ルチカ、ちょっと捕まっていて」
「え?はい・・・・・・」
セージ殿が辛うじて聞こえるぐらいの声で転移の魔法を唱えた。
転移の魔法は命を落とすこともある危険な魔法だ。
転移させる人数が多い上に、馬車まで転移させるのは負担が大きすぎる。
しかし、あっという間に馬車は城の近くまで移動した。馬の獣人たちも唖然としていた。
なんという力だ・・・・・・。
セージ殿は「これでちょっとは馬も楽になっただろう」と何事もなかったかのように言う。
この力を欲しがる者はクレイリアやルテティアの国王だけではないだろう。誰でも大きな力を持つことができる。
しかし、使い方を一歩間違えれば秩序は大きく崩れてしまうだろう。
恐らくセージ殿は婚約者のために使っただけ。ルチカは甘えるようにセージ殿の腕に尻尾を絡めた。

第24章 エリックside ( No.239 )
日時: 2015/07/30 23:06
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

城に入ると、謁見の間に通された。
今まで城に入っていきなり国王にお会いできる人物はセージ殿が初めてだ。
謁見の間には陛下をはじめ、陛下の親族や実際に国を動かす宰相たち、将軍がいた。
誰もがルチカに侮蔑の目を向ける。『獣人は出ていけ』と言いたげだ。
しかし、それを口に出さないのは、ルチカを侮辱することをいえば、セージ殿の機嫌は悪くなることがわかっているからだろう。
わざわざセージ殿の怒りを買うような愚か者はいない。
部屋の奥にある玉座に陛下は座っていた。
「待っていたぞ、セージ・タムラ。貴殿の活躍は軍やエリックから聞いている」
「お褒めいただき、恐れ入ります。周囲の皆様の理解と協力のお陰です」
「謙遜しなくてもよい。グフツフェル侯爵のことや収穫祭のときは苦労をかけたな」
国王から労いの言葉をかけられるとは・・・・・・。この国におけるセージ殿の影響力を改めて思い知った。
陛下と話をするなど普通なら緊張するものだが、セージ殿からは緊張している様子を感じなかった。
陛下は口を開いた。
「グフツフェル侯爵は反逆罪として、地位を剥奪した。しかし、あの者の後任者がいないのだ。そこでセージ殿が穴埋めしてもらえないだろうか」
そのとき、周囲がざわついた。
私も驚いた。爵位を授かるという噂を聞いていたが、上流貴族である侯爵だと思わなかった。
一人が手を挙げた。彼はこの国の政治の中心を担っている人物だ。
「陛下。私から発言の許可をいただいてもよろしいでしょうか」
陛下はうなづいて、言ってみよ、と言った。
「私は反対でございます。得体の知れぬ他国の者だから、我が国を乗っ取るつもりかもしれませぬ」
一人が発言すると、次々と私も、私もと発言を始めた。
「ルテティアと既に通じているという話もあります。もっと慎重にご検討をお願いいたします」
「爵位を授けるのはこの男の素性を明らかにしてからだと思います」
彼らが一通り発言し終えた後、セージ殿は口を開いた。
「私も彼らのおっしゃる通りだと思います。
右も左もわからない私に陛下から爵位を頂けるのは大変嬉しいのですが、辞退してもよろしいでしょうか。異国出身の私には相応しくないと思います」
陛下は首を振り、にこやかに言った。
「いや、貴殿こそ相応しい。ここまで我が国の発展のために働いてくれたのは貴殿しかいない。
近いうちにルテティアと戦争が始まるだろう。そのときには活躍して貰いたい」
周囲の者は息を飲んで、陛下とセージ殿のやり取りをみていた。
今、歴史がかわるかもしれないのだ。

第24章 エリックside ( No.240 )
日時: 2015/07/31 23:32
名前: yesod (ID: ZKCYjob2)

セージ殿は少しの間沈黙してから言った。
「陛下、今日はこのことでお話しをしに参りました。今すぐルテティアと和平を結んで下さい」
セージ殿の言葉で辺りが騒然となった。セージ殿がこのようなことをいうとは思わなかった。
ただ一人、国王陛下だけ落ち着いている。
「ほう、なぜそう思う」
「この世界は争いが続き、ボロボロの状態です。多くの命が奪われるのはお互いにとってよろしくないことだと思います。
このまま続けば数十年後にはこの世界は滅ぶでしょう。
和平を結び、お互いが協力しあえば、この世界は甦る余地があります」
セージ殿の話を聞いて、もしかしてこれは神の神託ではないかと思った。
セージ殿は神と対話したことのある人物だから。
しかし、彼の言葉を信じる者はここにはいない。
「まさか貴様ルテティアと通じているのか!?」
「いや、この国を乗っ取るつもりだろう!」
「陛下、裏切り者には処罰を!」
陛下は言った。
「面白いことを言う。しかし、いくつもの困難を乗り越えた貴殿がいれば何も恐れることはない。世界の全てが手に入るからな。戦争で勝ったときには貴殿が望むものを何でもやろう」
すると、セージ殿は立ち上がった。ルチカにも立ち上がらせ、側に立たせた。
「僕は人間も獣人も差別がなくて、毎日安心して暮らせる日常がほしいだけです。
ルテティアと戦争をしても得られるものはありません。
僕がここに来たのはあなた方に警告をするためです。あなた方の子孫が幸福に過ごすためにはどうすればいいか考えてください」
そう言って、セージ殿はルチカと共に転移の魔法で消えてしまった。
ここは魔封じの結界が張ってあるはずなのに。彼はそれをも凌駕する力を持っているのだろうか。
周囲はパニックになっていた。
平静だった陛下でさえ、今は怒りに震えている。
「エリック、説明しろ。あやつはルテティアの者か」
「いえ、彼はルテティアのことを殆ど知りませぬ」
これまで獣人の制度のこともあり、陛下に対してあまりいい感情を持っていなかったが、今になって陛下の愚かさを痛感した。
なんでも自分の思い通りになると思い、都合が悪い者は悪者扱い。
セージ殿に目がくらみ、多くの命が奪われる。しかし、自分の利害のことしか頭になく、セージ殿の意志は無視されるだろう。
しかし、我々はそんな陛下のために尽くさないとならないのだ。
セージ殿が言っていた世界が滅ぶとは一体何だろうか・・・・・・?
周囲は騒然としているはずなのに、私の耳には全く入ってこなかった。